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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十話㉞

「それはどっちを気遣ってのことだ?根をつめる俺を見てなのか、余計なことを掘り起こされたくない俺以外の奴らを心配してのことなのか。俺はやりたくてやってるだけだ。掘り起こされたくない人間はいるかも知れない。だが俺は実際がどうだったのかも分からないまま、許すことも正すこともできそうにない。間違えるにしたって、全ての材料を揃えていたい。俺のわがままなんだろうが……、知らんぷりや知ったかぶりではいられない。市倉絵里にはせめて、俺も同じものを眺めて、俺の答えを伝えたい。ミナコにもそうだ」


「……私は健介がつらそうに見えるから言ってるだけニャけど、……ミナコに事情があったとして、ミナコはそれを知られたくないから知らせてなくて、仮に健介がそれを知っても同じようには見えなくて、答えを伝えても分かって貰えたりなんてしないのニャ」


「俺が今までずっとそうだったように、知らんぷりをして、表面上だけ仲良くしてれば、まあそれはそれで仲直りなんだろう。それでも良い。それでも良いが、ただベストじゃない」


「……じゃあ私がもし健介に隠し事したりしてたら、表面上だけ仲良しということになるのかニャ?健介だって隠し事してた癖にニャ?全部の考え方が一緒じゃないと納得できないかニャ?」


「…………。俺は口げんかで勝てない時、こう言うことにしている。……『理屈、じゃない』。どうだ、参ったか。仮に俺がお前に論破されていたとしても、仮にお前が正しいにしてもだ、整理がつかないことなどいくらでもある。大人と子供が言い合って、そうすると、大人が子供を言い負かすに決まってるが、……でもな、子供だって言い負かされても納得できないことはある。お前とのことはお前と話して決めたら良い。もし不満があるなら話してくれたら良い。だがな、この件に関して、俺は自分のことを棚に上げて、知るべきことがあると恥ずかしげもなく言う」


「気持ちは分からなくないニャけど、多分それは健介が、納得できる答えがあること期待してるからなのニャ。良い結果にできると言われてるのを、まだ任せきれないように思ってるからなのニャ。今、自分が苦しいことに自分で気づいてないからニャ」


「なあ、ミーコ。俺は、もし最初の日からやり直せるなら、お前に別の名前を付けてやれたかも知れない。お前だけに呼び掛ける名前を考えてやれたかも知れない。そしたら、俺が今どういうつもりでお前の名前を呼ぶのかを誤解なく伝えられた。それはな、後の祭りなんだろうが、俺はそれでも指摘された方が良かった。お前は優しくてそんなことは気にしないと言う。そんなことは言わなくても良かったと言う。だが、そうじゃない。俺は正されることもなく、詫びる機会もなく、お前とは一緒にいられない。それが誠実な在り方だろう」


「私一応、ミーコ以外の名前も選べたニャし、名前気に入らないわけじゃないニャ」


「もしお前の心がもう少し狭くて、たまたま何かしらで俺にイライラしたとしよう。そしたら、そういうところからヒビが入る。そこから崩れて、手が届かなくなる。俺はお前の心の広さに甘えてなんとかなっているだけだ」


「……健介も、心広いと良いニャ。私が間違えても許してくれるのなら、今は好きなようにしてくれて良いニャ」


「お前は、間違えなさそうだな」


「そんなことないニャ。もし間違えても、許してくれるかニャ?」


「もし間違えてもな。許そう。お前の方が許してくれることが多そうだから、まあ不平等条約だけどな。お前が納得ならそれで良い。……じゃあ、風呂に入って、まだ片づけ終わってなかったら手伝ってくる」


 ハジメに対しても明日に備えてゆっくり休めというようなことを言った。だからなのか、階下は電気も消えていて人の気配も感じられなかった。


 明日から、これが普通になる。片づけも済んだんだろう。元から荷物など多くない。だから、ハジメ本人とナナ本人がいなくなったら、二人がここにいた痕跡までもう残っていない。


 何日か、何カ月か、まあもしかすると何年か掛かるにせよ、俺は誰もいないこの家を当たり前のように感じ始める。誰もいなかったら、いつかはそれが当たり前になる。


 だってまあ。苦しみ続けることなんてできっこない。嘆き続けることなんてどうしたってできっこない。


 誰かがいた。大切な誰かがいた。心の内のぽっかり空いた穴を、薄く殻が覆っていく。ぱっと見分からないようにだけして、俺はまたふと躓けば陥没する危うさを抱えながらまた埋めるための何かを探し始める。


 代わりなどいないことを、当然分かっているはずなのに、失ったものを探し続ける。


 俺はこれを、『そんな別れ』にしたくない。希望のある……、再会が約束された、ほんの一時の別離であるべきだ。


 ハジメやナナがどう思っているにせよ、ミーシーがどう思っていたにせよ、ほんの僅かでも心の中に俺の像が残っているのなら、俺はそれが隙間にならないように、努めたいと思った。お互いがそうであれば良い。


 アンミとミーシーが、今まさにどうせ心が空っぽになってしまっているだろうから、……もし一時離れても、またお互いを求めるような、そういう関係であると良い。ああもちろん、ミナコと俺とも、そうであると良い。


「ミーシーは、今になって後悔してるだろう。きっとそうに違いない。まあ合わせる顔がなくて戻ってくるのを躊躇するかも知れんが、俺はあいつがどうやって謝って、どんな言い訳するか楽しみにでもしてたら良い。どうせ一人に、耐えられるはずないんだから」


 静寂に呟いた独り言は、俺が何の気なしに放ったものだった。だが誰もが頷きそうな成り立ちをしていることに自分で感心する。


 おっさんの仲立ちがあって、上手くいかないことなど万に一つもなくて、アンミが許してやらないことなど絶対にあり得なくて、だからそれもまた、単に一時の別れに過ぎないものだ。


 今回タイミングは悪かったが、解決が目に見えていることに焦りを感じることなどない。市倉絵里はミーシーが不在でも問題は解決できると言った。俺はそれを信じている。


 じゃあ、……ミナコのことを考えながら、風呂に入って歯を磨いて、布団に入って夢を見よう。俺にだって、気づけるかも知れない。なんだそんなことかと言えるかも知れない。冴えた解決方法を見つけ出して、市倉絵里に答え合わせすれば良い。


 俺の方が、ミナコのことは良く知ってるんだから、そんなことは見つけ出して当然なわけだが、市倉絵里も俺が冴えた解決策を提示すれば少しは俺のことを見直すかも知れない。


 ……良い、少し良くなってきた。希望はある。アンミの件が終わったらハジメとナナも迎えに行ける。ミーシーもおっさんも自動的に戻ってくる。ミナコとの仲直りは見つかっていないだけでちゃんと方法がある。


 色々と整理できて余力ができたら、市倉絵里の個人的な問題解決にも助力して、今後も協力関係を続けていこうか。信頼関係を築いていこうか。


 それはなんて魅力的な、未来像なんだろう。俺はこの『事情』に、感謝さえするだろう。これがなければ出会うこともなかったはずだと、ありがたがる。……すぐにそうなる。だから苦しむことなんてない。


第十話

『私のこれからずっとは、大切な人のたった一言のありがとうに替えられない』

Now I've learned that gratitude from your loved ones is irreplaceable.

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