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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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九話㉗


「今思い出したんだが、そういうこと言ってたな??アンミのことが嫌いなのか?」


「いいえ全然。ただ私だってやればできるのにそのチャンスがなかったから羨ましいというだけ」


 羨ましく思うようなことじゃなく、やれば良いのにとは思った。アンミも競争のつもりでやってないし、趣味の範囲で、まして家庭菜園で、どうして競争することになるのか。そのままそういうこと言っても大丈夫なんだろうか。


「まあ。確かに。そうだな。栽培効率高いんじゃないか?お前がやるなら」


「え?うん。そう。そうなの。なんとか、できそうな感じはするでしょう?そういうのを始めたいの」


「……。そうだな、ミニトマトとかは柱を立てるだけで勝手に育つらしいぞ。仕事で忙しくて見てられないならまずはそういうのが良いかも知れん。家庭菜園の知識など全然ない俺からのアドバイスだが」


「ええ。そうね。ありがとう健介君。私もそういうのが良いと思うわ」


 どうやら本当に、普通の家庭菜園の話らしい。バイオなんとかでもなければ遺伝子組み替え野菜とかでもない。苗とか種とかを買ってきて土に植えて水と肥料をやる、そういう家庭菜園の認識で間違いない。


 そうなると……、結局一周巡って、意外と普通の趣味なんだなという感想で着地して良い。別に変人だって貴族だって普通の趣味を持ってて良いだろう。


「いや一応、自分でも調べてみてくれ。そんな話を聞いたことがあるだけで正しいなんて確証があるわけじゃない」


「もちろん自分でも調べてみることにする。……あは、あと、そうね。家庭菜園もそうだったけど、旅行もしてみたいわ。野菜だって一人でろくに面倒を見たことがないし、知らない場所を歩けるように自分では思えないけど。でも」


 声が色を帯びて弾む理由をいまいち掴みかねる。大してノリ切れない俺の微妙なアドバイスに相槌を打ってから、話を広げるでもなく次は旅行だと言う。旅行ももちろん一般的な趣味に違いないが、俺はどちらかというとこの声の調子を意外に思った。


 楽しそうに語って聞かせている演技のつもりなんだろうか。俺の考える、趣味についてノリノリで話す人というイメージからは外れていた。市倉絵里の中では、趣味を語る人というのは、あれも良いこれも良いと幼く指さすイメージなのかも知れない。


「どっか行きたいところでもあるのか?」


「ないけど。けど、強いていうなら、ルーマニアに、行ってみたかった」


「海外旅行か。……というか、それも行ったことがなさそうな感じで話すんだな。どんな予定で行くんだ?海外だと一週間やそこらじゃ物足りないかも知れん」


「?行きたかったけど、まあ、行かないの。治安も悪そうだし」


「…………?おかしいな。まず整理すると、お前は旅行に行きたいという話をしてたんだよな。で、どこに行きたいのかというとルーマニアなわけだ。治安の問題で行かないのか?楽しそうに話しているようには聞こえてるんだが……、行ってもないし行かないものを趣味と言い張るのはさすがに無理があるだろう」


「まあ、その。例えば計画を立てるまでだけでも旅行は楽しかったりするものでしょう?違うかしら」


「そこは違わないんだけどな。普通は実行することを前提として計画を立てるだろう。例えば何と何が見たいから一カ月くらい必要だとか、そういう計画を立てたとして、それは実行した時の感動やらを想像して楽しいわけだろう。さっき治安が悪くて行かないと言われた時、俺がそうなのかと答えたら話が終わらないか?行ける時に行くつもりでいたら良いだろう。ルーマニアって何があるんだ?ドラキュラくらいしか思い浮かばないから俺からは話を広げようがない」


「あら博識ね、健介君。何があるかと言われると、国民の館とか、統一大通りとか、古い物だと健介君の言ったドラキュラの、まあドラキュラのではないけど、いくつかお城もあるでしょう。別に私は、なんというか、そういうのが見たいわけじゃなくて、……こう言うと馬鹿だと思われるんでしょうけど、えっとね、昔のルーマニアをちょっと歩いて見て回りたいと思ったことがある。ずっと昔に、おじいちゃんがルーマニアに行ったことがあって、素晴らしかったって、そう言ってたから。その頃と今とじゃ全然違うでしょう?だから行かないけど、行ってみたかったし、……まあ、行けないのだけどね、当時のルーマニアになんて」


「ルーマニアの古い街並みが見たかったってことか?……まあ全部は残ってないかも知れないが、そういうのを残してるところだってあるだろう」


「ちょっと違うわ。おじいちゃんがルーマニアに行ったのは、多分だけどチャウシェスク政権初期の頃の話でしょうから、建物どうこうではなく全部変わったと思うのよ。七十年代なら多分景気も悪くなかった。八十年代後半以前ならまだ荒れてなかった。私のおじいちゃんが行った後から少しずつ変わり始めて、ルーマニア社会主義共和国なんて名前がなくなってもう随分経ってから私が生まれた。街並みも当然変わったでしょうけど、暮らしてる人の生活も暮らしてる人自体も、全然違っていておかしくないでしょう?そういう……、まあ旅行じゃないわね。旅行の話を聞いて、良いなあと思っただけ」


 人の趣味をとやかく言うつもりはないが、確かに『旅行』じゃない。『昔の外国へタイムスリップをして旅行気分を味わう、のを妄想をする』のが趣味なんじゃないのか、それは。


 どうやらこだわりがあるようだし、考えるだけで楽しいならそれはそれで結構ではあるが、俺に限らず、その趣味に共感できる人間は少なそうだ。


「高度な……、趣味だな。だが家庭菜園でも旅行でも良いが、それが趣味だとすると今現在、……頭の中でやってるということなんだろうが、そういうのじゃなくて、何かこう、実際やってる感が俺にも伝わる趣味はあったりするか。趣味じゃなくても、じゃあ、その、好きな音楽とか」


「音楽……。私も流行りの音楽なんて知らないわ。健介君の方が詳しいでしょう。お友達がどんな音楽を聞いてるとかそういうお話も多分するでしょう」


「別にこの話題で盛り上がれるほど俺も詳しくないから、ないならないで構わないが、俺側の歩み寄りも察してくれ。いずれ家庭菜園でもルーマニアでも調べてついていけるようにはできるが、ちょっとでも、ほら、俺が知ってると言える方が良いだろう。俺の教養レベルが低いのは申し訳ないが……」


 …………いや、そもそも、俺の趣味と、被らないな。かろうじで読書、いや、映画、食べ物……。市倉絵里に寄せるとすれば、野菜や観光名所になるんだろうか。


「…………。クロードドビュッシーと、バルトークベーラが好き。音楽が嫌いとか興味がないわけではないのよ。ただ今まで、どんな音楽がどうして良いのかあんまり教えて貰ったことがなかった」


「クラシックか。クラシックも良いな。ああ、なるほど。逆にこういうもんなのかな。俺もクラシックを知ってる人間になりたくなってきた。ルーマニアにも興味が湧いたし、……まあ俺の場合、ほとんど未開拓地だから大概何でも新鮮なものだが、気にしてみる良いきっかけにはなるかも分からん。参考までに聞きたいんだが、ドビュッシーは何が良いんだ?名前に……、なんか勢いがある感じはするな」


「何が良い……、というと、そうね。楽譜が美しい。勢い?名前に、勢いもまあ、あるかも知れないわね」


「ドビュッシーの、書く楽譜が、美しいのか。いやそうすると、名前に勢いがある感じは多分全然関係ないな」


「好きな音楽なら、多分どんなのでも同じ感想になってしまうでしょうけど、聞いていて心地よいから」


「楽譜が美しいという視点は、新鮮だな」


「聞いてて、……心地がよいからよ?……楽譜は、楽譜は違うかしら」


 純粋に、その台詞を真似したら格好良いかもなと思った。ただし、市倉絵里は誇らしげにそれを述べたわけではなかったし、むしろ幾ばくか心細そうに普通の当たり障りない感想の方を二度続けた。


 一体、どんな楽譜が美しいんだろうか。それを見極めるには何かしら特別な才能が必要なんだろうか。せめて音楽の成績が三以上あれば、俺にも少しはその感覚が理解できたのかも知れない。


「いや、俺が楽譜を読めないことを察したとしても、堂々と楽譜が美しいからだと言ってくれ。確かに俺はついていけてないかも知れんが、そういう時はそっと補足してくれたら良い。理解してみたいなと思ってるし、理解しようとは努めてる。元々見えてる景色がまるで違うことは分かってた。鳥は空を飛んでるわけだろう。俺は一言じゃその目線を理解できたりしないが、俺に合わせて地べたの感想を言う必要もない。折角だから見えてる景色を教えてくれ。そういう感性には憧れがある。聞いてみるだけでも、まあ理解できるかどうかは別だが、喜んだり楽しんだりできる」


「…………。健介君。全く、同感よ。むしろ、私が言いたかったわ、その台詞。私が言いたいことをぴたりと言ってくれるのね。ねえ、健介君。その言葉、絶対に撤回しないで。私のことが幼稚に見えるかも知れない。私は健介君が当たり前のように言うことに納得しないかも知れない。そんな時は、今言った台詞を思い出して。別に馬鹿にしてくれても良いわ。ただ曲げないでちょうだい。変にしゃがんで合わせないでちょうだい。私は、健介君の見てる景色が、どんなのか知りたいのだから」


 少しばかりは打ち解けたように感じて、俺はほんのちょっとポエティックな台詞を冗談のように呟いたつもりだった。


 無理に俺に合わせる必要はないということを、伝えただけだ。


 その『異様な』食いつきで、俺の血液が冷え込む。俺のなんとなく発した言葉に、一体どんな意味があるだろう。会話の流れをまるで無視して言質を取られたような居心地の悪さが生まれた。


 後に俺の発言を裁判所で証拠として採用するから覚悟せよと言われているようにすら感じる。市倉絵里は俺の台詞を『好都合』と言わんばかりに嬉々として声をあげた。


 ただ、単に?変なところでテンションが上がる人間なだけかも知れない。好意的な解釈をするなら、俺のような一般人の目線が物珍しいのかも知れない。趣味の項目に挙げられなかっただけで人間観察が楽しいのかも知れない。


 しかしながら、市倉絵里は出会った当初から一貫して、俺という人間を興味深そうに観察していたような気がする。


『見られ過ぎている』。


 まるで自分が、檻の中の実験動物になってしまったような錯覚に襲われる。…………落ち着くべきだ。元から市倉絵里はこういう言い方をする。それを邪推してこんがらがるのは俺側の悪い癖で、市倉絵里には市倉絵里なりの真っ当な思惑がある。


 分からんから怖い、それを埋めるための電話だったはずだ。ここで怖じ気づいて後ずさりしていては何の意味もない。


「なあ今、何を喜んだ……。俺が勝手に決めつけたお前の人物像を語って良いか。お前は才能に恵まれている。俺より高い次元に立って物事を考えたり実行したりできる。俺が今の台詞でお前を鳥にたとえたのは、そういった意図でしかない。お前が俺から学ぶところはせいぜい何も考えない気楽な生き方や、素直な行動や、あるいは馬鹿にでも理解できる易しい話し方だけだ」


「ふふ、とても、皮肉の利いたいやらしい言い方に聞こえるのは私の性格がひねくれているからなんでしょうね。私には特別な才能も、まあ、ありふれた才能というのもないでしょう。多分だけど私が上手く健介君に説明ができないのは、たまたま健介君が興味を持ってないお話を私が仕事にしているからでしょう?私の話し方が悪いせいだけではない。健介君が努力して勉強してくれたら、私が不親切な話し方をしても問題はないはずでしょう?ねえ、健介君。私、思うのだけど、才能というのはね、できない人がいることに気づけないくらい平然とできてしまう能力のことをいうはずよ。私は、専門的な話をする時、健介君が理解できないことも想定してるわ。私だって勉強していなかったら分からないに決まっているもの」


「まあ、……俺の努力不足もあるんだろう。それはそれで責めてくれて良いが、さっき、何を喜んだ?」


「仮に、……はあ。仮によ?健介君。私にお勉強ができる才能があったとしましょう。仮に、健介君がいくらお勉強を一生懸命しても無理だとしましょう。そしたら、私いくらでも教えてあげるわ。……いくらでも。それを才能と呼ぶとしても、決して価値のある才能だとは思えない。私はだから、健介君の目線が知りたい。ねえ、ちょっと人と比べて勉強が得意なことより愛する才能の方が、大切だと思わない?愛される才能の方が遥かに重要だと思わない?運動会で一番になる才能みたいに、絵画のコンクールで入賞する才能みたいに、人に愛される才能というのも私には輝いて見える。それって、一体、どんな気持ちなのかしら。どうやったら、そんなことができるようになるのかしら。ねえそれとも、いくら教えて貰ってもできないもの?」


「…………?なんで俺が?なんで俺にそんなことを聞くんだ?まるで俺が愛され系のような言いぶりだ。だが実際にはそんなことはない」


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