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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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九話㉝


『いっかげつくらいたつとおともだちができたらいいとなながおもってる」


 そこに日付はない。次のページにも日付はなく、『ななはじがかける』と、へにゃへにゃとしたひらがな一文だけが並んでいた。この時は単に文字の練習のつもりだったのかも知れない。


「へぇー、ナナめっちゃ字下手じゃん。これいつよ?」


「分かんない。ナナはこれ、日付をつけてないの時だから、字も下手だなってナナも思う」


「ナナが、今七歳だとして……、これはハジメと会う前のことなのか?」


「ハジメお姉ちゃんとは、多分だから一カ月くらいしたら会ってる?ハジメお姉ちゃんは分かる?」


「えっ、分かんない。いやあ、でもそれはないんじゃない。多分もっと後だと思うけど。その辺読んだことないし。そっか、てことはさあ、あたしと会った時のことも書いてあんの?よく考えたらそれ気になるわ」


 パラパラと捲っていく数ページの間、せいぜい一文か二文の日記が続いていた。余白がほとんどで目標も簡素で、実際に何があったのかも判然としない。『どうぶつがいる』とか、『やりたいことがたくさんある』とか、『きょうはおしまい』とか、一日ごとに書いていたのかも疑わしい。


 これが仮に俺の書いた日記だとしたら、後ほんの数日で日記習慣が終わるであろう予兆が溢れ出している。


 というか、……実際一度書くのをやめたのかも知れない。


 というのも、おそらく一カ月やそこらではあり得ないほどに、文章が唐突に整然とし始めていた。


 ハジメと初めて出会った時のことを書いた日記は最初のページのへにゃへにゃとは違って、必死にこれを綴らなくてはならないという想いが込められている。残したいことが、伝えたいことが言葉にならないもどかしさからか、同じような言葉をいくつも並べて、要するに『とても素敵な出会い』だったとまとめられている。


 いきなりひらがなまで上達していた。ハジメのこともこの時は単に『おねちゃん』とされているから、多分アンミやミーシーと会う前ということだろう。


『すいらせんせえがおねちゃんといっしょにあわせてくれた。ななはにっきをもっといっぱいかきたい。ななはねるじかんです』


 ちなみに、まだ消しゴムの存在を知らない時代なのか、間違った字などは鉛筆でぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。


「おねちゃんっ」


「ナナ、ちゃんと分かってるよっ。今ちゃんとお姉ちゃんてちゃんと書いてるの」


「ナナくらいの歳で日記をつけると文章の上達具合まで分かる。で、ハジメ、ナナを茶化す前にこの日記の内容に感動してくれ。この密度を見ろ。お前と会った時がどれほど人生で大切だったかがよく伝わってくる。まあ半分くらいはスイラ先生の話だが、お前がナナと手を繋いで歩いたシーンが目に浮かんでくるな。一生懸命書いてるぞ。名残惜しそうだ……。もう寝る時間だから、ナナは日記を書き続けることができない。まだ書きたいことが一杯あったろうに……」


「う……、確かに。いやあ、そんなんあったっけ?手繋いだ、あたし?ずっとスイラおじさんにおんぶされてなかったっけ?」


「ナナ最初はね、歩いてた。ナナ今でもねー、よく覚えてる。ナナはハジメお姉ちゃんを見てて、ハジメお姉ちゃんがずっとナナを見てる。手を繋いで一緒に歩いてる。絶対忘れなかったから、寝てて次の日に書いても大丈夫だった」


 次のページは更に詳細になった。日記を書きながら生活していたんじゃないかと疑うほどに誰が何を、何時に言ったのかが分かるようになっている。『なながじかんをきいたらはちじじゅっぷんぐらいでした。』という文章が合間合間に挟まれていて、多分日記に書く時のためなんだろうが、かなりの頻度でナナが時間を尋ねていた。


「これは書きながら、聞いてたのか?何時とか?」


「書きながらの時とかもある」


「これは覚えてるわ……。ごめん、あたし適当な時間言ったかも……」


「まあ、うん、大丈夫だろう。ハジメと喋った時の時間を無視すれば大体時系列になってる。ちゃんとその時のナナも疑問には思ってる。どうしような。結構な量だ。キーポイントというか、オススメみたいな場面はあるか?次は多分アンミとミーシーとも会うだろう?」


「まだ多分ちょっと先になる」


 ナナの言葉を聞いてまたパラパラと捲っていく途中で、黒く塗りつぶされかけた『おとうさんが、すいらせんせえにおねがいをなにかしている』という文章、が一瞬目に映った。


 少し気になったが、ページを捲る指をそこで止めるべきではないと思った。……指を止めるキーワードは、アンミかミーシーで良い。


 途中、簡単な漢字が登場し始めた。句読点の打ち方を覚えたタイミングも分かる。端っこに書き込まれたおっさんのお手本の漢字を練習した形跡と、ナナがそれを、自分の日記に書いて欲しいとねだった様子、シチュエーションを想像するには十分な内容だった。


「あ、あんじゃん。あたしら村戻ったの、これでしょ。もっかい、確かさあ、荷物取りに行かなかったっけ、ナナん家」


「アンミのことが書いてある。『みためからしてやさしそう』、だそうだ」


「あたしってなんて書いてあったっけ?」


「ハジメは優しくて安心したと書いてあった。だが、その、ハジメがな、優しかったから多分アンミも優しいだろうというそういう……、ハジメの見た目が優しくないとか、そんな話ではないと思うぞ」


「ええ゛、ちょっと戻って。あたしも優しそうって書いてあんじゃないの?」


「うおっ、いや、優しくて安心だと書いてあった。ただし、不安だったが心配していたようなことは実際なかったという文脈じゃなく、お前のことが大好きになって一緒にいるのがとても楽しくて嬉しいと書いてあった。戻っても変わらんし、もういいだろうそこは」


 文字に見入ってる最中、突然両肩に手を掛けられてびくんと体が跳ねて声が出た。ぐいと体重を掛けて俺の顔の真横にハジメが顔を突き出し、「いやいや、戻ってみなきゃ分かんないじゃない。ねえ、ナナ?」とナナの方へ目線だけ向ける。


 ……近過ぎるだろう。吐息が首筋に掛かる距離だ。渇ききっていない髪が、一瞬俺の頬に触れた。俺はもう女子グループの一員扱いなんだろうか。迷惑に思うこともないが、俺からは距離を測りかねる。


「あんた、やっぱ普通に筋肉あんのね。肩凝ってんの?揉んだげよっか」


「お前がいきなりのしかかってくるから力が入ってるだけだ。揉んで貰う必要はない」


「お先、アンミ。あらやだわ。じゃあ、ナナトランプを先に私としてましょう」


 ミーシーが居間へ姿を現した瞬間にしゃっくりが出た。アンミが「うん」と返事をしてナナが「?」を浮かべて、ハジメは俺の肩に載せていた手をすぅと持ち上げる。


「……あ、なんで?いや、今、日記読んでるとこだから、別にアンミがお風呂出てから、みんなでやれば、ね?」


「肩揉んであげてなさいな。ほら、自然にしなさい。さっきまでみたいにしなさい。でも見られていると気になるかと思ってトランプでもして待ってようと思ったのよ」


「肩……、いや、ふ、普通でしょ?あった、あたしがなんかイチャイチャしてたみたいな、そういうんじゃないんだけど」


「そういうんじゃないのは分かってるから焦ってるような言い方するな……。弁解なんかいらない場面だから余計な流れは作るな」


「ハジメは、意識してしまったのよ。ナナ、今日は私と寝ましょうか」


「だからだからっ、なんでよ。あんたがそういう余計なこと言うからでしょ、意識したって、全然さっき無意識で、てか、ねえ?そうだったでしょ?」


「そうだったな。というかミーシーの方がハジメのことはよく分かってるだろう。割と男女分け隔てなくスキンシップに寛容な人間なんだ。俺はまあ、今日初めて知ったが。…………。ミーシーの言う通り、意識しないで自然体で接してくれ」


「ふん、あんたこそさあ、アレなんじゃないの?あたしがさあ、こいつとイチャイチャしてるみたいに思って嫉妬してんの?」


「…………。じゃあみんなで使いましょう。そしたら私も文句言わないでしょう。平等でしょう?」


「んっ、どうぞっ」


「何をだ、俺をか?……俺の、肩を揉む権利に独占禁止法が適用されるのか。……複雑な気分だな」


「私はいつでも、この家で、みんなが仲良くできたら良いと思っているのよ?みんなで仲良く日記を読んだり、みんなで仲良くトランプをしたり、散歩や買い物をしたり、アンミの作った料理の品評会をしても良いし、アンミに教えて貰ってお手伝いをしても良いわ。なんならべたべたスキンシップしていても微笑ましいと思うのよ。さあ、じゃあ、日記を読んでたんでしょう?どうぞ始めてちょうだい」


 言葉の通り受け取れるほど、積極的に参加したり能動的に動いたりしていたことは少ないとは思う。普段の言動からするとジョークのように感じられてしまう。俺はこのミーシーの言葉に、一体何を返して喜ばれるんだろうか。


 例えば、『信じている』とか、『言わなくても分かってる』だろうか。でも、分かるはずのないことを、どうして分かっているなんて言えるだろう。どうしたら、分かっていることを分かって貰えるだろう。


「仲良くねえ。ミーシー、あんたさあ、あたしとは仲良くしてくれてんの?」


「私はハジメとですら仲良くしようとしてるわ。あとはもうハジメ側の信じようとする気持ちの問題でしょう」


「いやあ、……あんた側の問題なんとかしてよ。まあいいわ。ほらなんか、あたしは今すごい寛容な気分なわけ。あんたと最初に会った時みたいな、先入観とかなしによしよししてぎゅってしてあげたい気持ち思い出したわ」


「はいはい。……懐かしいというほど昔の話じゃないでしょうが」


「あたしもなんかここ来てからすごい昔のこととか思い出せるようになったのよ。ナナぐらいの歳の頃のこととか。別に確かにあたしら会ってからはそんな経ってないかも知んないけど、なんだったらあんたもそん時くらいのこと思い出しながら日記読めば良いじゃん。ちっちゃい頃はもっとなんかかわいげがあったとかみたいなさあ」


「アンミと暮らすようになる前だと今よりよっぽどかわいげはなかったと思うわ。まあそれよりハジメはトランプのルール思い出してなさい。ナナ、神経衰弱は結構堪能したでしょう?ハジメが一生懸命頭を使って別のゲームのルールを覚えようとしていたのよ。大富豪なんかも頑張って覚えたわ。勿体ないから忘れない内に付き合ってあげなさい」


「えっ、ホントに?ナナはそれハジメお姉ちゃんとするの夢だったりした」


「大富豪すんのが?言えばいつだってあたしだってやったげんのに」


「ええっ、ホント?じゃあナナ今言う。大富豪をねー、ナナ、ハジメお姉ちゃんとできたら良いなと思う。大富豪は二人でやらないとできない遊びだからハジメお姉ちゃんはルール覚えてて」


 ハジメがルールを覚えたのはつい少し前の話だが、確かにナナが言いさえすれば、すぐやろうとしてくれそうではある。


 俺の説明能力が特段優れているわけでもないだろうに、ハジメもアンミもルールを理解するまでそう時間は掛からなかった。


 これが、『意外なこと』だから、今までナナが言い出せなかった可能性もないことはない。ハジメはその反証のために覚えたてのルールの一部をナナに対して暗唱してみせ、ナナが寝ている間に全てマスターしたと胸を張った。


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