十話⑰
「おお、もしもし、今あれなのだ。アンミちゃんがドア開けてくれたのだ。おぉナナちゃんこんにちは。もうあれだな、健介に用ないな。満足だな」
「ん?俺にもこんにちはしよう。気持ちは分かるが寂しいことを言うな。今、下行くから」
「ハジメちゃんもいるぞ、健介。なんか得した気分なのだが」
携帯を片手に部屋を出て階段を下る。若干、呼吸が荒立っている。この電話を切ったら下の階には誰もいないんじゃないかと、そんな意味不明な妄想が込み上げてくる。
今まで別世界と、電話でだけ繋がっていた、なんてことになりそうで、だから俺は、おかしなことだと自分でも分かっているが、居間へ振り返るまで携帯電話を耳に当てていた。
「健介っ、健介どうしたのだ?通信が途絶えた」
「俺は目の前にいるだろう、陽太?そうだよな?違うか?」
「違わないのだがちょっとは付き合うべきじゃないのか、健介は」
「そうかそうか。良かった。大荷物だな。助かる、ありがとう」
「あのさあ、あたしさあ。えっとその、あたしも混ぜてくれる?遊ぶのに」
「?……?ん、…………。この状況で別に用事あるとかじゃないのに一緒に遊ばない人がいたら、相当それはハブられてると思うのだが、なんかそういう、しきたりみたいなのがあるのか?良く分からんな。ハジメちゃんがよく分からんのはなんかいつものことなのか?そんな気はするな」
「お前もきょとんとしてやるなよ。ハジメちゃんに会いにきたんだとリップサービスしてやれ。陽太がその、ハジメと遊びたいかどうかが重要だったりするんだ」
「ハジメちゃんに会いにきたのだ。だからあれだな。ハジメちゃんがいなかったら帰るとこだな」
「……あんたの友達もチャラいんだ。まあ、お世辞なのは分かるけどさ。じゃいる時呼んで。あと、一応さ、あんたとも友達になっとこ?良い?」
陽太は意味が分かってない様子で手のひらを上に向けて首を傾げて、続けてハジメと自分を交互に指さしてから顎に手を当て考えるような格好をした。
「面白いこと言うのだな。友達、そうだな。友達になろうかハジメちゃん。ナナちゃんとアンミちゃんも友達になる儀式しようぜ。健介もやるか?」
「そうだなあ。俺だけやってないとなんか俺だけ友達じゃないみたいな感じになるからな。じゃあ折角だしミーシー呼んでくるか。ミーシーも、一人だけ友達の儀式して貰えないと可哀相だからな」
「そうだな。ミーシーちゃんには自然にこう『友達になってください』という感じもするよな。許可を取れたら嬉しい気分になりそうなのだ。健介はあれだな。おにぎり買ったらおまけでついてきて、部屋に帰った後で、これもう二個目だ……、というあれだな」
「俺とお前はもう気づいたら友達だったからな。二重契約みたいな感じにはなるかも分からんな」
俺が先頭に立って歩くと後ろで全員が整列してついてきた。まあミーシーの部屋を訪ねる上では心強い勢力なのかも知れない。これだけの大勢を引き連れていたらちょっと断りづらい雰囲気にはなるだろう。
そういう空気に屈する子というわけでもないだろうが。
「おーい、ミーシー。陽太が遊びにきてくれたぞ」
コンコンとノックがてらドア越しに声を掛けるとトンと一つだけ足音が床に伝わり、少ししてからドアが開いた。
「ええ。あら、大勢引き連れて……。そんな断りづらい雰囲気にしなくてもいいでしょう。普通に呼んでくれたら喜んで行くわ」
「ミーシーちゃん、ぷっ、くく、俺と友達になって欲しいのだ。友達になる儀式しようぜ」
「……そうね。じゃあ儀式しましょう。陽太は年がら年中楽しそうで羨ましいわ。でも、ハジメの奇行にいちいち笑ってるとあっと言う間に一生分笑い尽くして感情を失くすことになるのよ。少し控えなさい」
「んー、なに?またなんかあたしの悪口言ってる?なんて言った?ハジメって聞こえたんだけど」
「まあ別に悪口じゃないぞ。ほれ、回れ右して階段下りてくれ。行列作るの好きだなお前ら」
「ナナはミーシーお姉ちゃんが断ったら説得する役をするつもりで来てた」
「あ、私も」
「あのなあ……。ミーシー割と付き合ってくれてるだろう。今日もジェイソンごっこしてくれたろう」
「あ、あたしもあたしも」
「分かったからもう戻れとりあえず。ミーシー怒ってないか?みんなお前と遊びたいわけだが、ちょっと不器用なんだ」
「あなたのフォローも大概不器用でしょうが」
「あれ、……ミーコは出掛けてたか?悪い、ちょっと先に行っててくれ。すぐ行く」
隅に移動してミーシーを陽太の後ろにつけ、俺は一度自室のドアを開けてみた。視線を低くするとベッドの下でミーコが眠っているのが見えた。
「ミーコ?」
寝てると、気配が感じられなくなるんだろうか。
「寝てるか。じゃあ、おやすみな」
そのままドアを閉めようとして、ふと思い止まって俺はまた自室へと入った。軽くミーコの頭をさするとぴくりと毛がはねて耳を澄ませば本当に微かな寝息が聞こえてくる。
……まあ、わざわざ起こすこともないか。布団を掛けてやるとかそういうこともできそうにない。俺はまた自室を出て、一階へと下った。
居間では陽太が旅行用鞄から人生ゲームらしきもの、将棋盤、オセロ等々取り出して床へ並べていた。
「ああそういえば健介。峰岸、電話繋がらなかったのだ。もしかすると家族旅行か何かかもな。残念だな」
「ああそうか。そうだな」
「どうでもいい時は逆に今までキモイくらい即出てたのだが、……今回はもう留守電すら繋がる気配なさそうだったのだ。いざ用がある時に限って電話が繋がらないとは、まったく困ったもんだな峰岸も」
「まあそれは、繋がる時にはありがたみに気づけないというやつだ」
「そういえば健介も繋がらなくなった時あったもんな。峰岸も電話壊れて魔法使いに会いたいとか言い出すかも知れんな。まあそうしてしばらくするとありがたみも少しずつ薄れてくるものなのだが」
「…………。俺はお前がいなくなったらさぞや寂しがるだろうにな。で、陽太、何を持ってきてくれたんだ?」
俺がドキドキするのもおかしな話ではあるが、陽太も下手に喋らせるとぽろぽろ禁句が零れ出す。
変に堀り下がらないように注意して舵取りしないとあれやこれやと突っ込まれて『魔法使いが俺の家に住み着いてその直前の俺の記憶がない』という割と深刻な事態が露見しかねない。
ハジメは、俺が気づいてないふりをする予定であることを、ちゃんと分かっててくれるんだろうか。ミーシーは気づいてないふりを見抜いてたりしないだろうか。アンミは慌ててボロを出したりしないだろうか。ナナが無邪気に核心を突いたり悪気なく真実を語ることにならないだろうか。
どれもこれも危ぶまれる。
「まあ順当に多人数でやるとなるとトランプか人生ゲームかだろうな。なんだったらゴールした人から好きなボードゲームやってて良いと思うのだがそういう感じで良いか?」
「まあ全員でとなるとそうなるよな。それかチーム戦かだが、こういうゲームでのチーム戦が争いの種を生むことを俺はよく分かってる。暇そうな人間が出たらその都度考えよう。それか俺は審判とか解説とか、観戦者でも良い」
「わあ、ナナこれとかは全部知らないのばっかり。健介お兄ちゃんは全部知ってる?」
「一応な。一般的なルールは知ってる。ただこういうゲームは割と、やってる中でな……?調整をした方が良いことが多かったりもする。このルール邪魔くさいなとか面倒くさいなとか、あるいは不公平だなと思ったらみんなに同意を求めてそれを変えていくという工夫をしたりするんだ。そういう時は多数決でな」
「考えてみるとノーハンデ戦とか久々過ぎて緊張するな。ハンデなしだと負けた時の実力差が丸分かりなのだが」
「とりあえず人生ゲームはその時の運以外が絡むことはない。これに関しては以前もノーハンデ戦だったろう。ただケンカになるから他の家の子の名前を勝手に付けるのも、他の家の子を隠すのも、禁止という、追加ルールは残そう」
「それだとリアリティなくならないか?」
「現実でも他人の家の子の名前を付けさせろと喚く奴はそんなにいないと思うんだ。挙げ句その子を誘拐して隠しておいてゴール無効だと言い張る奴もいない」
「そんなこともあったな。まあ、協議してナシになったならともかく、ナシになる前にそうなったというだけだろ?ナシになってからはちゃんとナシのルールでやってたわけだし、別に最初からナシにする必要もないと思うのだ」
「俺は気をつけられるけどな。分かるかお前……、当時の俺の気持ちが。折角一番乗りでゴールしたのに一人子供が消えてて、しかもプレイ中にそれに気づかなかったことをやたら批判されたろう。俺は単に嫌な気持ちになったぞ」
「ヨシオだったか?いなくなったのは。あれはでもな?確かあれだったろ?同じマスに止まった時に乗せ替えて連れていっただけなのだが。その時は別に悪気なかったのに健介が気づかず一人でゴールしてしまったという、まあ人生でもそういうことあるしな?」
「ヨシオじゃなかったと思うけどな……。このちっちゃい棒人間で寸劇を延々やってたろう。ゲームは楽しくやるものであって、変な罪悪感を引きずるようないらん演出はするべきじゃない」
「ヨシオにもヨシオの人生があるからな?ヨシオはルーレット回せないから永遠に迷宮に取り残されてしまっていたのだが、唯一救いがあるとすれば、最後まで健介お父さんが迎えに来てくれることを信じていたことくらいだな。健介は一着だと頑なにそれを拒否したのだが……」
「…………。それはだな。若かったんだ、俺はその。今の俺は逆走して迎えに行く。だが元はといえばお前が誘拐するのが悪いわけだろう。まあいい。その話は追々、一般的なな?ルールでやってる最中に余計なことしないか注意してれば良い。ナナ、ここがスタートでみんなはまずここから出発する。ルーレットを指で弾いて回して出た数字だけマスを進める。ゴールに一番に辿り着いたら賞金が貰える。まあ後は字が読めれば大体分かるかな。止まったマスに書いてあるようなイベントが起こる。お金を一番持ってる奴が優勝だ。良いか?」
「うわあ……。ああなるほどねえ。あんた、あれ。子供さあ、なんとなくルール分かったわ。子供置いてゴールしたの?薄情じゃないそれ?」
「いや、誘拐されて……。分かってる。すまん、それはその時の俺が間違ってた。戻るべきだったな。ゴールしてても。ただ、そんなルールはなかったんだ。一般的には。こいつがまたその悲劇の原因を作らないようにと思って、それを注意したかっただけで、気づかないからやめてくれとか戻るのが嫌だと言ってるわけじゃない」
「まあ注意しとくに越したことないわ。ちっちゃい棒消えてても気づきづらいのは仕方ないでしょう。むしろその同じマスに止まったら誘拐して良いルールは残しましょう。健介も悔いが残ってるなら今度こそしっかり子供たちを守ったら良いでしょう。ということで進む方向はどっちでも良いことにしましょう。一回誘拐されたらまた誘拐したプレイヤーと同じマスに止まるまで取り返せないことにしましょう。子供を取り返すために行ったり来たりしてる間に他のプレイヤーに一着を譲ってしまうというなんというか葛藤の中で見捨てるかどうするかプレイヤーの判断に任せましょう。でも、見捨てるプレイヤーはいくら金持ちになっても尊敬はされないわ」
「俺は尊厳を取りたいが、もうそうなるとなんか順位あんまり関係なくなっちゃうだろう……」
「一番にゴールするとか、お金をいくら持ってるとか、それだけが人生じゃないでしょう?何が勝ちで何が負けかなんてみんなそれぞれ違うでしょう。人と比べてどうかなんて気にすることないのよ」
「……そうだな」
「深いゲームだったのだな、人生ゲームというのは」
「元々はそんなことないと思うんだけどな」
俺がいらん話をしてしまったせいか……。なんてことだ。誘拐ゲームになりかねない。
そもそも話題としてこれはあんまり良くない。ミーシーがそれとなくフォローしてくれたような気がする。ハジメは一応半笑いではあったが、昔の俺の非人道的振る舞いに本気で引いた可能性だってある。
子供を置いてゴールして金だけ貰って迎えにも行かないというのは、いくらゲームの中とはいえ心証は悪い。
「じゃあ、この中間辺りのここを、子供の換金場所にしましょう。ここのマスに止まったら子供を降ろして一人につき一億円貰えることにしましょう」




