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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十話㉗

 息を、整えよう。まだ何も、諦める時じゃない。悲観に浸ってうずくまっている場合じゃない。


 おっさんとミーシーが駆けつけてくれるまでに、俺や夢の女に一体何ができるだろうか。もう市倉絵里と押し問答をしている余裕はない。少しでも手掛かりを掘り出して、ピースを揃えて最上を決めなくてはならない。


 危険に備えなくてはならない。解決策を見つけなくてはならない。どうか一つ、ミナコと俺との関係にも、落としどころを見つけられたりしないだろうか。


 その難問を全てクリアして、ようやくゼロに戻る。


 時間はどれくらい残されているんだろうか。


「アンミお姉ちゃんは困ってるみたいだった。元気はなくて、悩み事がある。健介お兄ちゃんも困ってる?」


「ああ。ちょっとな。慰めにきてくれたのか?」


「うん。ナナはそれできたら良いと思うけど、手伝うことはある?」


「ナナ……。心強いんだ。もうどれだけ助けられたか分からないくらいに。これは俺が、何をできるかという問題なんだろう。お前のためでもあるんだ。お前のためだから、俺は頑張ることができるんだろう。だから側にいてくれたことが、一番の助けだった。ナナ……、お願いしたいことがあるんだ」


「なあに?ナナにもできそう?」


「ナナはハジメお姉ちゃんのこと好きか?」


「うん大好き。これ以上ないくらい」


「そうか良かった。そうだろうと思ってた。なあナナ、ここからがお願いなんだが……、ハジメお姉ちゃんと少しの間、お出掛けをな、して欲しい。ハジメと一緒にいて欲しい」


「……?ハジメお姉ちゃんとナナは?一緒にいるよ?お出掛けをすると、どうなる?」


「あ、ナナ。まあ、……あたしから説明しようと思ってたのに。なんてのかな。アンミとさ、ほら健介お兄ちゃん元気ないっしょ?でさあ、あたしと一緒にお出掛けでもして、なんか元気出るようなもん探したげよ?四葉のクローバーでも良いし、千羽鶴でも良いし、まあとにかくそういうの探して、それプレゼントすんの。ちょっとあたしん家行ってさ、その辺りで探したり作ったりして、で、次会った時にたくさんそういうのあげたら、元気出ると思うのよ」


「ナナは……、まあ、それも良いと思う。けどでも、アンミお兄ちゃんと健介お兄ちゃんは?行かなくて?ナナとハジメお姉ちゃんが探しにいく?ナナはちょっと健介お兄ちゃんとアンミお姉ちゃんが心配だったりもする」


「あたしん家の近くにさ、元気の良く出る折り紙とか、四葉のクローバーが見つかるとこあんのよ。それじゃないと治んない感じとか、ま、そゆこと」


「へえっ、それだからいつもハジメお姉ちゃん元気?ナナ分かった。それがいる。二個いる?ナナもちょっとそれ欲しくなった」


「念のため一杯。クローバーは今季節じゃないけど、それまで折り紙したりしてさ」


「良かった、ハジメお姉ちゃんがそういうの知ってて良かった。健介お兄ちゃんちょっと我慢できる?クローバーはねえ?ハジメお姉ちゃん何月に出る?」


「う、……春とかから。だからそれまでは鶴でも折ろっかな?まあ他でも探して良いと思うし。最悪それじゃなくても大丈夫てか」


「ううん……、春はナナもちょっと遠い気がするなあ。早く春が来るようにお願いもする。健介お兄ちゃん、それまで待ってられる?」


「……待ってられる。俺もしばらくしたら、この周辺にそういうのがないかを探してみることにしよう。この周辺のやつだとあんまり効果も薄いかも知れないが、ナナとまた会うまでに少しぐらいは元気になっておきたい。そして必ずな、会いにいく」


 その目処が立つのは、一体いつだろう。具体的に何日だろう。そう長くは掛からないとは思っている。あくまで、一時的な避難であるから。


『それ、ホント?ナナ、……そういうの聞くの二回目だなあ』


 全てを見透かすようなまっすぐな瞳に、悲しい癖に悲しくないなんて嘘はつけない。


 誰の声なんだろうこれは。ナナの、声?ナナの声にしてはあまりに平坦だ。弾むような音の強弱がない。ナナの唇が全く動いていない。


 だからこれは、単なる幻聴だと思う。ナナの後ろに立つ誰かから聞こえていたような気がする。今を眺める、誰かの声だったように感じる。もしかして、俺の願う声だったろうか。


『ナナは日記を書きます。人は与えられた恵みを少しずつかじって生きていくので、すぐに食べてしまってなくならないように、こうして紙に包んで長持ちするように大切に取っておく。そうしてお腹が空いたときにまた少しかじる。人はそうやって、少しずつ消費して生きていくので、お腹が空く頃に、また迎えに来てくれると嬉しいなあ、ナナは』


 言葉選びが大人び過ぎている。日記を抱えた『誰か』が、ナナの後ろに立っているような気がする。もちろんその一番近い位置に立っているのはハジメで、ハジメももちろん唇が動いたりはしていない。


 ハジメは家に帰ることが良い方法だと思っているだろうか。ハジメが出したのは良い子の答え、なんだろう。俺もお前も。これが良い決断だなんて、俺には言えないし、ハジメも本心からそう思ってなんてない。


 これは誰の声なんだろう。もし他の方法があったとしたら、それなら、ハジメはこの家に残ることを決めるだろうか。『本当は帰りたくないんじゃないか』と聞いたら、正直に答えてくれるだろうかハジメは。『失敗した時のことを自己紹介しないのなんて当たり前』、だったとして、俺は絶対的に、決断できるだけの材料が不足しているように感じている。


『ハジメお姉ちゃんは後でこう思った』

『行くなって言えば良いのに。行きたくないって言えば良いのに。強がって、粋がって、できもしないことできるように言って。それが良い方法?それがあたしのため?あんたのため?どうにもできない?どうにもなんなくてもそんなの嫌だって言えば良いのに。喚いて駄々こねたら?物分かり良いふりしたって、あたしの人生多分、この先ずっと、あんたの、一緒にいてくれてありがとうに敵わない。お互い損すること分かっててもさ、本当なら、一緒にいるって、それだけで良かったんじゃないの?』


 ハジメの声なんだろうか。素直な良い子でいるための、笑顔の仮面の裏側に、心細さが隠されている。


 俺はまた、とんと、分からなくなった。安心させてやるべきだと思っていた。誰のためとかそういうことでなく、自分かわいさも関係なく、約束してやって、安全なところで待っていて貰うのが、仕方ないながら、いやもうそうする他ないのに、……でも最善ってなんなんだろう。


 泣きじゃくって、現実を否定して逃げて、こんなのやだとわがまま言えば……、どうにもならなくたってそれでも、良いのかも知れない。一緒に苦しんで泣いてくれと、お願いしたら良いのかも知れない。


「じゃあ、さあ、あたしもお父さんに電話するわ。電話借りるね。一応言っとくと、あたしのお父さんはそういうの断ったりしないから」


 何を決めるにせよ、公式の中に当てはめるための数字が見えない。つまりハジメは、……戻りたくなんてないわけだ。戻りたくなんてないのに、俺やアンミに気を使って、そうしてるわけだ。そう言ってくれれば、ここにいるべきだと、俺は言える。だから俺は、こんな幻聴を聞く。


「ハジメ?……お前はそれで良いのか?なんにも心配なことはないか?俺がお前を追い詰めてないか?不本意なことをさせてないか?」


「正直なこといって、今日で良かった。昨日とか、一昨日とか、もっと前だったらあたし、多分電話できなかったから。あんた知ってるかどうか分かんないけど、帰ってこいって言われてんの。あたしのお父さんから」


 帰ってこいと言われていて、それでもここにいて、ここの居心地が良いと、言っていた。逆にいえば、ハジメはずっと、家族と暮らしている時に生きづらさを感じていたんじゃないか。おっさんはまだハジメが家に帰るタイミングじゃないから親を説得にいった。


「でももし、お前が戻りたいわけじゃないなら、……なんだったら別にどこか泊まれるところを他で探しても良い。ちょっとの間、宿を取って生活できるだけの金くらいならある。それくらいなら渡せる」


「いやいや、……んぅ?あんたもしかしてスイラおじさんからなんか聞いたわけ?あたしがどうこうっての」


「詳しくは知らない。アンミたちと一緒にいたいという理由の他に、家を出る事情が……、あったかも知れないと思っただけだ」


「…………。うん。まあ、……あったけど。ねえあったけどさあ、違うんだって。戻って来いって言われてんのは、……あたしがさ、上手く、できなかったってだけで」



『そのどちらも正しくて、そのいずれかが、あなたの後悔を生む』



『母親の懇願に、心を痛めなかったはずがない』


『母親の激昂に、胸が締めつけられなかったはずがない』


『それでもハジメは家を出ました』



「あたし、スイラおじさんについてって、村で一緒に住ませて貰って、……どうしたかったかって、やっと分かった。こうやって話して、こうやって頼って、こうやって感謝するんだって、そうしてれば良かったんだって、ずっとそうしたかったんだって、お父さんとそうするべきだったんだってやっと分かった。ねえ、もうちょっとで、あたしできる気がすんの。余計なこと考えなくても、そうしなくちゃなんて思わなくても、自然にお父さんとお母さんと話せるようになると思うのよ」


「上手くやれなかったとしても……、お前のせいじゃない」


「あたしもそう思ってたけど、……でもあたしのせいじゃなかったらどうしようもないことになっちゃうでしょ。あたしさ、結構意地になってた部分とかあったと思うのよ。上手くいかなかったけどそんなのどうしようもないじゃんて。あたしは、結局アンミとかね、ナナも……、ミーシーもそうなんだけど、すごい甘えてた。甘やかしてくれるところだからあたしは居心地良くて、あたしはそういうとこだけ好きなんだって思ってた」


「居心地が良い場所にいたら良い」


「うん。だから、そうやってそこにいて良いよって言われてたらずっとそこにいたくなるけど。でもさ、そっから……、言わないと分かって貰えないこともあるじゃん。やり直せるなら、もっかい最初からやりたい。今までずっとおんぶに抱っこで、あたし、いない、方が……、でもさ、できる気がすんの今なら。あん時できなかったけど、だってそうじゃない?あんたあたしのこと別に嫌いだったりしないでしょ?だったら今なら、できる気がすんの。おんなじようにできる気がすんの」


「無理しなくていいんだ。合う合わないというのは少しくらいある。だから俺たちは友達になれた」


「うん。そうだけど、でも努力しないのとは違うわ。無理だって諦めて放っとくくらいなら、せめてどうしたらマシになんのか考えて努力しないと。あと、あんた多分勘違いしてると思うんだけど、お父さんはあたしのこと嫌ってるわけじゃないのよ。あたしもお父さんのこと嫌いなわけじゃないし。どっちかってと、お父さんは、あたしのこと大好きなんだろうけど……、あたしがそういうのの受け取り方が分かんなくなってただけだから。それさえできてたら全部上手くいく。あたしもちょうどどうにかしたいって思ってたの」


「今が良いタイミングとは限らない。こんな形で送り出すより、もっと良い日があったはずだ」


「ううん。今。居心地良過ぎて、ダメになっちゃうとこだった。なんかあんたの家に来てから、昔のこと思い出すようになってさ。忘れ掛けてたのに気づいてさ。あんまり居心地良いと、戻りたいって気持ち思い出せなくなるでしょ?でも逆に、あんたに追い出されてたらどうせ他でも上手くできないって自信なくなっちゃうでしょ?だから、こんなふうに思えるのなんて滅多にないしさ。今ほんとちょうど良い感じなの。ナナいてくれたら心強いし」


 決断するための、材料が足りない。それは幻想なんじゃないかと俺は思っている。


 例外の俺が、上手く関係を築けたからといって、それはハジメの成功体験に含められない。今、家に戻すことが、ハジメの自信を打ち砕いてしまわないだろうか。諦めさせてしまうことにならないだろうか。


 結局例外や魔法使いとしか上手く関係を結ぶことができないと決めつける原因にならないだろうか。それとともに、ハジメとナナがまた傷つくことになるのかも知れない。


 ハジメのお父さんは、ハジメのことが『大好きだった』にも拘らず、それでもどうしようもなかったわけなんだから。それがハジメの努力で、ハジメの振る舞いで、変わったりするんだろうか。


 教えてくれ。俺はどちらで後悔する準備もできている。


『…………』


「ハジメが行きてぇって言ってる。俺には止められねぇ。今そういう資格がねぇ」


『泣きじゃくる妻を抱き留めて、彼はこう言った』


「スイラさんよ、納得した。ただ一つだけ約束してくれ。ハジメがもし、……帰りたいって言ってくれたら、抱きしめてまた迎え入れてやりてえ。あんたさんが良いと思う頃合いに、ハジメに、家が恋しくねえか聞いてやってくれ。今はダメでも、……どうかその機会だけは取り上げねえでくれ。また会えるなら待ってられる。ハジメが楽しいってのなら俺は待ってられる。でも機会だけは取り上げねえでくれ」


『そこは辿り着くべき場所ではあるけれど、けれど、確かに、いつ訪ねても構わない。行こうと思えばいつでも行けた場所を想いながら、ずっと遠回りをしていました。もし向かうと決められたなら、それは誰かが止めるべきものではない』



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