十話⑲
ため息ついて脱力したハジメを慰めるつもりなのか陽太が「まあまあ」と言った。
「人間誰でもダメなところが一つくらいはあるものなのだ。ハジメちゃんは馬鹿で胸が残念なことを気にしてるだろ?」
「馬鹿で?胸が残念……?何が残念……?」
「そしたら俺たちが『そこはまあ置いといて、そこはそことしてまあ仕方ないことは諦めて、でも笑顔はかわいいしハジメちゃんはかわいいし好きだよ』と言ってやれる」
「あんた良いやつね。でもあたしは別に胸が残念なことは気にしてないんだけど。仕方ないとこでもないしさ。いやまあちょっと大きかったらってのはあるけど、あんたが残念がってんの?あたしが自分に残念がってんの?」
「俺は別に残念がってないのだがな。逆にハジメちゃんが頭良くて胸が大きくて、それでちやほやするのはなんだかなあ。『胸が大きいから好きだ』と言われて嬉しいか?そんなことで良い子と悪い子が決まったりしないのだ」
「……それは、いやでも、あたしがもし胸おっきかったらそう言われるのだって嬉しいだろうし。そういうのはさあ、数が、ね?いた方が良いでしょ?どんなとこが好きでも一杯の人から好かれてたら、そりゃ自信満々で、自分のこと好きでいてくれるか確認しなくてもいいわけだし、そしたらそわそわおどおどしなくて済むわきっと」
「自信……、満々じゃないとか思ってなかったのだが。ハジメちゃんはすごい馬鹿っぽいことでも堂々と思ったこと言う性質なのだが、見てる限りでは」
「陽太が見てないとこでも言ってるわ」
「ハジメお姉ちゃんはいつも自信満々ですごいとナナは思ってた」
「あんたらは良いじゃん、別に。仲良くしてくれそうなオーラしてんだから。まずはさあ、どんなとこでも好きになって貰えないと、あんたが誉めてくれた笑顔なんて見せらんないし、あたしが誰か好きになってもその誰かは迷惑に思うだけなの。あたしがあんたらと会ったのは単に運じゃん。アンミ追っ掛けてここ来て、バイト先ついてってご馳走になって。じゃなかったらあたしなんて見つかんないでしょ」
「おーい健介、ハジメちゃんごときに論破されてしまったのだが。胸が大きい方が確かに良いな。見つかるな」
「うわ、論破しちゃった。てか恥ずかし。思ったことそのまんま言っちゃった」
「論破されるなよ……。ハジメ、えっとな。こういう話がある。気が合うとか波長が合うというのは、頭から電波みたいなのが出てる、ということ、らしいぞ。だから運命の人と引き合うし、お互いに影響し合って結びつく。波長の加減が似通った人間同士ならちょっとした見た目の違いで見分けられる。生き別れても何十年後に見つけられる。何故なら頭から電波のようなものが出ているからだ、ということだった。じゃなかったら犬とかの見分けがつかないように人の見分けなどもつかないはずだ。犬と人間では波長がちょっと違うんだろうな。これは科学的に証明されている。俺は聞いただけだが」
「……科学的に?なるほど?」
「だからまあ、見つけてやれる。お前も俺たちを見つけてくれる。お前の髪形が違っても、胸があろうがなかろうが、東京の混雑した大交差点で雨の中傘で顔が隠れてても、お前とすれ違ったら振り返ったに違いない。見た目がどうこうでも頭やスタイルでもなく、波長が合うのはそうやって引き合う。どんな偶然で出会ったにしろ、そこは重要じゃない。どうせいつかは、何かしらの偶然によって出会っていた。科学的にな、これは証明されている」
「ふ、ふぅん。まあ科学的に証明されてるってならまあしょうがないわ。なるほどね。ロマンチックな、感じね?」
「まあ、科学的に証明されているのなら仕方ないと私も思うわ」
「そうだな。科学的に証明されているのだから仕方ないな」
「なんかまた馬鹿にしてない?科学で証明されてんのよ」
「でもねぇ、ナナも初めてハジメお姉ちゃんに会った時にね、もう会うのが分かってるみたいだった。すごい気になった。アンミお姉ちゃんはハジメお姉ちゃん気になる?」
「うん、私も。ハジメだけは家にいるかどうかすぐ分かるしね」
「引き合う力ということなのだな。家にいるかどうかすぐ分かるというのは面白いのだが」
「俺もあんまり普段意識したことはないが、友達が近くにいる時の安心感みたいなのは、そういうオーラとかのお蔭なのかもな」
「言われてみると確かに、近くいるかってのは割と分かったりするわ。アンミとミーシーとナナと、あとスイラおじさんとかは」
「俺はどうなのだ?」
「んーぅ、微妙?あたしは割と、あんま気にしないものは見えてなかったりするし」
もしかすると魔法使い同士だと、気配を察知できたりするんだろうか。とはいえ、おっさんが家に来た時も結局ミーシーはぎりぎりまで来訪者の正体に気づかなかった。微妙な有効範囲なんだろう。あんまり汎用性はない気もする。
「うう、オセロやりたいのだ。ハジメちゃんをボコボコにするのとか滅茶苦茶楽しそうなのだが」
「なんでよ。待って他のもある。他ならもちょっとマシかも知んない」
「将棋……、か?やったこと、あるか?」
「将棋はあたし強いかも知んない。ウチのお父さんが将棋は強い……、のよ。あ、まあ関係ないか」
「まあ、将棋も練習して強くなるもんだろうが、才能というのもあるかも知れんな」
ハジメが自分の家のことを話すのを嫌ったのか、ナナやアンミの前で父親の話題を遠慮したのか、まあそのどちらかだろう。失言したかのように言い淀んで少し苦笑しながら話を区切った。俺は一応不自然に切り上げるふうでもないようにさらりと流して一言だけコメントを残して盤面を開いてジャラジャラと駒をばらまく。
「あんた将棋は強いの?もうルール分かってるって時点である程度強いのは分かってんだけど」
「完全に雑魚だと思うぞ。ただお前がどの程度の強さかによるな。俺以上に弱いという場合にはハンデをやろう。将棋ならハンデはつけやすい」
オセロのルールを今回習得したであろうハジメが将棋のルールを知ってるというのも正直怪しい話ではあるが、一応ハジメ本人は将棋をできるつもりではいる。まあ仮にゲームにならん感じだったらルール教えてやってゆっくり話していれば良い。
「ふぅん?どういうハンデくれんの?」
「お前が俺より弱かったらだぞ?飛車角落ちとか、取った駒使わないとか、王様戦闘力ゼロとか、色々ある」
「あたし側がパワーアップするようなのはないの?」
「二歩許可制度とか、中央線成りとか、なんだったらそこのオセロの石使って農民徴兵するというのもある」
「そんだけあったらまあ、勝負できそうだわ」
そんだけあっても勝てない相手には勝てないもんだが……。まあハジメと俺とならそこまで思考力に差は出ないだろう。簡単でありがちなハンデ設定で勝ったり負けたりになるはずだ。
軽く話してみてどうやら、ハジメは将棋ルールは分かっているようだ。じゃあまずは普通に平手でやれば良いだろう。
「対峰岸戦の時に健介も一緒に工夫したからな。ハジメちゃんがあまりにも弱かったら今回も桂馬がペガサスとかユニコーンに進化したり、王が影武者だったり、金がプラチナとか金剛石に成ったりしても良いと思うのだ」
「王が食料積み込んで海へ漂流して逃亡生活したりな……。まあまだハジメが弱いとは限らんだろう。俺も弱いんだから」
「へぇ。海に?逃げんの?」
「まあ……。追い掛けっこになると結局陸地を警備されて餓死することになるんだけどな。領地を失うと王は二度と玉座に戻れない。海を漂流して二カ月くらいで死ぬんだ。侵略されるがままの国を捨てて、孤独に海で死ぬ。元は一国の王だったのがな。儚いだろう。ただそもそも、一般人同士だとそんな極端なハンデ設定になったりしないし、逃げても結局死ぬからこれはハンデとして有効だったりしない」
「影武者ってどうやってなんの?」
「影武者ルール採用するなら今回は紙かなんかに本物の王が紛れ込んだ駒の名前書いておけば良い。歩なら歩が全滅するまでは王が生きてることにして貰える。まあただそうすると今度……、影武者を取られて打たれて、その偽王が敵軍として暴れ回ったりする。負ける時は悲惨な盤面になる。最後、本物の王が扮した歩兵一人しかいない時の絶望感はなんともいえない。とにかく最初はそのまま普通にやろう。それからお前の弱さ加減がどれくらいヤバイかでハンデを決めたら良い。俺よりヤバイ弱さを発揮してからだそれは」
「峰岸って、あんたの言ってた女の子?強いのその子は?」
「分からん。俺と陽太が弱過ぎて強いのかどうかすら分からん」
「いや、強いぞ?タブレットで最強設定にしてカンニングしながらやった時やっと勝てたからな」
「お前勝ったのか……。なんだその貴重な体験。あれはもう俺の中では物理的に勝てないゲームだと思ってたのに」
「ま、上には上がいるってことね」
「そうらしいな。俺も大して世界の広さを知ってるわけじゃないし。そうか。あいつでも負けることがあるのか」
そしてまあやっぱりというか、俺はハジメよりは、将棋が強いようだった。
ハジメの駒の前に釣り餌を置くと二手も三手も前からワクワクそわそわし始めてそれに食いつきにいく。どれかの駒が危機に陥れば王を放って守りにいく。その癖、いざ一度でも王手になると一目散に王を逃がし始め、他の駒は簡単に取り放題だ。
平手ではちょっと実力差があるな、これは。
「……嘘、あたしの軍、弱過ぎ」
「…………。おめでとう。ハンデをやろう。うん、気分が良いな。さっきのオセロよりは良い勝負だった。ちゃんとルール知ってるのかも疑ってた、すまん」
「ハンデどんだけくれんのこれ。言っとくけどあたし生涯の半分くらい王様逃がすのに費やしてるんだけど」
「陽太?俺はもしかして将棋は強かったのか?才能があるのかも知れんな。ミナコが強過ぎたというだけで」
「いやあ、普通……、なんじゃないかと思うのだがな。ハジメちゃんがクソ雑魚なんじゃないのか?」
「だが、な?俺もお前も真剣に何手か読む訓練はしてたわけだろう?実は強くなってたのかも知れん、少しは」
「あたしが……、クソ雑魚?……クソ雑魚」
「ああー……。そうだな。強くなってるのかも知れないのだ。勝てない相手にどうにか勝てないか頑張って考えてたもんな」
「その峰岸って子にとってはあんたら雑魚で、その雑魚に?あたしが雑魚なの?……クソ雑魚て」
「ハジメちゃん一応フォローしておくとな?対人戦で弱いというのは結構貴重で重宝されるのだ。圧倒的に勝つと人からやる気を奪うからな。逆に負けてあげられる優しい子は人をやる気にさせられると思うのだ。健介もやる気になってるしな?」
ここでおそらく、一番ハジメとのゲーム対戦歴が長いであろうナナが呆けながら小声で「……なるほど」と呟いた。経験則的に『確かに』という意味合いなんだろうが、心の声が漏れてしまっていた。
「あたしも強くなりたぃっ」
「あっ、健介が今無茶言うなよという顔をしたぞ?ひどい奴だな」
「え?してたか?指摘するな」
「あんた割とすぐ顔に出るのよ。どうやって自然に勝たせてやろうかとか考えてんでしょ。顔に書いてあんのよっ」
「読むな……。書いてあっても読むなよ」
「えっ合ってた?あんたとあたし今波長合った?」
「ハジメは占い師にでもなると良いわ。もうそれ以上他のこと考えようがなくなるほど追い詰めて当たった当たったと喜んでなさい。今のはもう普段悪逆非道のショッカーとかでもおんなじこと思うでしょう」
「ショッカーっ、はっ、そんなこと思わないからっ」
ショッカーが普段何を考えてるかは正直決めつけられないが、ミーシーも別にそのことで食い下がるつもりもなく「あらそう」とだけ呟いた。……俺はショッカーよりは優しいことになった。
「あんたは良いわね。負けたくなかったら絶対負けないんだから」
「よく知ってるわね。でもハジメ相手なら足で将棋指しても勝てるわ」
「はあ?別に実力落ちないじゃんそれは。ハンデっ、ハンデ寄越して。予知ももちろん禁止で」
「ははは、俺もあれだな。ハジメちゃんの相手とか先読みしなくても勝てそうだな。さすがにそこはないなと思うところにいくのだな」
「なんで見てたの?これは失敗したやつなの。あ、……ねえ」
ハジメが中指と薬指だけくいくい動かして俺の方を見た。「うん?」と首を出すとハジメも首を伸ばして俺に小声で耳打ちをしてくる。
「内緒話というのはな?内緒にしてることを悟られないようにするもんだと思うんだけどな」
「いや……、そういえばあたしら、予知とかって他の人も知ってんの?」
「知らんだろうな」
「……秘密なの?」
「それも知らんが、そうかもな。まあいきなりだとビビるし、特別言う必要もないしな」
「そっかそっか。分かった」
一応聞き取れない声量を心掛けているんだろうが、完全に陽太がこちらを凝視して様子を窺っていた。ハジメはそれを発見しても別に怯んだ様子なく、見つめ返してこう言う。
「あたしが酔ってた時、なんか余計なことって言った?」




