表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
235/289

十話㉚

「断定的だな。市倉絵里についての相談をお前にもっと早くしておくべきだったかも知れない」


「今回の件とは、まるで関係なしに、健介は隠し事があるニャ。私に都合が悪いと思って言わないことがあるニャ」


「…………?お前に?」


「事情がどうであっても、目的がなんであっても、健介は私のことを今大切に思ってるニャ?」


「事情?目的?……どうした?何を言ってる?聞かれたら答えられる。俺は隠し事をしているつもりはない」


「…………。なんで私の名前はミーコなのニャ?」


「…………」


「私はミーミー鳴かないニャし、三毛猫でもないのに、なんでミーコなのニャ?健介、これは別に答えて欲しくて聞いてるわけじゃないニャ。私が聞きたくないことを、健介が隠していたのと同じで、健介が聞きたくないことを、ミナコが黙ってただけのことニャ。みんな気づいてても健介が話さないことにはわざわざ触れないニャ」


「…………。すまん、俺は、……別にそんなつもりじゃなかった」


「そんなことわざわざ説明して気まずくなることないニャ?私がもし何も気づかなかったら、私と健介はずっと何事もなく平穏に一緒にいられるに違いないのに、実はこうだったと明かすようなことないニャ?健介がそう思っててくれると私は嬉しいニャ」


「ああ……、いや、責めろよ、そこは。俺はだから、あの時多分、頭がおかしくなってたんだろう……。悪気はない。お前のことを大切に思っている。だから聞いたのか?お前は……、お前が他の猫になっても気づけるかなんてこと」


「気づけるニャ、健介は。なら、なんにも問題ないニャ。私も健介のこと大好きニャし。ごめんニャ、余計なこと言ったニャ」


 頭が、おかしくなってた?としたら、それはいつからだろう。俺は多分、自分で考えていたよりも遥かに深刻に、その時のことを受け入れがたかった。店が廃業してると思い込んで、俺はたったそれだけで、頭がおかしくなってたのか。


「健介、なんにも、問題ないニャ?そんなことが、健介と私が仲良くできない理由になるかニャ?」


「……ならない。……なんで信じられる?俺は多分、そうなると、お前を助けた理由ですら不純だった可能性がある」


「理由なんていつでもその時だけのことニャから、今やこれからが大事なこと分かるはずニャ。後ろめたく思うかニャ?できれば隠していたかったと思うかニャ?健介はそうして、私にこう言うニャ?『私と健介とがお互いを大切に思っていたかどうかは、私がどう思うかによるニャ。事情が絡んでのことをどう評価するかはそれぞれニャ』」


「……俺は、でもお前のことを大切に思っている。お前を裏切ったように思っている」


「『私はそんなことはどうでもよくて、健介のことを大好きニャ』、『例え事情があったとしても、そんなことで何一つ気持ちが変わってしまうことなんてないニャ』」


「…………」


「だから健介は、本当ならそう言うべきだったはずニャ。ミナコに対して、それとこれからは別だって、言ってやるべきだったニャ」


「俺がお前ほど器が大きかったら、どんなに良かったか。お前ほど人を信じていられたら、どんなに良かったか。そうだな俺は確かに、結果がどうあれそう言うべきだった」


「…………。市倉絵里への電話は、健介が落ち着いてからでも良いと思うニャ」


「ああ……。じゃあ飯食ってからにする。お前も飯食ってないだろう。折角用意して貰ってるんだから食べたらどうだ?」


「じゃあ一緒に食べることにするニャ」


 古い方の携帯電話を充電器に設置してみた。電源を入れるまでは分からないが、ランプは点灯しているし、改めて見たところどこか破損しているようには見えない。


 二階からミーコと一緒に階段を下り、遅めの食卓についた。炊飯器から米だけ茶碗へよそい、多少冷めてはいたがおかずのラップを外して手を合わせる。アンミは部屋にいるだろうし、ハジメとナナも仏間で片づけをしているようだった。


 ああ、また、『俺自身に』、欠けていたピースが見つかったわけだ。そのせいか俺とミーコが食事中に交わす会話は少ない。


『温めた方が良いか』とか、『肉を分けてやろうか』とか、せいぜいその程度のことしか話さなかったし、そのどちらも短く必要ない旨聞いてまたパクパクと食事を口へ運ぶ。


 ミーコは、俺が話すのを待っているようだった。俺が話したがらないことを聞きたがっているように見えた。


「……昔、猫を飼ってた」


「まあ、知ってるニャ」


「知ってたか」


「知ってておかしくないのニャ。健介は隠してるつもりもなかったニャから」


「隠したいとは、思ってたかも知れない。でも聞かれたら誤魔化すつもりなんてなかった。どうして知ってた?俺は誰にも話してない」


「健介。……お風呂場の網戸が猫が抜けられるくらいに破れたままで、健介が商店街のペットショップの場所や猫専門の動物病院の場所を知ってて、猫飼ってなかったなんてのは逆におかしい話だと思うニャ。猫が食べちゃダメなものを知ってて、猫はお風呂が嫌いなはずだと思い込んでて、でもそれなのに私に猫を飼ってたと言わなくて、猫用品も持っていなくて、まあだったら、私はそういうこと聞こうと思わないニャ」


「猫用品はな、捨てたか焼いたか、ちょっと記憶にないが、目に入るところにあるのは気の毒だと言われたのだけは覚えてる。俺もまあ、そう思った。ミーミー鳴かなくて、三毛猫じゃないからミーコという名前がおかしいと思ったのか?」


「…………別にそういうわけじゃないニャけど。健介は多分、私を最初に見掛けた時にも、『ミーコ』って呼んだニャ。健介?多分健介が話したくないのはそこじゃないのニャ」


「…………。ああ、多分今より、……俺はヤバかったんだろう。元から頭がおかしくなりやすい自覚はあった。剣道部は面を被ってるから日常的に叩かれても大丈夫だが、柔道部は日常的に直接な、頭を打つから……、成長期に何度も何度も頭を打つと多分、頭がおかしくなりやすい」


「誰でも、寂しかったり心細かったり、落ち込んでたり慌ててたり、たまに自分でもよく分からないことしたりもあるニャ。……もしかすると、ミーシーが健介の家に来たのは、少しそういう理由があったのかも知れないニャ」


「…………。ああ、……ああ。そんな気がする」


「まあ、この話はとりあえずこれで終わりにして、しっかり食べるニャ」


 食べ終わって少し休息を取り、皿を片づける。途中ナナとハジメとが二人揃って俺の様子を窺いにきたが、一言二言だけ交わしてまた仏間へと戻っていった。


 心配ないことを分かってくれてだと良いが……、俺自身そうできたかどうかが不安になる。


 また部屋に戻って充電中の携帯電話の電源ボタンを押し込んでみた。やはりどこも壊れてなどいなかったようで、画面が立ち上がり、不在着信の連絡メッセージが何通か届く。


「なるほど……。ミーシーが携帯を隠すわけだ」


 陽太からの不在着信が何件も入っていた。何件も、何件も、入っていた。その内いくらかは俺がミナコとの約束をすっぽかしたことに対する抗議連絡だったんだろうがとにかく、……俺が記憶を失っている内にも何件もの連絡が入っていた。


 じゃあ、果たして俺から陽太へその返事なりなんなりを返していたかというと多分それもしなかった。俺が記憶を失っている期間に、陽太へ電話を掛けた形跡がない。携帯があってわざわざ固定電話から掛けたなんてこともないだろう。


 ……ふと、一つ気になったのは、発信履歴が三十件中二十九件しか表示されていないことだった。俺がどこかへ電話して、それを俺自身か、ミーシーが、『わざわざ消した』。


「わざわざ消すということは、……まあ、そういうことだろうな。俺は、……ミーシーが事情を隠すために俺の記憶を消させたんだと思ってた。あいつらにとって都合の良い隠れ場所だからここに住ませてくれと言ったんだと思ってた。だが、そんな電話をしてたなら俺は多分……」


 ミーコは俺の独り言に反応する様子もない。


「俺は陽太やミナコに、……その時、電話すらできなかったんだろう」


 落ち着いて考えてみればみるほどそんな気がしてくる。


 俺が、記憶を、失ったのは、アンミの件とは全然関係なかった?いやむしろ……。ミーシーがそうすべきだと思うほど、そしてその後の見通しが立つほどに、俺が、そういう、状況だった。


 俺が気づきたくないのなら、別に気づかなくても良い理由。考えてみれば分かるけれど、気づいたところで大して意味のない俺の理由。アンミを助けたく、なくなったら知らされることになっていた、俺の理由。


 夢の女は、俺さえ気づかなかった俺のことも、全てお見通しだったわけだ。頼めば、見せてくれたりするんだろうか。俺が今受け入れられることを伝えたら、教えてくれたりするんだろうか。


『あなたが私に隠した理由、あなたの記憶がない理由』


「困ったな……。魔法使いが俺を訪ねて来てしまった。普通こういう時というのは……、困った時というのは……、誰かに連絡して相談して、それで解決を試みることだろう」


 自嘲するかのような冷めた台詞。弱々しく枯れた声。でも、あなたの言葉。


「まず俺は何を思ってか、なあ……、姉さんに、電話した。電話帳からとうの昔に消えているにも拘らずまだ覚えてるその番号に電話しようとした。……当然繋がらない。当たり前だ、……俺の姉さんはもういない。俺がピンチだからといって駆けつけられるところにいるわけじゃない。『俺は異常なことに』、電話が繋がらない、そんなことに困惑した」


 あなたの家を訪れた二人は、もちろん、ある程度の事情を察してはいる。


 広い家の、意味のない部屋の意味を知っている。


「じゃあと思って、陽太に連絡しようかと思った。だが陽太はきっと店のことで落ち込んでるだろう。きっと力になってくれるだろう。俺はそれが心強くて仕方ないだろう。だが陽太もきっと落ち込んでる。だから俺は電話を掛けなかった。電話が掛かってきてたのに、俺はもうそれが怖くて仕方なかった」


 失ったことのあるあなたは陽太に掛けてやる言葉が見つからない。あなたは一人になりたかった。でもそんなあなたを一人にしてはおけない。


「続いてミナコだ。俺を元気にしてくれるだろう。励ましてくれるだろう。助けてやると言ってくれるだろう。なら、俺は立ち向かえたはずだ。だが、俺は電話しなかった。何故なら、……『あいつは今忙しい』」


 それがあなたの、当時の真実だった。それがあなたの、本当の一日目。


「客観的に考えてみて、俺はそんなことに落ち込むべきじゃない。お前らのことを別に怖いとか怪しいとか思ってるわけじゃない。友達のことを頼りないとか、いざという時役に立たないとか思ってるわけじゃない。ただ俺は、本当に独りぼっちになった時のことが恐ろしくて、いつかきっとそうなることが恐ろしくて、……どうだ?俺の頭はおかしくなってる」


 ええ。だからあなたは、記憶を失いました。間違っているのに他の誰かの声にはそれを正しようがなかった。答えがあるはずのない場所を探しているあなた。哀れに思ったのでしょうか。都合が良いと思ったでしょうか。


「……猫をな、飼ってたんだ。逃げた猫を探して、もう二度と、俺に『ただいま』を言ってくれない。なあ俺は、死にたかったのかな。『猫を抱えて同じように死んだら』、ほら、猫を助けてやろうなんて同じような心意気なら……、きっと『会いたい人がいる天国に行けた』だろうから」


 茫然とした様子で、男の子はぽつぽつと青い髪の女の子にそう語った。今、思えば、馬鹿らしいことのように感じるのかも知れないけれど、その時のあなたはそうだった。


 ミナコが忙しくなって、お店が廃業したと思い込んで、陽太がそのことを悲しむはずだと思ったあなたは、人を、家に上げることさえ嫌がった。


 そこにアンミの事情はない。ミーシーの事情はない。ただ、あなたのことを心配していたのでは?あなたが立ち直ることができたのは、二人のお蔭だった。この出会いに、その想いに、あなたは報いなくてはならない。



 ……だから、俺はアンミを助けるべきだ。俺は疑い過ぎていて、市倉絵里のことも信じるべきだと?そう言いたいのか?


『…………。あなたが決めなくては』


 俺が?市倉絵里を?……なあ、俺はもちろん、信じたい。だってそうだろう。良い方法があるんだ。それがもし嘘だったら、もう縋るところがない。市倉絵里が善良な、他人想いな人間でなかったら、何を頼りにすれば良いんだ。


 ……信じたいんだ。信じるべき、根拠が欲しい。


『あなたが、見つけなくてはならない。健介、私は……。私は健介を騙していませんか?いいえ、……騙している。あなたの幸福を願っているこの想いは、私の想いは、どれほど伝えたところで信じて良い根拠にはならない。あなたの期待するものを私が手渡せるとは限らない。あなたが何を願っているかを、私は知っているつもりです。私はもちろん、あなたにそれを与えたかった。けれど、それが上手くいかなかった時、やっぱり私は、あなたを騙したことになるのでしょう。だから、……あなたが決めてください。あなたの気持ちを知らないふりをして、私が決められることではありません』


 俺の期待するものを、誰かがぽんと差し出してくれるんだろうか。


 俺はむしろそうでなかったとして、ただ全員が、誠実であることを望む。正直であることを望んでいる。その意味で夢の女のこのおろおろとした態度は俺を落胆させるに十分だった。


 この期に及んでなお、俺に知らせないことがある。もちろん理由あってのことだろう。俺の反応を見越しての配慮もあるだろう。だがはっきりいってそれは、俺の中の、全てに対する不信を強めていく。


 信じるって、なんだ。俺は夢の女を信じていたのに、……信じていたかったのに。


 それは果たして、謎の声の定めたルールなのかも知れない。俺という登場人物の心情を反映する物語を作るために、俺が知り得ない情報が規制されてしまったのかも知れない。


 アンミやミーシーのことを疑っていた俺が?ミナコのことを信じられなくなっている俺が?今更何を決められる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ