三話③
「アンミ、俺が料理をやると言い出したらお前は不安か?」
「不安、何で?」
紅茶をすすりながら床に腰を下ろしてそう聞いてみた。心配かと聞くべきだったかも知れないが、まあほとんど同じ意味だろう。何でと解説を求められるところから察するに本人にはその自覚というのはなさそうだ。
「料理が不味くなるとか、ケガしそうだとか、そういう不安があったりするか?」
「ケガしたりしたら痛そうだけど……。ケガ、する予定?」
「ケガする予定はない。が、そういう場合でも不安だったりするか?」
「ううん。ケガしないなら、嬉しい」
「ふむ、なら」
「私にも聞くべきでしょう。予知しなくても十分分かるわ。というか、私が口を出さないでいてあげるとして、聞き方が悪いのよ。アンミ、手伝いは必要か、でしょう」
「何処が違うんだ。アンミが特に不満じゃないなら、手伝いでもしようかと言うつもりだった」
「手伝い、……は、私のとかはいらない。ミーシーが料理するなら健介手伝って欲しいし、健介が料理するなら、ミーシーに手伝って欲しい」
「と、いうことになるのと、アンミ、お昼、チャーハンの予定だったでしょう。これ食べたいわ。メモに書いておくし、買い物を先にしましょう」
ミーシーは、テレビを指さしながら、居間を抜けて電話の横のメモ用紙にすらすらと何やら書き込んだ。テレビ画面の中では、魚のソテーが何度か角度を変えて映されていて、細かな調理法が続いて表示された。献立メニューを決めるのはミーシーの仕事だったか、そういえば。
それより、俺の手伝いが、拒否された。断られたまでは良いとして、アンミの手伝いだけを嫌がられた。熱々の紅茶を一息ずつ息を吹きかけて飲む。それを優雅な時間だと評することはできるが、拒絶の理由が分からない以上、アンミからちょっと邪険にされてしまっている感じだけが尾を引いて紅茶の味の善し悪しなんかがどうでもよくなってしまった。
どういう理屈だろう。単純に手伝いは邪魔、なんだろうが、逆のパターンですら拒絶された。俺が料理をして、アンミがフォローという構図ですらダメで、ミーシーの手伝いであったりとかミーシーからの手伝いなら特に問題はないとのことだ。
手伝われると邪魔で、手伝いするにもフォロー不能だということなんだろうか。面倒くさがってミーシーにお荷物を投げつけたとしか思えない。決してキツイ口調や表情で言われたわけでないにしろ、他者に丸投げなどアンミの今までの振る舞いからはとても考えられない。
動揺が悟られないように紅茶を飲むふりだけは続けるが、頭の中では過去の俺にどんな落ち度があったのかを必死に探して、それをなんとか言い訳できるものに変換できないかと頑張っている。だがそもそも、明確な、俺の落ち度を見つけることもできない。
「あ……、アンミ?俺は、邪魔しそう、だったり、するっていう、こと、なんて、そういう話か?」
「健介はチャーハン嫌いだったりする?そういうのだと言って欲しかったりする。邪魔は……?邪魔されても、私あんまり気づかなかったりとかするかも」
「あのな、チャーハンが嫌だという理由でお前の料理を邪魔しようとかはしない。意地悪で邪魔したりとかはない。皿割ったりとかフライパンひっくり返したりとか、そういう不慮の事故は起こるだろう?料理をしようとすると」
「うん、でも、健介はお皿割っても許してくれると思ってる」
「いや、アンミが皿を割るかどうかというより、俺が皿を割ったりするかも知れない。もし、手伝ったりすると。だがまあ、それは誰がやろうと起こり得る仕方のないミスだ」
「うん……?」
誰もが皿を割るというのはアンミにはいまいちピンとこない理屈だったんだろう。首を傾げて俺の追加説明を待っているようだった。
「アンミが一人で料理してたら、俺が料理を台無しにすることはない。だが、俺も悪気があって、料理を台無しにするわけじゃない。アンミ一人の方が効率が良くて、美味しさが保証されるのに、俺がわざわざ手伝いに入って不確定要素を作ったら、アンミは迷惑に思う、こともあるわけだろう?」
「うん?ごめん……、言ってること、あんまり分かんない……。健介が?料理ダメにしても、別に私迷惑だったりはしない。また作って良いなら作るし、美味しくなくてもまた作って良いなら作る」
「でも……、また、作ることになるのは、迷惑に違いない。二度手間だし食材が無駄になる」
「迷惑、何で?あのね、健介。健介が料理するのが大好きで、料理してるのが楽しいなら、私はそういうの見てたい。私が料理して、健介が美味しいって言ってくれるなら、私が作る、けど、健介が誰かと料理するのが楽しくて、それしたいなら、できたら、ミーシーが一緒が良いなって、思っただけ」
俺が料理をすることを嫌がっている、というわけではないのか。上手くはぐらかされてしまったようにも感じるがアンミは特段苛立った素振りもなく柔らかい口調のまま心情を述べている。
が、まあ、結果として、もし料理をするならミーシーとどうぞというスタンスは変わりがない。ちょっと想像しづらいが、言葉巧みに、俺が料理に手出しするのを牽制しているのだとも考えられる。
つまりだ、まず前提として、アンミはミーシーが料理をするはずがないと思っている。多分その可能性は高い。そうすると、俺がミーシーを手伝うということは実現できないし、逆に俺が料理をしようとしたところでミーシーが手伝ってくれる可能性というのも絶望的に低い。
ということで、俺とミーシーをセットにしておけば、アンミの領分である料理に手出しをされないだろうと踏んでいる、……なんて組み立てをアンミが咄嗟にトゲのないように、言い繕ったのかも知れない。
「ああ……、まあ、ただ、俺はお世辞にも料理が上手い方じゃないが、何から何までやって貰うのも悪いから、申し訳程度に俺に仕事をくれ、という、そういうことだ。決して邪魔をしたいわけじゃないんだ。その気持ちだけは分かってくれ」
「うん。それ、嬉しい。えっとね、買い物に行く。健介が、荷物持ってくれる。で、ミーシーは使うの選んでくれる。料理はどうせミーシー……」
アンミはミーシーの方へ一瞬だけ首を振ったが、すぐにまた俺の方へと視線を戻して言い掛けた言葉をキャンセルした。
どうせミーシーは、料理をやらないから、なのか、どうせできないからなのか、ともかくアンミにとってはぽろりと本音が出そうになったんだろう。ミーシーはこれといってそれを気にする様子もなくまだカップを持ってちびちびと紅茶をすすっている。
「買い物の役割分担はまあそういうことで良いが……」
「…………。良かったわね、アンミ。……さて、じゃあ役割分担が決まったところで買い物行きましょう」
「買い物……。買い物、今日行くのか?」
「私は今日行くわ」
「雨降ってるぞ」
「当然知ってるわ。でも傘があるでしょう」
「だが……、行きましょうというのは、一緒に行こうということだよな。傘は一本しかないぞ。裏に引っ掛けてあるやつだけだ」
「そうね。相合い傘して行きましょう、三人で」
「三人で相合い傘というのはちょっと……、無理があるだろう。明日じゃダメなのか?明日は雨降るか?」
「降らないわ」
当然俺の言葉は、『明日が晴れなら明日買い物に行けば良い』という提案にしか聞こえないはずだ。なのにミーシーは平然とした様子で明日の天気の予報だけ返した。
アンミも何かしら意見があるのか俺とミーシーとを交互に見た。
「じゃあ、明日、買い物に行くわけにはいかないか。明日は雨降ってないわけだし」
「…………。少なくとも私は今日買い物に行く予定があるのよ」
「昼食のメニューをこだわってるのか?それはちょっとくらい我慢して先延ばしにしても良いだろう」
「それが実はそうもいかないのよ。もう食材がないのよ」
「そんな確認すればすぐ分かるような嘘をつくな。ないわけないだろう」
「確認してすぐ分かるなら確認してみなさい。確認してから嘘つき呼ばわりしなさい」
「じゃあ、……一応見てくる」
と、言って、立ち上がったものの、内心見るまでもないことだと思っていた。一部食材が切れてることはあったとしても、食材がないなんて形容する状況ではない。
とりあえず冷蔵庫の野菜室を開けてみた。キャベツが四分の一玉、タマネギが半玉残されているだけで、他は全く、ない。これがまず意外だった。
じゃあ上段に移動してあるんだろうと思って続けてドアボタンを押して冷蔵庫を眺める。卵四つと、ベーコン一包みと、調味料しか残されていない。
ここまでくるとミーシーの言い分通りの予感もしていたが、念のため冷凍庫の方も開けてみることにした。長期保存のために冷凍しているという可能性はないことはない。が、そこにもちんまりと袋に包まれた肉の欠片らしきものが一つあるだけで、なんならいっそ空っぽだと表現しても差し支えないくらいの空間になっていた。
「…………。見てきた。すまん。嘘じゃなかった」
「まあ。謝らないでちょうだい。……一応あなたの言うことも分かるのよ。人数が多くなって料理も美味しくなってみんなして一杯食べたりしたということにしておきましょう。私にも責任があるわ。そんな顔されると逆に困るでしょう」
純粋に人数が三倍になって、おかずが豊富になると消費ペースは上がるか。俺が元々の冷蔵庫の貯蔵具合を過大評価していたというのもあるかも分からん。
とにかく事実として、ミーシーの言う通り食材は切れ掛けていて、昼食にチャーハンを作ったらもう全くのゼロになる。むしろチャーハンの材料だけを冷蔵庫に入れたかのような残り具合だった。
「一応、チャーハンは作れそうな、気はするんだが、アンミはどう思う?」
「チャーハンは、作れると思う」
「あるけど、それ食べたら晩御飯の材料がないでしょう?行きたくないなら私が行ってくるわ。お金だけ貸してちょうだい、すぐ返せるから」
「えっ、それ……。一人で……?」
おそらくミーシーは一人で買い物に行くのでも構わないというつもりで金を貸してくれと言ったんだろう。貸すも何も食費なら俺が出すし、なんなら必要な物を教えてくれれば俺が買ってくるのでも構わないと言おうとした。
加えて、今日必ず買い物に行かなくてはならないわけじゃないことも説明しておこうと思った。まあ少なくとも人数分のレトルトカレーがある。米さえあるなら晩御飯はそれで済ませても良いだろう。今日一日中雨だとすると……、明日の朝御飯の時間までに買い物に行けたりはしないわけだが、それなら、おにぎりか何かで済ませるか、連続カレーということでしのぐことはできる。
その辺りをどういう順序で話すべきかと決める間にアンミは慌てた様子で会話へ飛び込んだ。語尾を濁してはいるが、どうやら複数人で傘一本に収まりながら歩くのを、望んでいるらしい。
食材選びと荷物運びがそれぞれ必要だと考えているのか、単にアンミがミーシーの買い物についていきたいということなのか、とにかくミーシーが一人で買い物に行くというのには反対らしい。
「ちょっと落ち着いて整理しよう。まず、明日は雨は降らないんだよな」
「降らないわ」
「なら、今晩はレトルトで我慢すれば良い。米はあるだろう」
「レトルトの、カレーでしょう……。それは除外して考えなさい」
アンミは、いかにも困った様子でこちらを見つめている。レトルトのカレーはミーシーがお気に召さないというのを分かっていてのことだろうか。そうすると俺は二通りの解決策を考えてやることができる。
ミーシーにレトルトカレーを我慢して食べて貰うか、あるいはそれが我慢ならないとするなら本人の希望通り金を貸してやって買い物に行って貰うかだ。が、後者を選ぶと今度はアンミが不満を訴えるかも知れない。『まさか一人で?』というのはそんな口ぶりではあった。
一応、アンミ側の言い分もはっきりさせておこうか。
「アンミは、ミーシー一人で買い物に行かせるのは不安だということか?」
「買い物に行くなら三人で行きたい」
「三人で……。全員で?今日、傘が一本しかないという条件でもか?」
「うん。今日行くならそうしないといけない」
「アンミは別に明日買い物に行くのでも問題ないのか?」
「分かんない。三人で買い物に行くならそれでも良いけど、ミーシーはでも今日行く予定?」
「今日、行く予定よ。アンミもちょっと考えたら分かるでしょう」
それがどんな願いを含んでの要望なのかははっきりと説明されなかったが、その意見だけは尊重してやるとして、……俺の意見も含めると三者鼎立の構図にはなってしまう。
ミーシーはレトルトカレーが嫌だから買い物に行きたい。俺は雨の日に外出したくないからミーシーが買い物に行くか、レトルトカレーで我慢してくれたら良いと思っている。アンミはミーシー一人で買い物に行かせたくない。
俺は買い物を明日にずらして全員で出掛けようと提案することもできるが、ミーシーにはレトルトカレーの夕食を我慢して食べて貰うことになる。わざわざ三人で買い物する必要はないからミーシーにお願いしようと提案することもできるが、これもこれでアンミの要望を却下する形にはなる。
そして同時に二人も、俺の要望を却下した解決策を持っている。三人で、傘差して、買い物へ行けば良いと、言い出すかも分からん。全員の納得するような良い方法がないかと考えてはみるが、少なくとも誰か一人の意見を犠牲にすることにはなりそうだ。
逆なら簡単に実現できそうなのにな。俺一人で傘を差さずに買い物に出掛けてずぶ濡れになり、買い物をしたにも拘らずミーシーにレトルトカレーを食わせるというだけで全員の要望を平等に叶えないという結果は得られる。
公平性を保とうとするとそんな意味の分からないことになってしまう。これを逆転させれば全員の願いが叶うかというとそれも上手くいきそうにはない。




