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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十話⑦

「まあ、まあ……、別に面倒なもの作らない程度の料理でな?アンミが作るものと比較されるような水準じゃない。そこは俺も分かってやってるし、あと、出来たての方が良いというのは困ってる俺にとってはありがたいアドバイスだった」


「はあん?まあそれは置いといて、今から作んの?良いじゃん、頑張ってよ。あたしそういうのって文句言わない性質だから」


「あの……、一応言っておくと、俺は応じられるはずのないプレッシャーに弱いし、気を使われるのも正直苦手だから、不味かったら不味いで別に構わんというか、……なんだったら文句言ってくれた方が気は楽だな。とりあえず美味しいとは、言わないでくれ。そういういたたまれなさというのはあるだろう?」


「?ん、でもあんたプロじゃん。店のぉ、人じゃん」


「……違うんだ、実は。その、それはまあ、そこは気にしないでくれ。俺が料理屋でアルバイトしてたからといって、それで料理が上手かったりはしないんだ。……そこ突かれると痛いな。そこでちょっとは上達しておけという話だよな、確かに俺もそう思う」


「ああそうなの?つっても、あたしよか下手ってことないでしょ?多分だけど」


「お前の料理の出来を知らんが、多分……、まあそれよりは大丈夫な気はする。ごめんな、ちょっと今安心した」


「はあん?なにがごめんなのよ。ま、いいっていいって。みんな料理なんて大抵できないもんなのよ。だからレストランとか一杯建ってんだし。ここら辺とかはあんまないのかも知んないけど。でさあ、何作ってくれんの?」


 料理のできない人間の数に比例してレストランが増えるらしい。なるほど一理あるな。


 できないながらも懸命に自炊する人間をカウントせず単純化すればそうなのかも知れん。惣菜だのパンだの弁当だのもそういう料理ができない人間のニーズによって支えられているのは確かだ。


 極端な話、日本国民全員が料理できるなら、……確かにレストランは繁盛しない。繁盛しないなら数が増えるはずがない。


「…………。お前の言う通りだ。あんなにたくさんレストランがあるんだから、できない人間が多いというのも、確かにそうなんだろう。そうか、なんだ、みんなできないのか。良かった」


「別に世の中、スーパーも多いでしょう」


「まあ、……そうだ。……そうだな。だが、一応な、肉は焼けば美味しいようにできている。人間はそう感じるようにできている。贅沢を言わないでくれ」


「あたしは贅沢言ってないでしょ。肉?すぐできる?」


「すぐできる。おまけに目玉焼きも作ってやろう。コツを掴んだ。朝一番から割と高タンパクな食事ができるぞ。仮にアンミが同じ材料で料理したとするだろう。すごく美味しい料理になる。けどな、俺の料理だって、栄養価だけは、アンミの料理に匹敵する。どうだ?ちょっとはありがたい感じがするか?」


「ふっふ……、まあ、そりゃまあね。てか、ミーシーが食べきってる時点でそんな不味くはなんないはずなのよ」


 少し前と同じ内容の動きを今度は少しばかりてきぱきとこなしていく。必要な材料も必要な工程も分かりきっていて、それでも余計なことはせず淡々と、特に戸惑うこともなくハジメの分の料理を用意する。


 そうしてロボットのように作業をこなしてみると、俺はふと、ミーシーの予知の一端を知ったような気になった。事前のリハーサルのまま、演目のまま、台本の通り、俺は知っていることを繰り返す。


 もちろんそれは擬似的な、あくまで俺のイメージに過ぎない話であって、ミーシーの予知とは違うだろうが……。だが、俺がもしあらかじめ、ハジメの料理に対する反応をするか知っていたら、これは、とてもつまらない作業になっていなかったろうか。


 ハジメの感想は『やればできるじゃん。普通に美味しい』だった。


 ハジメが食べ終わって少しすると、今度はアンミとナナが一緒に起きてきて、二人とも俺たち三人を見回してからくいと時計を見た。


 ハジメとミーシーから簡単な状況説明がなされた後、幸いなことにアンミは寝坊を疚しく思ったりなんてこともなさそうに大げさに喜んで、俺の料理代理続投を要求した。


 そして何度も『ありがとう』と言った。


 俺はまたしても大したものじゃないぞとお決まりの注意事項を伝えて、そしてから料理を開始したわけだが……、アンミはただただ、大げさに、俺が料理することを、喜んでいた。


 俺が料理をしている間も、そわそわきょろきょろと落ち着きのない様子で周りを歩いて、ミーシーとハジメに『俺の料理』の感想を聞きたがっていた。それぞれの雑な回答を得た後、「良かったあ」とホッと胸をなで下ろす。


 まあ心配は心配だったんだろうな。出来上がった皿を並べた後、アンミはナナが一口含んですぐに感想を聞いた。


「うん。ナナはねー、これも好き。ナナはちょっとこれも気に入った。アンミお姉ちゃんが料理上手だけど、アンミお姉ちゃんをね、休ませてあげたいのがね、優しいなあって思ってる」


 アンミもその意図を分かっていてなのかそこそこに上機嫌のようではあった。アンミ本人は料理の感想を一言も呟いたりしなかったが、パクパクと料理を口に運びつつ五秒に一度くらいはナナの様子を窺っている。


 そして……、果たしてナナが『美味しそうに食べている』のか俺にとっては疑問だが、『気に入って貰えて良かった』と、まるで自分のことのように喜んでいた。


 俺もナナの言葉を真に受けて素直に喜ぶべきなんだろうか。ともかく、アンミは俺の代わりに料理の感想を聞いて、俺の代わりにその感想を喜んでくれていた。


「本当に良かった。良かったね、健介。みんな美味しかったって」


「その邪気のない言葉に、俺は一体どう反応すれば良いんだろうな。アンミが作った方が美味しいだろうに出しゃばりやがって、みたいなことを言われるだろうと思ってたのに。美味しかった、というのはな、きっと俺が作ったにしては、と、そういうことだ」


「うん。でも、美味しかったって?」


「まあなら、良かったな。いやあ、良かった。作った甲斐があるというものだ」


「うん。良かったね」


「良かったなあ。もしかして、……その、俺は、アンミに料理を任せるのが一番だと思ってて、そして誰もがそう思ってるはずだが、アンミは、毎日料理作るのが大変だったりするか?」


「えっ、いやあでも、アンミ……、作った方が良いんじゃないかな、あたしはそう思うけど」


「一応、今はアンミに聞いてるんだ、ハジメ。お前の本心はとりあえず秘めとけ。そんなことは聞かなくても分かってるんだから」


「大変?ううん。忙しいとか?私は全然暇だと思う。なんで?」


「ああいや、なんか思ってた以上に喜んでくれてるみたいだったからな。料理をやりたくないアピールなのかも知れんと心配になっただけだ。誰かがやってくれれば良いと思ってるのかもと思って、ちょっとそこが気になっただけで……」


「…………?うん。健介は、例えば。ええっと、料理が大変?」


「?俺は大したもの作れないから作らない。だからそんな大変ってこともないとは思うが」


「やめてちょうだい。……アンミが、料理をしなさい。健介は気を使い過ぎでしょう。アンミは料理するのが好きでしょう?」


「うん。今気づいた。私、料理するの好き」


「みんな、アンミの作る料理が好きでしょう。別に眠かったら眠ってても良いわ。そういう時は優しい健介がなんとかしてくれるわ。でも料理を作る役じゃないのよ。誰かが困っている時に助けてあげる役なわけでしょう」


「……だ、そう、だ。変なこと聞いてすまんかったな。アンミが料理を好きで、俺たちはアンミの作る料理が好きで、それで何一つ過不足ない。余計なことを言ったようだ。ミーシーがちょっと怒ってる」


「怒ってるー。ちょっと言い方考えなさいよ。アンミのこと心配してあげてんでしょ。そんななんか焦って止めたら料理不味かったみたいになんじゃん。一生懸命作ってくれてんだし、十分及第点だったじゃん」


「はいはい。言い方考えても言うこと変わらないわ。別に健介が料理できるかどうかは関係ないし、アンミを心配してるのも分かってるけど、言っておいた方が良いことはちゃんと言うわ、私は。一応、言い方考えて言い直しましょう。アンミから料理は取らないであげてちょうだい。私もアンミのことを心配してるのよ、アンミは、料理が好きでしょう?」


「うん好き」


 ……まさしくミーコの予見した通り、これは俺の連続失言を含めてにはなるだろうが、結果的にミーシーが気に入らない状況を作り出してしまったようだった。


 ミーシーは、『アンミが料理をするべき』だと思っている。当然、実利から考えてもそうであるべきだろう。それと同時に、料理がアンミの楽しみの一部だという主張も含んでいる。


 確かにそうなると、俺は俺でアンミに気を使い過ぎなんだろうし、正直なところこの話題に限らず、アンミは周りの意見に流されやすい部分もあるようには思う。


 まあ、例えば、……『大変そうですね、疲れませんか』と、気を回した時などに、『そういえば疲れるかも』と、聞いてしまった場合、アンミが輝ける場所を奪うような流れに、なる危険性も、ないことはない。


 ミーシーが事前に止めてくれたのはむしろありがたかった。


「アンミみんなに大切にされてんのねー。良いなあー、あたしも一回で良いからミーシーから大好きって思われてみたいんだけど。ほら、あたしのこと大好きって言ってみ?嘘でも良いから」


「…………。まあ別に。普通にハジメのことは好きよ。ただ、結婚したいとかそういうのではないわ」


「……あたしも別にあんたとは結婚したくないんだけど。なんでテンション下がってんのよ。ちょっとはホントに好きそうにしたら。というか、愛想良くしてればね、……かわいいと思うんだけどなぁ。違うのかな」


「ハジメ、そもそも私は悪い態度を取っても許してくれる人にしか態度悪くないわ。態度が悪いくらいでどうのこうの言う人とは付き合いたいとは思わないわ。甘えん坊でわがままなのよ、知ってたでしょう?」


「甘えん坊とはなんか違うんだけど、あんたは」


 ナナがもう少しで食べ終わるというところで、アンミは空いた皿を重ねて立ち上がった。俺の横を通り過ぎる時に「健介、ごちそうさま」と言って、そのまま食器を流しに運びジャブジャブと洗い始める。


「あっ、ええっと、一応、俺もやるつもりではあったんだが」


「あ、そっか。うん。じゃあ健介やる?」


「ナナもごちそうさま、健介お兄ちゃん。お茶碗、ナナが、ナナがそしたら、どっちにお願いしたら良い?」


「いやもう、譲り合いしてなくて良いでしょう。アンミにお願いしてアンミに感謝してなさい。健介もナナも。終わり良ければ全て良しという言葉があるでしょう。だったらアンミにやって貰った方が良いに決まってるわ」


「そう、か?まあ、アンミに任せられるなら確かに何の不安もないが。頼んで良いか、アンミ?」


「うん良いよ。じゃあ、ナナ。お茶碗頂戴?」


「アンミお姉ちゃんお願いします」


 アンミが料理をやりたいというのは、もちろんそれを食べる誰かのためであって、誰か、というのは順当に、まず第一に、きっとミーシーなんだろうと思う。


 小さい頃、おっさんが料理をしているのを見て、ミーシーがそれを食べるのを見て、……アンミはだから、料理をしたがった。当初、見ていた通りになどできなかっただろう。満足できるものになんてならなかっただろう。


 それをアンミは残念がったに違いないし、きっと恥ずかしくも思ったはずだ。ミーシーはアンミの初めての料理を『不味い』と言ったかも知れない。それこそ忌憚ない意見だったのかも知れない。


 とにかくその後、おっさんがアンミに料理を教えて、セラおじいちゃんはアンミの一生懸命な振る舞いを誉めた。ミーシーは多分、止めはしなかったんだろうな。反対、したんだろうか。


 こういっちゃなんだが、おそらくミーシーはその頃でさえ、別に自分で料理を作れただろう。不味いと言いながらも結局はアンミの上達を待った。


 アンミは『どうだ』と、今を誇って良い。ミーシーはアンミの料理が良いと駄々をこねて良い。お互い何年も、そうできるようになるのを待ってたわけなんだから。


「ああ、考えてみると……、俺もアンミの料理が大好きだな。幸せな味がするんだ。これはきっと、真心なんだろうな」


「別にあなたの料理に真心がないなんて言ってないでしょう。クソ料理とは言ったけど」


「クソ料理とは、まあ言ったけどな、お前は俺の料理を」


「私はアンミをさぼらせたくないのよ、意地悪な小姑みたいでしょう」


「アンミは、ミーシーのために何年も料理を作ってきたわけだろう。ぽっと出の俺はその真心には敵わない。ミーシーが何年も待ち続けた料理にはどう逆立ちしたって敵わない。大切な人が作った、大切な人に向けての何年越しの料理と比較したらそりゃあ俺の料理などクソ料理に分類されてしかるべきだ。俺の思いやりはどうやら汲んでくれてはいるんだろうが、まあ、それを差し引いてもやはりアンミが作るべきだろう。俺もそういうのが好きだから」


「…………うん。ミーシーのために作ってる。ミーシーも、喜んでくれてると思ってる」


「みんな、喜んでるわ。アンミ」


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