十話⑫
「じゃあ他の言い方考えるか、そっと私の前から消えてちょうだい」
どっか行けと、直接的には言わないながら、ミーシーは俺を遠ざけようと話題を選んでいるようにも思われる。やんわりと、ただしじわじわと少しずつ。
そういう雰囲気を察して居間へ戻っても良かったし、粘ってなんとか話を続けても良い、どちらでも構わないような曖昧な寛容が場に満ちていた。
寝そべった猫の手元に毬を転がして、猫はそれを主人のいる方向とは真逆に蹴飛ばす、そういうなんとか形だけは成り立つ遊びだ。諦めても良くて、続けても良くて、お互いの譲歩によって形ばかりはずっと続く。
楽しいのか楽しくないのかもよく分からないし、放っておいて欲しいのか構って欲しいのかも分からないし、他に何を求めるかはとんと分からない。
「援軍を……、呼ぼうかな。例えばアンミやナナがこの場にいたら品のない話を自粛するだろう。教育上良くないからな。どうだ、この布陣ならお前と和気藹々に料理の相談会ができる。その間にハジメにはうんこの別の言い方を考えておいて貰おう。あんまり良いアイデアは出ないかも知れないが、もし万一良いアイデアが出れば一石二鳥だ」
「…………。ハジメになんてことさせるつもりでいるのよ。私たちが料理のアイデアを出してる間にハジメ一人だけうんこの呼び方考えてるのは哀れ過ぎるでしょう」
「いやでも……、お前と言い合いになると意見がまとまらないだろうし。と、思ったが言われてみると確かに可哀相な。みんなが料理を、……その間にうんこのこと考えてろと言われたら孤独だな。俺は別にハジメのことを軽んじてるわけじゃなくて……、なんか悪気はないんだが、適任を探したらそうなっただけなんだ」
「悪意のないスタート地点でうんこのこと考えさせようとするあなたの方が私よりよっぽど非道でしょう。どうしたのよ健介。無理して話を続けようとしてるように見えるわ。ナナのお医者さんごっこも終わったわ。居間に戻るなら戻ったらどう?話題がある時に、私がたまたまその場にいて、なんとなく自然に声を掛けてくれる方が嬉しいわ。そういう時が仮に少なくても」
「俺はお前が構ってくれると嬉しいな。大したことないことでもお前を探して話してみたり、何もない時はお前と一緒に何かして話題を作りたいな」
「猫とかハジメがいるでしょう。なんなら独り言喋って自分で自分に相槌打ってたら退屈しのぎにはなるでしょう」
「ミーコやハジメと話しててもお前との親密度は上がらないだろう。一人で相槌打ってたらお前との親密度が変わらないばかりか周りからの評価も下がる」
「どうしたいのよ?私ともう親密でしょう。おんぶして貰ったり抱っこしてあげたりしたでしょう。それ以上というともうジャンルが変わるわ」
「ただ、話してたいだけなんだけどな」
「話すことがない時には、何も話さなくても十分よ、と言ってるだけだわ健介。黙って相手の顔見て、お互いに何考えてるんだろうなあとほのぼの考えてたら良い時間が過ごせるわ」
「お前はとにかく俺を、黙らせたいんだろうなあ。……楽をしたいんだろうなあ」
「そんなことないわ、あなたともっと一杯おしゃべりしたいけど、ツンデレなのよと言って欲しいんでしょう、健介は」
「…………。意外とお互いの考えてることは分かってるのかもな」
「そうね、ポジティブに生きてなさい」
「あんたらはなーに喋ってんの?」
わざわざ呼ばなくてもハジメの巡回範囲内だったか、ここは。ナナとアンミのホールド力が少しでも弱まると自由運動を始めて特に迂回することもなく屈託もなく、次の標的へと向かうようだ。
俺とミーシーが楽しそうに喋っているわけじゃないことくらいちょっと遠目にも分かりそうなものだが、盛り上がってるかどうかなど気にすらしていないんだろう。俺がミーシーと目指すべきところはまさにこういった感じだった。
「…………」
「あっれー?あたし透明人間にでもなったのかな?見えてないならイタズラしちゃおうかなあ?」
「仮に透明人間になってたとしても声は消えないでしょう。言いたいことは分かるけど言葉の端々が馬鹿っぽいのよ、ハジメは」
「…………。聞こえてんじゃん。あんたが……、ほら声出すようにツッコミどころ作ってあげただけよ。無視できないように」
「あなたがそんな強がりしか言えないように指摘してあげたんでしょう。これからは少しは考えてから喋るように」
「はあん。いやいやちょっと待って。ところであんたらは何喋ってんの?別にあんたが答えないならこっちに聞くから全然いいんだけどさ」
「俺にか?うぅん……、どういう話をな、しようかなあっていう、そういう話だったな。ミーシーと普段どんな話してるんだ?お前は」
ハジメは少しだけ考えるような素振りをして「いっつもこんなんだわ、たまにこうやって無視すんだけど、冷静に考えるとひどくない?」と俺に評価を求めた。
まあやり取りがかみ合っていてハジメが別に黙り込むわけでもないのなら特に感想もなくスルーしてしまう部分だが、確かにミーシー側からの当たりは強いようには感じる。アンミやナナと比較してという意味だが。
初対面で同じようにされたら面食らったり落ち込んだりする人はいるとは思う。とりあえずは質問を重ねてその辺りはなんとなく誤魔化しておくことにしようか。俺にも柔らかく受け取る下地ができつつあるんだろう。今なら無視されても多少は粘れる。
「特に、共通の話題とかはないのか?一緒に見るテレビとか」
「一緒にテレビなんて見てたら全部台無しになんじゃん」
「私と一緒にはテレビも見たくないそうよ、ハジメは」
「あんたがミステリーで事件の度にトリックと犯人ネタバレしたりクイズの度に答え言っちゃわなければ一緒に見るけど」
「あらぬ疑いだわ。予知したとは限らないでしょう。ハジメが一生懸命考えてるのを邪魔したくて予知したとは限らないわ。単に順当に推理した可能性もあるでしょうが。逆にハジメがひどいでしょう、いつもこんな感じなのよ。だから一緒にテレビを見ると私は一言も喋れたりしないわ」
「わざとやってたなら確かに台無しだな……。もしあらぬ疑いならまあ、悪気がなかったなら一応しょうがないというか」
「いや、わざとかどうか関係なく言っちゃダメかどうかでしょ」
「でもハジメが『どういうことなの』とかって聞くでしょう。クイズ番組だと問題言い終わった瞬間に降参するでしょう」
「そうだけどさあ」
「そうなのか……。じゃあバランスよくどっちもどっちだろう。俺でも、どうだ、それは……。言っちゃうかも知れんな」
「ナナとは安心してテレビ見てられんのよ。ナナはよく誘ってくれるし。あんたも合格かどうか今度試したげるわ」
「二人きりでか?テレビをか?いざそうなるとちょっと気まずいかも知れんな。誘ってくれるのはすごく嬉しいんだが。その時はナナにも一緒にいて貰って良いか?」
「なんでよ。あたしのこと避けてんの?」
「避けてはないだろう。ナナを一緒につけてくれと注文してるだけだ」
腰を浮かして居間の方を確認すると、ナナとアンミは料理ごっこかな、それを二人で楽しんでいた。
ハジメはあんな平和なところからこちらへ移動してきたのか。平和過ぎて逆につまらんかったりするのかな。俺なんかは迂闊に気を抜けばふらふらあちらに誘われてほのぼの眺めていたくなってしまうものだが。
「ハジメお姉ちゃんはちゃんと火を消してから出掛けないとねー。ハジメお姉ちゃんは忙しいから仕方ないなあもう」
なんとも中途半端なところで出掛けてきていたらしい。ナナが律儀にそれを後始末してあげていた。
「パクパク。ナナこういうのをやってるとお腹が空いてくる。本物が楽しみ。本物の時も見てて良い?」
「うん、みんなして料理してくれるから私もお昼頑張って作るね」
俺以外に居間での会話に聞き耳を立てている人間はいなさそうだが、アンミの返しには少しばかりハラハラさせられた。俺が代理を引き受けた朝食と、ままごとのナナと、あと、一応ままごとのハジメの料理を、『みんなが料理してくれた』と言ってるんだろうが、これをミーシーが聞いてどう思うものか。
嫌味でないことは十分分かっているつもりだが、料理の手伝いを遠回しに断ったミーシーからすると当て擦りに聞こえなくはないかも知れない。
ミーシーがままごとに付き合って料理を振る舞っていれば良い方向にも転がりそうなものだったが、この状況では気の利いた言葉も思い浮かばないから聞かなかったことにして黙っている他なさそうだ。
ハジメとミーシーの注意はどうやら料理本に向いているようで、特に空気が変わったりもしていない。
「これとこれ合体させたら美味しそうじゃない」
「はいはい。合体ロボが最初から合体して戦ってればハジメもそんなこと言わなかったでしょうに。料理は既に合体して完成がこうでしょう。合体ロボが何体も合体して顔がいくつもあったらキモイでしょう」
「確かに……、キモイわ」
「無理に何体も合体させて膝頭とか尻尾の先とかに顔がついていてそこからミサイルとかビーム発射したら引くでしょう」
「引くわ、それは。尻尾の先はともかく、膝頭とかにあったら引くわ」
「中心からちょっとズレた脇腹のあたりに顔がついてたら何がなんやら分からないでしょう」
「……腕とか振り回した時に当たるじゃん、それ。腕と脇腹の顔の人で仲間割れとかしそう……。二体なら二体で戦えば良いじゃん。三体ならまあ三体で」
「三品なら三品で食べたら良いでしょう。無理に合体させる必要ないでしょう」
「ああ、すごい納得したわ。あんたちゃんと考えてんじゃん」
「一応合体ロボについてだけフォローしておくといろんな形態があったりするからパーツごとに分かれてるのもあるんだ。最初から合体した一体だと未知の敵が出てきた時に対応できない。それと合体した場合は一人の力では操縦できないくらい多機能で協力が不可欠になる。だから合体ロボが仮に最初から合体してて一体だとしても操縦者は何人か必要になる。だったら最初から分割して何人かが個別出動できるようにしておいた方が各地で同時に事件が起きた時に対応できる。最初から合体してないのはそういうことだ。単体の方が燃費が良いしな」
「んふっ、何?ロボ馬鹿にされたからムキになってんの?合体する必要絶対あるとか思ってんの?」
「お前なあ……、合体ロボは合体シーンが格好良くて少年に夢を与えるからそういうニーズがあるし、合体を成り立たせるためには大人になって色々目を瞑るべきところもあるんだ」
「私は料理の一品を合体したロボだとしましょうと言っただけで、合体ロボを馬鹿にしてたりはしないわ」
「えっ、何、あんただけ良い子ぶって。変な合体させた合体ロボ言い出したのあんたでしょ」
ロボを馬鹿にしてたりしないのは良い子ぶってるんだろうか。良い子とか悪い子とかで区分けされたりはしないように思うんだが、ハジメ個人的には、『ロボを馬鹿にして悪ぶると格好良くて、ロボに寛容であら探しをしない奴は相対的に良い子ぶっている』と感じるのかも知れない。
「それは料理を複数混ぜたがるハジメを黙らせるためでしょう。合体自体は否定してないわ。合体して一つになるみたいなのは、まあ、アレでしょう?ピンクに対するセクハラみたいな部分もあるでしょう?」
「そんな意図は子供番組には全くない」
「操縦が下手で違う穴にはまることもあるけど、それはそれでなんとかなるわけでしょう?」
「ちゃんと操縦してるから何の問題もない。失敗なんかしない」
「……失敗しないなんて人間らしくないわ」
「ま、失敗したら失敗したでテレビ的には盛り上がるんじゃないの。なんかもうどっちでもいいわ。あんたは合体させたくない派なのねとりあえず。あたしだって別に無理して合体させたい派なわけじゃないのよ。で、ええと、あんたは合体が好きなんだっけ?」
「ロボの話と混同しないでくれ。料理がどちらが良いとは言ってない。気が済むまで話し合いしててくれ。多少時間掛かっても俺は気にしないから」
「いいのよ。勝手に答えの出ない永遠の論争二人でしてなさい。メニューはもうとうの昔に決まってるのよ」
「えっ、なんで?い、異議あり」
「語感だけで言葉選ぶのやめなさい。有意義な異議を除いて却下、判決カンカン、ハジメは禁固百年に処す閉廷」
『判決カンカン』でトントンと机を叩いて『閉廷』でパタンと本を閉じてしまった。ハジメは唇を尖らせて不満そうだが、どうやらミーシーは最初から俺やハジメに昼食案を求めていたりなどしなかったようだ。
「なあん……。異議ありぃ……。で、なんにすんの?なんにすんのかまず言って?美味しそうならあたしも反対しないから」
「付箋つけておいたからゆっくり見てなさい。逆にハジメが美味しそうじゃないと思うものって一体なんなのよ。それはもう食べ物じゃないでしょう。そういうものは口に入れちゃダメよハジメ」
「あるでしょ、見た目は悪いけど食べ物、ってのは。大抵は食べてみるけど、で、不味かったこととか別にないけど。巻き貝とかアレ、中身結構グロいのよ。最初は十分くらい匂い嗅いで恐る恐る口に入れたわ。あんたは海のないとこ住んでるから知らないでしょうけど」




