十話⑳
陽太は当然それが何を指しての発言なのか決めかねているようだった。
俺が抜けてた間どういう話をしてたのか、よく考えると少しばかり不安な部分もあったりする。
秘密にした方が良いのか、した方が良いんだろうが、それをどこまで徹底してるのか、仲の良い友人に『言う必要がないから言わない消極的な隠し事』をする罪悪感と、陽太が守秘義務を守れるかどうかで騒ぎになるかも知れないという僅かなリスクと、どちらかが良いのか、どちらでもいいのか、
俺はそこら辺は前例に倣って判断するしかない。今のところ積極的に話す機会もなく、積極的に隠す機会もなく、そして、何事もなければそれはずっとそのままだったりするかも分からん。
「ハジメちゃんは割と余計なことをいらないタイミングで言ってしまっても許されそうなキャラしてるよな、というぐらいの感想しか出てこないな。多分余計なことは言ってるんじゃないのか?何がと言われると困るのだが」
「ハジメの良いところよ。書き出してよく考えたら皮肉とか嫌味っぽいこと言ってても実際には顔見てすぐ悪気ないの分かるでしょう?あっ馬鹿だから言っちゃっただけだわこれはと顔見たらすごい納得でしょう?顔を見たら分かるけど、馬鹿なだけで悪気はないのよ」
「顔で判断しないでくれる?馬鹿っぽい顔しててもまじめなこと言ってるかも知んないでしょ。…………。……え、いや何?見ないで。何、みんなして?」
「かわいらしい顔してるのだがな?よく見るとな。馬鹿というのはもうちょっとうへへえという感じなのだが」
「そうだろう。照れて目を逸らしてる時とかな。別に良く見るとというわけじゃないがかわいいんだ、造型的に」
「…………んっ」
「なにが残念足らしめてるのだろうな」
「見ないでっ」
「ハジメお姉ちゃん顔赤いよ?困ってる?ハジメお姉ちゃんがかわいいのはみんな分かってる」
ナナの言う通り、ハジメの顔は少し赤く染まっていた。わざとそうしているわけではない、とは思うが、顔を赤らめる術まで身につけているとは本当に奥深い表情の持ち主だ。
肌の色素が薄いとちょっと息止めて力入れるだけで赤くなれるのかも知れん。照れたり恥ずかしがったりする時はそうすれば良いのかも分からん。
「かーわいい、かーわいい」
「……困るなよ。おろおろするな」
「くっそぉ、あのさあ、あんたらはさあ、男子は本気で言ってんのかどうか分かんないのっ。やめてよそういうのぁ……。ナナはあんがと。ミーシーは茶化してんの分かるけど、はあもう」
「男子……。そうだな。そういう区切り方久々に聞いたな。ちょっとやめてあげろよ男子」
「ハジメ?なんで上着脱いだの?エロいことを考えてるの?」
「ちが、違うっ。着るわ、着たわ。なんでもないの……。ちょっとトイレ行こっかな。別にこれ、ほんとトイレ行きたいだけなんだけど、逃げたとか言う?」
「いや、言わないからまあ落ち着け。なんかこっちまで恥ずかしくなってくるだろう」
ハジメは右手で左肩の上着を握り込んで、左手で顔を隠すように髪をいじりながら肩を持ち上げて背を丸めたまま立ち上がった。花も恥じらう純情乙女のような振る舞いだった。
「何が嬉しいのかは正直よく分からんのだが、簡単に喜んでくれるのは楽で良いな」
「普段誉められ慣れてないのよ。あっちはあっちで健介とか陽太のことちょろいとか思ってるわ簡単に誉めるから。アンミなんて初対面の人みんなにドスケベボディ誉められてるから慣れっこでしょう?内心こいつまた胸見てるなあとか思うでしょう?」
「うん?胸?うん、ちょっと目立つのかも」
「アンミちゃんは科学的に証明されてなくても振り返るだろうな。小学生の時とかでも見たな多分。おじいちゃんになっても振り返るな、多分」
「あのなあ、科学的に証明されてる方で振り返ってくれ。アンミの持ってる空気感というのは多分良いものだ。落ち着く。あとナナはなんか見てるだけで頬が緩むな」
「ナナもそれはあるなあ。人の顔見るとにやあってなる」
「釣られるのかな。にやあってなるよな、ふっ、いや、今ごめんな、ちょっとキモかったな、俺な」
意図せずナナと見つめ合うことになり、ナナの笑顔が先なのか俺が先なのかはともかくとして、俺の方は変に堪えようとした分キモイにやつきになってしまった。
うふふというしとやかなナナの笑いは、小さな唇が左右で均等に緩やかに持ち上がって、かわいらしい歯が少し覗く。俺は鼻の穴をぴくつかせながらぷるぷる震えた唇を突き出し喉の震えと共に息の固まりが吹き出た。「ふっふふぅ」と声が出た。
「天使はなあ。人を幸せにするのだが。なんか幸せなおっさんというのはこうやって見ると確かにちょっとキモイものだな。外歩いててそれだと確定通報案件だろ」
「堂々としてれば大丈夫なんだろうけどな。堂々としてられるかどうかが問題だ。人目を気にしてそわそわしてたら通報されるかも知れん。今の俺みたいに、凛と済まそうとしてもキモイ笑いがふと出てしまうことだってあるだろうから」
「俺も保護したいなあ。あ、やった。ナナちゃんと同じマスだな。もうナナちゃんを誘拐して良いか?」
「え?そしたらナナはどうなる?」
「警察を呼んだら良いと思うぞ。ゲーム中でもそれぐらいのリアリティと悪行へのリスクがないとな。平気で犯罪が横行してやりたい放題になってしまう」
「じゃあナナちゃん警察呼ぶか?俺はそうすると投獄されてしまうのだが、なんかそれぐらいの勇気は湧いてきたな。じゃあ健介、警察呼ぶことになったら警察役をやってくれ。スタート地点からルーレット振って再スタートな。俺はナナちゃんを誘拐したままゴールして幸せに暮らすのを目指すのだ」
「滅茶苦茶だな。ナナがルーレット回してお前が逮捕されるかどうか決めたら良いだろう。俺はなんなら検察か弁護士役として懲役刑をな、ルーレット回して決めてやる」
「ナナはじゃあ通報することにする。健介お兄ちゃんはそれで追い掛けることになる?追い掛ける方が良いなあ」
「警察があまりに不利だから機動力二倍にしましょう」
「捕まったらどれくらいで出れるのだ?釈明するつもりだからルーレットでは決められたくはないのだが」
「いやもう死刑で良いでしょう」
「そんな。そんなひどいことあるのか?かわいがっててもダメなのか?」
「ダメだろうなあ。多分ダメだろうなあ。すまんなあ陽太。じゃあ俺は警察役でスタートすることにした。俺はこの事件を刑事生命を掛けて解決に導く」
「俺を殺すのか……。健介。法のしもべめ。いくら神でも一つに溶けた魂を再び二つに切り離すことなどできまい。時効?時効はあっても良いよな?」
「なしで良いでしょう。というか仮に逃げきっても警察がゴールするまでの生活でしょう」
「……過ちを犯してしまったがために、なんか切ない人生になってしまったな。ナナちゃん、じゃあ、俺がゴールするまでの間だけでもほら、膝に乗っててくれ」
「ナナは肩車が好み」
「そうなのだな?じゃあ肩車していよう。警察に捕まるまで……、肩車していよう。よく考えたらどうせ死刑ならアンミちゃんとかミーシーちゃんとかも誘拐した方が得なんじゃないのか?」
「よいしょ、よいしょ」
「ああもう……、死刑でも良いな。これで肩の荷が下りたらもう、目を閉じて良いな。いやちょっとでも、アンミちゃんとかミーシーちゃんは無理な気がしてきたのだ。明日首とか肩が筋肉痛になるかも知れないのだ」
「頑張れ。やり甲斐みたいなものはあるだろう。将来パパになった時に役立つぞ、その経験は」
「じゃあトレーニングしとくか。首トレっ、首トレっ」
「わあい、揺れる」
「あんまり張り切ると頸椎痛めるぞ……」
まあ首トレと言いながら体全体を前後に揺らしているだけだから、よっぽどナナが変な体重の掛け方をしない限りは大丈夫だろう。
ゲーム中のナナは誘拐犯に捕まってしまったせいでルーレットを回せなくなってしまったわけだが、ゴールという目的を見失った中でただ延々とルーレットを回すよりも肩車に揺られている方が楽で楽しい気もする。
そんなこんなをしている内にハジメがまた居間へと戻ってきた。
「ああ良かった。話題移った?落ち着いたあんたら?良かったねえ、ナナ。どうよ、乗り心地は」
「こういう椅子が売ってたら買うくらいっ」
「嬉しいことを言ってくれるのだな。割と低コストでできるんじゃないか?型取って樹脂を流し込んで表面をシリコンでコーティングしてナナちゃんに売ろうか。腰に負担の掛からない新世代の椅子として普及するかもな」
「ベルトコンベアでお前の顔ついた椅子が大量に流れてくるというのは面白いな。店に並んでるのも面白いな。誰がそれを、カートに入れてレジまで持っていくんだという問題はあるが」
「いやナナちゃんが買うからな。ナナちゃんくらいの世代の子が一杯買うからな」
「てゆうか、顔は別になんでもいいじゃん。大体そういう形してて、最悪顔つけるにしたってアニメのキャラクターとかで良いじゃん。椅子にこいつの顔ついてても子供別に喜ばないじゃん。あったしはそう思うけど」
「アニメで思い出したのだが、ハジメちゃんは『あたし』っ子なのだな。自分のことあたしというのだな」
「?何それ。あたしっ子以外に何があんのよ」
「ぼくっ子とかな。女の子なのに自分のことを『ぼく』というのはぼくっ子なのだが」
「ぼく?女の子で?ああアニメで?女の子でぼくって言う子はいないでしょ現実は。あたしって言う子は普通にいるから、あたしっ子なんて言い方聞いたことない」
「…………」
「…………。まあそれは置いといて、それはそれで、あたしというのも俺の中では結構珍しいのだ。実際、最近とかだと全然ハジメちゃん以外思いつかないしな」
「いるって普通に。あたしだけそんな珍しいわけないじゃん」
「健介は自分のことあたしという知り合いいるか?」
「気にしたことないが、……女の子の知り合い多くないしな」
「いや、そもそも、私って言ってたとしてもあたしっぽく聞こえることあるじゃん。逆もあるじゃん」
「ハジメちゃんは滑舌良いからあたしとしか聞こえないのだが」
「ミーシーもアンミも完全に私だしな。お前の場合『あったし』って言うからな。私とは絶対聞こえないイントネーションだったりするからな。印象強いというのはあるな」
「いちゃもん多くない?」
「いちゃもんではなくてだな。健介と一緒に見てたアニメのヒロインの一人称があたしだからちょっとそれ思い出しただけなのだ。健介、ペンを貸してくれ。ハジメちゃんにリアンの台詞を練習して貰おう。俺が台詞を書くから、ハジメちゃんはそれ練習してくれ」
「……リアンなんとかって、あんた言ってたやつじゃないの?なんだっけ、飛べないのは、ええとなんだっけ、胸の筋肉とかが足りないんだ、とか、そゆ感じの。あんたは胸ぴくできるじゃん。だから鍛えてたの?」
全然興味を持ってる様子ではなかったのは確かだが、ほんの昨日話したことがハジメの中ではごちゃ混ぜになってしまっている。一応かろうじでリアンという名前に聞き覚えはあるようだが、折角俺が話してやったありがたい名言が台無しにされてしまった。
「あのなあ。『羽ばたく回数が足りてない』だ。あくまで比喩で話してる時になんか微妙にリアルなこと言い出したら阿呆みたいだろう。本当にこいつ筋肉鍛えて飛ぶ気なのかなと誤解を与えてしまうだろう。鳥が飛べるのは立派な羽根があるからじゃない。自分には羽根がないからと諦めて羽ばたくことすらしてない奴が飛べないんだ、という、そういう比喩だ」
「いや分かるわっ。ちょっとど忘れしただけでしょ。そこは分かってるけどちょっとど忘れしただけなのっ」
陽太は何かがツボったらしくナナをまたがせたままうずくまって必死に笑いを堪えていた。ナナは上手に着地して上半身を逸らしてバランスを取っている。ただ降りるつもりはないらしい。




