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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十話⑤

「ああ、まあ……。それに、もし、……予知の邪魔を、してたなら?確かに怪しいのかもな。いや、言い訳をするようで悪いが、お前に隠そうと思って隠してるつもりはなかった。予知が上手くいかないのが誰かのせいだとか考えたこともなかったし、お前らの知り合いが、なんかしら理由があって隠れてアンミを応援してるもんだと、ばっかり思ってた」


「それは分かってるのよ。私は怒ってもいないし、反省しなさいとも言わないでしょう?質問をしたかっただけよ」


「良かった……、のかな。俺のことを疑ったりするか?俺は夢の女が悪巧みをしてるとは到底思えない」


 夢の女は、明言こそしていないものの、ミーシーにすら素性を明かしたがらない。


 確かに不思議ではあった。怪しいといえば怪しいのかも知れない。ただそんなことよりも俺は今、ミーシーが市倉絵里のことを問い質そうとしないかを心配して頭がこんがらがってしまっていた。


 こと市倉絵里に関して、自分から告白することだけは絶対にあってはならない。自分から告白する未来が存在する時点でミーシーはそれを予知して知っている。


 つまり俺がその話題を持ち出すのは、決定的に、ミーシーが全てを知っているが故に、もはや隠す意味が見出せなくなってからだ。ここを譲ってはならない。


 そこを譲れば、俺が市倉絵里から受け取れるはずの方法がミーシーが知っているからという理由で、意味をなくしてしまう。


「いいえ。聞いてみただけよ。試してみただけよ。美人、美人ね。若くて。女で……。健介、一応言っておくわ。いやしないのよ、そんな人間は。少なくとも村にはいなかったし、私の知り合いにもいないわ。健介は三十四十超えてたら若いとは言わないでしょう。あなたの妄想の可能性さえあるのよ、アニメの見過ぎで。仮に予知とは無関係でも耳を貸すのは危ういでしょう。あなたもせいぜい余計なことに巻き込まれないように気をつけて生活しなさい」


「あ、ああ。……すまなかった。隠してて。ただ……、いや、なんでもない。すまんかった」


「いいのよ。まあ、私でも、いきなり透明な人間に話し掛けられたなんてこと、なかなか人には相談しづらいでしょう。料理しにきたんでしょう?さあ、どうぞ?私に見られていることを気にせずどうぞおやりなさい」


 弁明を掘り起こせばいつの間にか墓穴になる。下手な言い訳を探して話を引き延ばすべきじゃない。


 幸いなことに、ミーシーは、『市倉絵里』のことに触れたりしなかった。冴えた方法が失われる事態だけは回避できた、今、この瞬間だけは。とりあえず。


「……止めない、のか。なんか不満はあるか?料理、……俺が料理をすることに対して」


「止めてないでしょう?そんなにいちいち、人の顔色窺わないでちょうだい。人の厚意を踏みにじれるほど図太い神経していないのよ」


「そうか……。まあ、そのだな。お前にも喜んで欲しいところだが、そこまで贅沢は言えないスキルレベルだ。単にアンミがゆっくり休めるように、という、そういうピンチヒッター的な、穴埋め的な、そういう役だ。我慢してくれてありがとう」


「不満なんて言わないわ。わざわざ説明しなくても分かってるのよ。あなたがそうして優しいから、私が選んだと言ったでしょう?嫌なら止めるでしょう?それとも、もしかすると私が作ったかも知れないわ。そういうのもひっくるめて好きにしてて良いのよ。やってあげたいという、そういう心の持ち主なんでしょう。だったら私が我慢することなんてないわ。そういうのを、私は気に入っているのよ」


「そんなふうに持ち上げられると逆に不気味なんだが……。そんな大層なものじゃないぞ。打算的で自己中かも知れない。聞いてて気分の良くない自虐だろうが、一応聞いてくれ。感謝してるんだ。アンミにも、お前にも。俺の僅かな努力でちょっとでも役に立つなら、そんな簡単なことでこう居心地が良いなら、何かしらやりたくもなる。アンミを休ませてやるために、ほら、料理をしてやれば、多分ちやほやしてくれるだろう?そういうレベルの話だ。あと俺が誘って夜更かしさせてるわけだしな」


「そう。人の心の中までは知らないわ。結構なことでしょう。みんなが喜ぶことを自虐も何もないわ」


「あと、先に断っておくと、焼いただけの肉と、あと、潰れた目玉焼きかスクランブルエッグが出る。その辺りをな、まあ、承知しておいてくれ」


「……許すわ。それでも昔のアンミよりは、まだ上手いものよ」


 話しているほとんどの間、ミーシーは目を瞑って頬杖をついていて、時折だけ薄く瞼を開けた。覇気のない気だるさに包まれたため息に乗せたような声色だった。声色は、そうだった。


 ただ、そのやるせない様子はどちらかというのなら、いわば義務的な、……お母さんが自分の子供を叱る時のために用意する態度みたいで、感情による不機嫌さなどは感じられない。


「例えば俺とお前が幼なじみだったら、俺もお前のために料理が上達しただろうにな」


「今からでも遅くないでしょう。アンミと違って誉める役がいないけど、でも別に、美味しくできたかどうかなんて自分で食べたら分かるわ」


「お前のために作るんだったら、お前が美味しがってくれないと分からんだろう、上達具合も。リクエストはあるか?多少は、応じようとした努力の痕跡が残るかも知れんぞ」


「真心でも振っておいてちょうだい。あれ、健康にも良いのよ」


 本当に、ミーシーは怒ってないだろうか。気づいてないだろうか。僅かに引きずった緊張感のせいもあって、料理の支度は俺が当初想定していたより更にぎこちないものになった。


 肉を解凍する待ち時間に手持ち無沙汰であちこち歩き回ったし、アンミを真似て肉を切ろうにも上手く等分に分断できずうやむやにして誤魔化す。


 柄にもなく彩りを添えようと野菜を漁ってみたが、結局は諦めて扱い慣れたタマネギを切るだけになった。


 ミーシーは俺が料理の準備をしている間も無言のまま椅子に腰掛けていて、下手をすると瞬き以外、まったく動かなかった。


 人数分と思われる量作って余れば冷蔵庫にラップして入れておけば良い、と、頭では分かっている。が、多人数分の料理など作ったこともない。何人起床するかも定かじゃない。


 腹が減ってなくても食べられるほど美味い料理になる予定でもないし、俺は自分の空腹具合しか知らない。そんな状況に困って俺が物欲しそうにミーシーを見たんだろうか。ミーシーは一言、「とりあえず二人分だけで良いわ」と言った。


「俺とお前の分、で、ということだよな。起きてこないか他は」


「起きてくるけど、出来たての方が良いでしょう。そんな凝ったもの作らないでしょう?起きた都度作ってあげたら良いと思うのよ」


「ああ。そうだな。できそこないの上に、冷めて油が固まった肉料理を起き抜けで食べろと言われて、美味しくないけど、なんか張り切って頑張っちゃってた俺に対してあんまり強くは言いづらいという、そんな状況になるとこだったかも知れん」


 その簡単なアドバイスに安堵する。予知をするまでもない、割と考えてみれば当たり前のアドバイスで俺は安心することができた。


 ミーシーの案内は、基本、疑いようもなく正しい。チュートリアルステージの矢印表示のようなありがたい存在だった、俺にとってすらも。


 昔からおっさんに寝坊癖があったとしたら朝御飯のない日もあったんだろうか。最悪おっさんが作ってくれなかったとして、自分で作ることくらいはできたであろうミーシーは、一体どんな気持ちで、アンミの料理を待ったんだろう。


 ミーシーは小さい頃から、予知できないほどの遠い今をずっと信じ続けていたんだろうか。不器用な小さなアンミを、椅子に腰掛けて眺めながら。不完全な料理を頬張りながら。


 茶碗にご飯を、皿に肉と卵を。


 とりあえず当初の俺の想定ラインは保った料理が出来上がったようには見えた。俺もミーシーと一緒に食事を口に入れたが、料理の自己採点というのはなかなか難しいもので、少なくともミーシーが妥協できる水準なのかはちょっと分からなかった。


 別に、不味くはない。ただ、ミーシーは食事を終えるまで、一言も感想を言わなかった。


「ごちそうさま。ハジメとナナに感想聞くと良いわ。二人とも素直でしょう。良い意味で」


「俺は自分で作った料理に対して普通以上の感想はない。折角だしお前からも忌憚ない意見を聞かせてくれ。素直というか、遠慮や隠し立てのない感想を」


「…………。これといってダメ出しだしするほどひどくはない普通の味だったわ。ボールの的当てゲームだとするでしょう。下投げ記録一メートル達成時点で感想を求められても誉めるところも直すところもあったりしないのよ。あえて言うなら、素朴な味だったわ。私は普段、ジャンクフードなんて食べる機会ないわけでしょう?だから……、なかなか珍しい体験なのよ。弥生時代の人の食べ物食べる機会なんてそうそうないのよ」


「米がちゃんと炊けてなかったら弥生時代にすら到達しなかったかも分からんな。一応言っておくと、稲作を始めたばかりの弥生人達は俺の料理をありがたがって食べたに違いない。お前が元々恵まれた環境にいたことを感謝すべきだろう」


「そうね。稲作始めたばかりの弥生人の気持ちになってあなたの料理に感謝する遊びしてても良いわ」


 食事を終えてからも、俺が心配していたような不満の声はミーシーから出なかった。むしろ無理して誉めるべきところを探した結果が『珍しい体験』なのかも知れない。


 ごちそうさまと言ってからすぐには席を立たず、カップにもう一度茶を注いで息を吐いた。多分アンミ達が起きてくるのを待っているんだろうと思ったが、特に沈黙を続けるわけでもなく俺へ話し掛けてきた。


「ねえ、今、私はあなたが考えてる以上に機嫌が良いのよ。別に普段が悪いわけじゃないけど、とにかく今気分が良いのよ」


「?……そうか。まさか俺の、料理のお蔭か?その可能性が相当低いことは分かってるが……、なんで機嫌が良い?」


「クソ料理で機嫌良くなるわけないでしょう。理由はともかく機嫌が良いのよ。そういえば予知がどうとかを聞きたがったことが何度かあったでしょう?今なら聞いても良いわ。健介が言ってた夢の女が私の予知を妨害してるかどうかも、もしかするとちゃんと前もって予知のことを説明してたら何か気づくことがあったかも知れないでしょう?」


「…………ん。いや、その時々で俺なりに意図があって質問してた、だろう?別にお前の予知そのものが話題だったわけじゃないし」


「そうね。でもどんな意図があったかなんて私には関係ないでしょう。単に私が、予知のどうやらの質問に答えてあげられなかったのを悔やんでるのよ。代わりに今答えるというだけだから、どういう意図で聞かれたかも重要じゃないわ」


 …………。機嫌、は、確かに良くなった、のかも知れない。


 ミーシーの機嫌が良くて、まあ俺が今まで無神経に予知のことを聞いた時なんかにはぐらかしたり怒ったりしたから、今埋め合わせをしてあげる、と、言ってるんだろうか。


『予知に関する質問に答える』という申し出は、少なからず俺を動揺させた。今まで一度としてそんなことを話したがったりしなかったからだ。つい昨日だって予知の話題を振るなと不満を聞いたばかりだ。


 いや、話題がどうこうではなく、そんなことよりもたった一つ重大なことに、俺が、ミーシーとの対等な質問合戦を望んでいない。


 俺がなんてことのないこんな会話で落ち着きを失うのは、悟られてはならない切り札を現状活かしようもなく抱えているからに他ならない。


「予知の、……特性ならいくつか聞いた。だが、俺が使えるようになるわけじゃないし、俺が聞いて役に立つようなことはないな」


「特別に、私の予知の弱点を教えてあげましょう。それでどう?」


「…………。それを聞いて……、俺に一体どうしろっていうんだ?いやいや、聞かないぞ」


「健介、聞かない理由が、普通はないと思うのよ。私の予知が上手くいかなかった時があるわけでしょう?その原因かも知れない女とあなたは話したことがあるわけでしょう?どういう方法で私の予知が書き換えられたか、あなたは仮に興味がなくても、一緒に考えて対策を探そうとしてくれるわ、スパイだと、疑われたくない人間以外は、聞いたところで困らないでしょう」


「お前は、……俺をスパイだと疑っているのか?」


「いいえ?だから予知の弱点を話すわけでしょう?」


「……じゃあ聞こう。聞くだけ聞こう」


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