表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
208/289

十話③

「ん?ああ、どうかしたか?まだやるか、トランプ」


「トランプはいいけど」


 トランプ中とは打って変わってハジメは静かな声で俺を呼び止めた。


「あのさあ……」と、もう一度、仕切り直して少しの間沈黙する。


「……?」


「あのぉ、あたし、話変わるんだけど。あたし前、あんたに……、社会不適合者だったって、あたしがね?言ったじゃん」


「前、というか、まあ昨日、一昨日な。だが、そんなことは全然ない。その話、詳しくするか?トランプしてくれた代わりといったらなんだが、朝まででも付き合うぞ」


「ん……。じゃあ、そっち行って。いや、朝までとか掛かんない。すぐ終わる」


 ハジメは仏間の戸を指さして俺の背中を軽く手で押し、一緒に居間へと出た。アンミが寝ていることに気を使ってなのか、続けて薄暗い台所の方へと俺を誘導する。


 電気をどうしようか迷ったが、とりあえずこのまま、ハジメが話し始めるまで待つことにした。


「すぐ、終わらなくても良いぞ。まだほら、一時だし。俺は寝てばっかりだったから、いくらでも起きてられる」


「ねえ……、いや、すぐ終わんのよ。大したことじゃないってか。聞く意味あんのか分かんないんだけど……。あたしと……、まあアンミとミーシーの場合って、ちょっと違うわけじゃん。あたしはその、あんたに何かしてあげたとか、そういうのないわけだから」


 ハジメは首を横に向けたまま目線はきょろきょろと泳いでいる。少しばかり緊張しているようでもあった。多分、真剣な話を始めようとしている。


 もしかすると、おっさんが今現在取り組んでいる問題について、かも知れない。というより、少なからずそれに関わることにはなるだろうとは思った。


 ただ、おっさんの動きに気付いた様子もなかったハジメがいきなりこのタイミングで俺を呼び出すのも少しばかり不可解ではある。とりあえず深呼吸をしているようだから、その後の続きを聞いてから、なんとか俺なりに誠意ある対応をしよう。


 ……できるならだが。


「あたしはあんたに、何も恩とかそういうの売ってないし、けど前借りみたいなのできない?ねえ、出てってもいいみたいなこと言ったけど、ここ、やっぱ居心地が良くて。あのさ、……出てきたくない。帰れとか言われたくない」


 深呼吸をしていた意味などまるでなく、声が震えていた。『ハジメは、人から好かれる人物だ』、……言葉にして他人に説明できるだけの具体的な根拠がある。なのに、いやだからこそなのか、俺の目にはその亀裂が映らない。


「…………」


「ちょ、ちょっとだけで良いんだけど」


「俺は、お前に言ったと思う。……出て行けなんて言わない。一緒にいて欲しいんだと、そう言った」


「でもそれ、アンミの話でしょ?あたしは別だか……」


「じゃあ、もう一回ちゃんと言おう。出て行けと言わない。帰れとも言わない。お前の都合はこの場合関係ない。お前は帰りたくないからここにいるんじゃない。帰れと言われたくなくて俺に都合が良いように振る舞うんじゃない。……たまたま、偶然、ここで気の合う仲間がいて、それが楽しくてここにいる。違うか?違わないと言ってくれると良いが」


「あたしのこと、気が合うとか思ってんの、あんた……?」


「合わないか?」


「あたしといて楽しいとか思うわけ……?」


「俺だけか?思ってるのは」


「いや……、えっと、んぅ、あたしはそら……、ねえ。あんたが、あんたみたいなの初めて見た……。なんでそんなふうにできるわけ?」


「…………。そんな?どんな?」


「ううん。分かった。……りがと、あんた。すごい良いわ。ごめんなんか夜に、もう寝て?ねっ?いや、解決。あたしのことは解決したわ。じゃ、また明日。おやすみっ」


 ハジメは首を横にだけ振って俺からの質問には答えなかった。『そんなふう』というのはつまり、普通であることを指すんだろうか。市倉絵里はまるで、排他的であることが仕方がないかのように言った。


「ああ、……そうか。明日、まあ一応今日中には起きるけどな。ああ、あのな、ハジメ……」


「ん?何?」


「ずっとここにいて良い。なんか困ったら、俺に言えば良い。じゃあ、おやすみ」


「…………。ぅん、おやすみ。ええと、うん、じゃあ」


 ハジメは少し驚いたような表情を浮かべていた。俺の言葉がどう受け取られたのかは分からなかった。もっと掛けるべき言葉があったかも知れないし伝え損ねていることがあるかも知れない。


 だが、ハジメはこちらへ振り返ることなく、仏間へ戻り静かに戸を閉めた。俺はそれを確認して、居間の電気だけ消して、二階へと上がった。


 ミーコはどうやら既に眠っているようだ。俺は携帯電話を取り出して、画面を眺める。


 こんな時間に電話を掛けたらさすがに迷惑だろうが、ミナコに、電話をした方が良い気はしていた。それは別に、ちゃんと朝の時間でも良いのかも知れない。別に一度くらい、迷惑な電話をしても良いのかも知れない。


 一体何を怖がって、こうも迷うんだろう。いっそ陽太に掛けてみようか。一人暮らしの陽太なら、迷惑がられても謝れば済む。ミナコが俺に怒っていたかを、知っているかも知れない。


 もしも陽太に繋がらなかったら、朝になってからミナコに電話をしよう。


「…………」


「もしもし?どうしたのだ?天体観測か何かの誘いなのか?」


「……ああ、いや、すまんな。陽太。夜遅くに悪い。起こしたよな?」


「いや?起きてたのだが?」


「ん?そうなのか?なんで起きてるんだ?こんな時間に」


「人のこと言えないだろ、健介も。どうかしたのか?どうもしなくて健介が電話してくることは珍しいのだが?」


「ああ……、どうもしてないかも知れない。こんな時間に電話するようなことじゃないだろうと自分でも思ってるんだけどな。いや、出ないと思ってたんだ、お前が出るから……」


「まあ、夜遅くまで、やることがあるのだ俺はな。この件でいずれ健介は俺にひれ伏すことになるからな、楽しみにしておくと良いのだ」


「それも興味あるが……、俺も一応何で電話したかという理由はあってな。全然明日で構わない話だったんだが、その……、ミナコから、なんか聞いてないか?最近というか、直近のことで」


「ん?峰岸の話で、直近?聞いてるとかだと多分ないな。最後に喋ったの祝賀会より前だし……、予定とかそういうことならあるにはあるかも知れないのだが?」


「何の予定だ?」


「健介には秘密にしておいても良かったのだが……。まあ一応結論だけ言っておくと、……一応アンオフィシャルな話として聞いておいて欲しいのだが、店のアルバイトへ峰岸に加わって貰う算段がついているのだ。最近といえば最近かも知れないな。この前電話した時のことだから」


「この前……?あれ、あっ、そうなのか?ん?じゃあ祝賀会の時にはもう、お前が言わなかっただけで、ミナコが店に来る予定は決まってたのか?」


「うぅん……、難しいとこだな。詳しい話は置いとくとして、まあ俺の中では決まってたといっても過言ではないのだ。あんまり大口を叩いて峰岸にひっくり返されると健介に怒られるの俺になるからな。あくまでアンオフィシャルな話として聞いてて欲しいのだが」


「そう、そうなのか。いやあ、非公式、とはいえ、めでたいな。お前が話をつけてくれてたのか。やるな、陽太。ありがとう」


「いや、……いやいや、だから、まだ確定ということじゃないからな?まだ峰岸が駄々こねる可能性が十分あるから迂闊なことは言えないのだ」


「いや、それなら、辻褄が合うんだ。多分だがミナコはバイトを前向きに検討してくれてると思う。ちょっと話がな、かみ合わないと思ってたんだけどな、お前がそういう話をしてたなら納得できるかも知れない。そうか、じゃあ、解決かな。陽太、助かった。いや、良かった……」


「……?ん?そう、なのか?いや、なんかよく分からないのだが、まあ、峰岸と喋ったなら、そうだったのかもな。こっちは正直、五分五分くらいだと思ってたのだが。そうか。ちょっと意外だな。まあ結果オーライといえばそうなのだが……、こっちが戦略練ってる間に意見翻されると、ちょっとどうなのだそれは。まあ、こっちも予定通り進めることにはするのだが……、そうだな。健介も早めに寝たらどうだ?」


「ああ、悪かった、夜中に。じゃあ、またな」


「ほいほい。おやすみ」


 そういう、経緯だった。。知らん間に陽太がミナコとバイトの約束を取り付けていたとすれば、別に不自然なことじゃないのかも知れん。


 俺にその件を相談しようとするだろうし、陽太がミナコへ、アンミのことを好意的に伝えていれば、……留守電のメッセージは単に、『お店でアルバイトをすることになるかも知れない』とだけ、受け取れる。


 そうなると、何も差し障りがない。迷惑承知でミナコにも電話を掛けよう。


「はい」


「ああ……、良かったミナコ。ごめんな、夜中に。俺にとっては大事なことだったんだ」


「ええ、ええ。でもまさかこちらへ電話をしてくるとは思っていなかった。へえ、大事なこと。どういった要求をされるでしょうか。私は……」


「ああ、ミナコ、その前に、ちゃんとお前に謝らないとならないよな」


「?謝る、何をでしょう。謝ることなどないのでは?仮にあったとして今そんなことのために連絡をする必要がない」


「相談事があると、そういう話だったろう。でもお前の話を聞いてやれなかった」


「君は……、まさかとは思うのですが、今になって『まだ何も知らない』のでしょうか?」


「相談事があるって……、そうか、言ってなかったか。いや、そうだ。確かに言ってない。お前が困った顔をしているような気がした。だが、たまたま偶然、俺はその時酒を飲んでいて、何も聞いてやれないまま寝てしまった。すまなかった。もし、もう一度チャンスをくれるなら、俺はしっかりとお前の話を聞こう。それがなんであれ」


「……はあ、おそらくですが記憶が混乱しているのだと思います。相談をしなくてはならないという言葉は使うべきではなかったのかも知れない。十分に分かるように話したつもりではあった。…………。不十分だったというなら、また、会いましょう。直接会ってその話をしましょう。公園で」


「本当か……?ああ、ミナコ。すまなかった。俺は楽観視してたな。お前はまた簡単に許してくれるんだろうなと思ってた。なあ、本当に悪かった。直接会って謝りたい。話を聞いて、……そしたら、そんな、冷たい声で話すのをやめてくれるか?まるで初めて会った他人同士のように『君』なんて呼び掛けるのをやめてくれるか?」


「健介、『そうするのが』『どうにもならなかったのを』『運命と呼ぶのに』『何をそんなに謝りたいのでしょうか?』私が何か気に食わなくてそうしているとでも本気で思っている?これはそもそも、最初からこうなると決まっていたようなものです。そのことも含めて……、明日、いいえ日付としては今日ですが、説明に行きます。本日の夕方六時に、公園で説明をします。なので早く寝てしっかりと理解できる頭で起床してください」


「ミナコ……、陽太から、まあまだ正式な話じゃないということで聞いたんだが、バイトをな……」


 夕方六時に、公園でもう一度説明をしてくれるらしい。電話は切れていた。


 まだ話したいことがあった、……というよりは、あの空気のまま話を終えてしまうことが恐ろしく感じられた。


 別人なのではないかと疑うほどに苛立たしげで、俺の一言一言が気に食わないという様子だ。ああ、嫌われるなんて思ってもみなかった。見ず知らずの他人のように扱われるなんて考えたこともなかった。一体、そうまでなる理由は何なんだろう。


「……つらいな。想像してみたことなんてなかったが、今まで多分、こんなにつらいなんて想像できなかった。ただ、どこかでまだ、だから、……今日は我慢できるが」


 寝てるミーコしかいない俺の部屋で、俺は一人心情を言葉にしてみた。今までも、実のところ、そうだったのかも知れない。


 人付き合いというのは難しくて、ずっと変わらず続けていくには相応の努力や運が必要で、ともすればふとしたきっかけで壊れてしまうものだろう。


 気を抜いてどこか置き去りにしていただろうか。どうして俺は、失った一週間の間、ミナコを置き去りにしたんだろうか、その時、何か大切なものがひび割れたんだろうか。


 体が冷える。布団に入ろう。さっさと寝て頭をすっきりさせておけと言われたから。それはもしかするとまあ、ミナコなりの、夜更かしな俺の体調を気遣う言葉だったのかも知れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ