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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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十話①

 やはりといって良いのか、ナナが眠りに誘われるまで、まだ少しばかりは時間が掛かりそうだった。


 俺のせいで付き合うことになった他三人についてもある程度慎重に観察を続けなくてはならん。早朝から活動していたアンミはこの時間まで起きていること自体がつらいはずだ。


 ……だが、予想に反してというのか、午前零時を回る頃になっても、アンミは抜けたいと言い出さなかった。自分から抜けたいと言い出さない性質なのかなと思い至るのに二時間くらいは掛かったし、その時点ではアンミもまだ眠そうには見えなかった。


 ということで、もしアンミが眠そうな素振りをしたら、俺はすぐに寝るように伝えるつもり、ではあった。そのタイミングを窺ってはいた。


 ただ、俺が声を掛けるより先に、ハジメがアンミの状況を察して起こしに掛かってしまう。「アンミーっ、アーンミっ♪」と声を掛けられて、アンミははっと顔を上げて目をぱちくりして、場に出されたカードと手元のカードを交互に見る。


 これは俺がアンミを気に掛けてないわけじゃなく、多分ハジメの察知能力が高いんだろう。ハジメがアンミに声を掛ける直前も、正直言って俺にはアンミが寝てると判断しきれなかった。


 アンミは正座した状態で、両方の手のひらを交差させるようにしてカードを持っている。俯くと前髪で目元が隠れて表情は口元からしか分からない。口元は微かに微笑んでいるようだった。体は僅かに揺れているような気もしたが、単に頷いているのか船を漕いでいるのかは分からなかった。


 アンミが器用な寝方をしていて、ハジメの察知能力が高い。で、ハジメはアンミを寝させるつもりがなさそうだった。


「いや、アンミ?ほら、もう結構遅い時間になったし、これを最後にして寝ても大丈夫だぞ?」


「ええ?私は?全然、眠くないよ?」


 何度か言葉を変えて、そんなやり取りをした。アンミも意地になっているのか眠るつもりはないらしい。声は少し上擦っているし、目はもうほとんど閉じているのに、でもそんなことを言う。


 実際のところ確かに、ハジメに起こされた後何巡かくらいは、アンミの意識が繋ぎ止められていた。


 一瞬だけ、眠気が吹き飛んで、またしばらくすると、俺より先にハジメがアンミに声を掛ける。で、俺がそのついでに継続の意思確認を行うと、『眠くないよ』と返ってくる。まあ、一瞬はな。


「いや……」


 本人がそう言う以上、アンミをゲームから退場させる良い方法というのが思い浮かばない。ミーシーが言えばアンミもおとなしく寝てくれるかも知れないが、今のところそういった発言も出ない。


「眠くなったら、まあすとんと電源が落ちるみたいに寝るものなのよ。細い線の上をバランスを取りながら歩いているような、そういう感覚も楽しみの一つでしょう?ゲームというのはそんな精神力の戦いでもあるでしょう?私は、ハジメの今の、眠くて仕方ないアンミを強引に起こす、そういう意地悪な性格を責めたりしないわ」


「ちょっ、……ええー?あたし、純粋に善意で起こしてあげてんだけど。折角ルール覚えたんだから、アンミだってやりたいじゃん。ねえ?」


「うん。私、やりたいから、それに眠いのは気のせい」


「……気のせい、ではないと思うんだが。そこは眠いのは眠いもんだと思うんだが」


「うーん、アンミお姉ちゃん無理すると良くないよ?アンミお姉ちゃんはいつも早起きだから、早起きでお仕事もしてて、お昼寝とかもしてないから、一番眠くなると思う」


 この中ではナナが一番の良識人だな。アンミが無理をしていることも分かっているし、その論理の組み立ても十分だ。その理屈からいって、アンミは寝てて良い。


「アンミが気のせいって言ってんだから気のせいでしょ?てか、楽しい時って眠くなんないもんなの。ナナだって今全然眠くないでしょ?」


「……うん。あれ、そうなの?ナナ今納得した」


 ただ、素直さや物分かりの良さも、ナナが一番だと、結局続投案が採択されてしまう。俺がホスト側でなければ、一番に抜ける気まずさを引き受けて限界を装うこともできなくはないが……。


 下手をすると俺が抜けても続くんじゃないだろうか、これは。せめてアンミ就寝擁護派が半数を上回れば多数決に持ち込めるが、状況的にも見込みは薄い。


「でも、ほら……、アンミはお昼寝してないからな?いくら楽しくても寝ておかないと明日がつらいかも知れない、だろう?」


「明日お昼寝すればとんとんでしょう。楽しくて眠くないなら、楽しいときは楽しめば良いわ。当然明日は眠くもなるでしょう。でも明日寝れば良いのよ」


「そういう問題か?というか、お前も早起き組だろう。何故お前は眠くならないんだ……」


「…………。あんまり理由とかないわ」


「そうか。なさそうだな。なんか平然といつまでも起きてそうだな」


「私、全然大丈夫だよ?今起き始めた。うん」


「ああ、まあ……、もう、じゃあ、明日は朝寝坊しようか、みんなで。ほれ、革命だ」


 全員が全員眠ってるなら単に時間帯を順繰り遅らせれば済む話だが、時間進行係を寝不足にさせることで翌日の我が家のシステムに大きな影響が出るかも知れない。


 仮にアンミがいつも通り起床してしまう場合の申し訳なさも含めて、深夜までのゲーム大会企画は少しばかり迂闊だったのかも知れん。


「へぇーっ、あんた革命すんの?何革命よ?」


「……何革命も何も。普通の革命だ。多分何かが良くなる、そういう革命だ」


「ふぅーんっ、何であんたそんな序盤で革命すんの?何の意味があんの?」


 アンミとハジメの初大富豪ということで俺はルールの習熟度を少し心配していたりもした。まあ、意外と順当にルールに則ってカードを選んでいるんだろうが、変に出し渋ったり切り札を無駄遣いして手が詰まったりということも多かった。


 神経衰弱と違ってナナも普通に運任せと言って良い程度の強さだ。ということで、俺もそこまで本気で勝利を目指していたりはしないし、一応、手札が上手く揃えばルールの復習を兼ねたお手本を見せたりもする。


 そういう意味での序盤の革命だったわけだが、それがあからさまだったからか、ハジメが息巻いて突っ掛かってきた。


「いや、……やってみたかった、っていう、そういう革命だ。意味はないかも知れないが、手札に四枚揃っていたら、興味本位でその力を発揮したくなることもあるだろう。ほれ、最弱の二を出してやろう」


「じゃあ、そのやってみたかっただけの意味のない革命で落ちぶれた可哀相なキングを出しましょう。見なさい、この恨めしそうな顔を。権力を失って為す術なく民衆に殺されるキングのこの目を」


「別に……、殺し合いのゲームじゃない。なんだ、俺のせいか?良いだろう、やってみたかったんだ、革命を」


「ナナは、じゃあ、クイーン出す。キングと仲良しの」


「見なさいクイーンの、目を、これから処刑されるわ。可哀相なクイーンは夢に出なさい?追い掛け回して鬱憤を晴らせば良いわ」


「……やめてくれんか。夜中、独りぼっちの時にクイーンの顔を思い出すかも知れないだろう。手が悪くなったのか?すまんなミーシー、だが勝負だから」


「かっ、革命の時も八切りはできんのよね?八は、逆さにしても八だし」


「そうだな。そういう理由で大丈夫なのかは知らんが、まあ革命時でも効力を失ったりしない」


「ふっ……。まあね。まあ、そうなのよ。アンミ?あたし、すごい戦法っていうのかな?見せたげる。あたしのすごいプレーを」


 合間合間にアンミに声を掛けるのは、もしかすると眠そうなアンミを楽しませてやりたいという配慮なのかも知れない。


 眠いなら寝させてやれば良い派の俺と真逆の善意だとも考えられる。アンミは薄い目のまま口元で笑みを作り、ハジメに対してこくこくと頷いた。


 ハジメはとりあえず、スペードの八で宣言通り八切りをして、勿体ぶった様子で手札の中でカードを一枚入れ換えた。まあ運が良ければ一巡でゴールもあり得るだろう。初手八切りならその公算は高そうだ。


「ドドーンっ、どうよ?革命……。ジョーカー含めて、五枚の、多分これ以上ないくらいの革命……。あたしの勝ち」


「……ん。……いや、五枚出す意味あるのか?まさかと思うが、やってみたかっただけの革命か?勝ちではないぞ、それは」


「ゲームのルール的にはそうかも知んないけど、でもこれは出しとかなきゃなんないでしょ。もうこれで勝ちみたいなところはあるでしょ?あんたのは普通の、革命。あたしのはこれ以上ない革命」


「…………。ちなみに、例えば、何革命なんだ、お前のは?」


「……。世界大革命だから。あたしのは」


「そうか。……魔王とかが、やりそうだな」


「わぁ、ハジメお姉ちゃんの、それが?世界革命?ナナそんなの出ると思ってなかったからびっくりしてる」


「そそ、素直に誉めたら?悔しいのは分かるけど」


「おめでとう。確かにまあ、初めて見た。普通は多分、勝利のために革命を起こすもんだろう。ジョーカーは残すだろうな」


「ハジメは単に派手に革命をしたいだけで、それ以外には目的なんてないのよ。それがまあ、世界大革命なんでしょう。字面だけでヤバそうな感じがするわ」


「実際になんか戦争とか起こってんのなら名前変えるわ」


「歴史上の偉大な人物も世界大革命は起こしてないな。まあ良いんじゃないか。ローカルルールとして存在することにしよう」


「良かったねえ、ハジメ?」と、アンミは満足そうに一言呟いて完全に目を閉じてしまった。器用に座ったまま揺れているが、いつ崩れ落ちてもおかしくない。


 ハジメは世界大革命後、カードを出そうとしないから、もうこれで一勝負ついたつもりなんだろう。


 まあ区切りとしては悪くないのかも知れない。


 ナナはアンミの顔を一度覗き込んで立ち上がり、何も言わずに仏間の方へと歩いていく。俺もまあ、一度その優しさに触れたことがあるから、ナナが何をしようとしているかは見当がついた。少し遅れて立ち上がり、仏間から布団を運び出す手伝いに取り掛かる。


「ナナは優しいなあ。俺にも手伝わせてくれ」


「?お布団が、そっちにあった方が良いと思う、ナナは」


「その通りだ。アンミが限界っぽいからな」


「うん、でもナナわがままだけど、アンミお姉ちゃんがいた方が良かったから頑張って貰った。スイラ先生もいたら良かったと思う」


「おっさんもまあ戻ってきたらいつでも付き合ってくれるだろう。アンミも眠くさえなければ続けたがっただろう」


「健介お兄ちゃんは眠くない?」


「一杯寝たからな。ナナと一緒だ」


 ナナが運ぼうとしていたのは既に敷いてあった布団だった。おっさんの布団は余ることになるからひとまずはこれで構わんだろう。ナナには枕を持たせて、敷布団と掛け布団を俺が引き受ける。


 敷かれた状態のまま形を崩さないよう引きずって居間の隅に再セットしておく。


「甘い。甘いなあ、アンミに。あたしにもちょっと優しくしてみたら?.なんか返して貰えるかもよ?」


「そうか?何をして欲しいんだ?無茶な要求じゃなければお前に恩を売っておくのも悪くないかもな」


「はあ?……喉乾いた。なんか用意してよ」


「うん?ああ、お茶で良いなら……」


「いや、ちょっと待った。やっぱやめ。なんか居候の分際で単に偉そうに命令するとか、そういうんじゃなくてさあ」


 喋りながらハジメはアンミの両肩を掬ってアンミを引きずっていた。アンミも一応それで一瞬眠りから引き戻されてか、口と目を半分開けてハジメを見上げ意図を察し、足を立たせてごろんと布団へ半回転して寝つく。


 多分『ありがとう』というようなことを呟いたんだと思うが、むにゃむにゃとしか聞こえなかった。


「良いでしょう?ハジメが言うなら別に自然でしょう。偉そうにしているとかじゃなくて、喉が乾いたんだろうというくらいの感想しかないわ、慣れてれば。私とナナの分もお願いするわ、健介」


「何それ。あたしが元からわがまま平気で言うとか言ってるわけ?」


「分かってるわ、ハジメ。そういうことじゃないんでしょう?偉そうに命令できる権利が欲しいんじゃなくて、優しく、優しくされたいのよ、ハジメは。わがままを言いたいわけでも無茶に応えて欲しいわけでもなくて、寂しい時に、そっと抱きしめて欲しいわけでしょう?ほら、そう言いなさい。女で良いなら今そうしたげるわ」


「うそ?何で手広げてんの?ホントに?え、あたしがそういうことしようとした時、あんたすっごい睨んできたじゃん。何で今は良いわけ?」


 ハジメは中腰まで立ち上がっておずおずと腕を広げたミーシーの方へと歩み寄る。それはハジメから俺へのお茶オーダーが撤回されないよう立ち回っただけなのかも知れないが、……ミーシーがハジメを、抱きしめてあげていた。


 ハジメは恐る恐るといった様子で体だけ預けて両方の手のひらは広げて、誰に向けるわけでもないノータッチアピールを続けている。


 ハジメは脇下と首を抱えられて顔はミーシーの胸元に沈められている。


 ミーシーは慈しむように抱えたハジメの頭を撫でていた。……やるんだ、ハジメもミーシーも。もう少し普通の仲良しな振る舞いがあるはずだが、……まあ、仲良しなんだろう。


「ハジメ?私の心臓の音が聞こえる?」


「え?あんま聞こえない」


「じゃあもっと聞こえるように耳を近づけなさい」


「いやあ、もうぎゅうぎゅうなんだけど……。こんで聞こえないならどうやっても無理だと思うんだけど。ええ、ちょっとごめん一回離して。ナナ?ナナ来て?」


「何?ハジメお姉ちゃん」


「いや、ナナなら服薄いから聞こえるかなと思って。ぎゅって、あたしのこと抱きしめて?」


「そうじゃないのよ、ハジメ。服が厚いかとか、胸が大きいかとか、そういうことはあんまり関係ないのよ」


「?じゃあ、何よ?元から聞こえないんでしょ?」


「ハジメ?良いことを教えてあげましょう。どうして聞こえないかというと、恋してないからなのよ。恋をしていると、そういう音が聞こえるのよ」


「……マジで?そう、なんだ。じゃあ、アレなわけ?そうやって、ああ、試すの?……で、あんたは全然アレなんだ。まあ、良かったけど。あんたはあたしで全然ドキドキとかしてなくて」


 俺はその間、四つカップをおぼんに載せ、冷蔵庫から取り出したお茶をトクトクと注いでいた。ハジメは両手で頬を抑えてこちらをじっと見ている。


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