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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話⑱


 まるで揃わないいただきますだったが、ミーシーは一仕事を終えたかのように頷き、「あと乾杯もやりましょう」と言った。これに前もって反応していたのはおっさんただ一人だけで、俺を含めて他はとりあえず一口食べるべきだと箸に手を伸ばそうとしている最中だった。


 おっさん以外が逆再生のようにして箸を置き、グラスに片手をつける。


「ではでは。店長さんどうぞ。あ、そうそうナナ。今日は特別なパーチーだから、なんとご飯食べる時にジュースを飲んで良かったりする日なんだ」


「ホントに?ナナ、ナナは実は今までそういう経験なかった。とくべつな、とくべつなパーティーの日」


「うわあ、えっ?えっ?お父さん目茶苦茶器用じゃない?わわわっ、えぇ?」


 多分おっさんの特殊能力の一つで、もしかすると予知機能から派生するものなのかも知れない。片手に酒、片手にジュースの瓶を持ち、グラス二つずつに飲み物を注ぐ様子は、器用というよりかなんとも奇妙な光景だった。


 陽太と店長はもうそれだけでかなりテンションが持ち上がったようで、どんな仕掛けなのかをしきりに聞いた。「昔、バー、てんだー、バーテンダーをやってたからな」とのことだが、まあ嘘だろう。おそらくバーテンダーという職業は、日本酒とオレンジジュースを同時に注ぐ必要がない。俺も詳しくは知らないが、多分シャカシャカカクテルなんかを振ってたりするはずだ。


「「か、かかんぱーい」」


「はい乾杯、アンミ、できたのからどんどん置いてきましょう」


「よいしょ、うん。そうする」


「アンミちゃんミーシーちゃん、かんぱーい」


「はい乾杯」


「え?うん、乾杯」


「ご飯が来たのだがーっ、ご飯ですらもう違うものみたいに美味しそうなのだがーっ。ゆ、湯気が出てる、しっ」


「気持ちはその、分かるが、……テンション高いな。お前は正直いつもテンションが高いのにいつにも増してテンションが高いな」


「ぐるるるる……、コデ、オデのゴハンっ、トルっ、ユルザナイ゛」


「すまんなハジメ。じゃあ、……取るふりとかをしてやってくれるか?あとはなんかそういう感じで付き合ってやってくれるか?」


「え、あたしが?……んー、取るよー」


 ハジメはちらっと隣の陽太を見て、手をちょっと陽太の前のご飯に伸ばすような動作をした。正直あまりやってれることを期待していたわけじゃなかったが、トランプやってたこともあってかある程度打ち解けていたようだ。


「ピーピー、敵の侵入を確認。迎撃ミサイルを発射するっ」


「ちょっと、なんであたしが侵入した途端にハイテクになってんのよ。さっきまで未開人だったじゃん」


 なんかこう、他の人がいて、こう端から眺めてみると、ヤバイ奴だな、陽太は。俺は今までで慣れてしまっていたのか、それとも今日たまたま陽太のテンションがいつもより高くて俺の常識ラインを越えてしまったのか、ともかく、初対面でこれはヤバイ奴だなと思った。


 それにちゃんとツッコミできるハジメの順応性は非常に高い。


「ところでいくら請求されるのだ?あんまり手持ちがないのだが」


「ああ多分俺もお前と同じようなこと思ったな。ちゃんとしたのが出てくると金を払わんとならん気はしてくるよな」


「ナナナナ、ジュースおかわりしても良い?スイラ先生は今日は特別なパーティーだからって言ってる」


「えっ、じゃじゃあ僕もっ。んくっんくっ、お父さんもう一回これやってみて貰って良い?」


「ほいほい、なんならこうだ。目も瞑ろう。しかも腕をクロスさせながら注ごう。ほい一丁っ。どうだ?」


「すごぉー、バーテンダーすごいよっ。腕クロスさせたらどっちがオレンジかなってとこに神経使っちゃうでしょ。バーテンダーすごいよぉ」


「屋台のラーメン屋みたいな掛け声のバーテンダーですね……」


「えぇー、俺もっ、おかわりして良いって特別な日だってスイラ先生言ってたのだがっ、んくくっんくくっ」


「じゃあ仕方ないな。特別に瓶を脇に挟んで海老反りしながら注いでやろう」


「はっ、はっ、はっ、……マジか、マジなのだな?う……、ぅー、表面張力一杯なのだが……。今バーテンダーにすごい憧れと気持ち悪さを同時に感じているのだが……。後ろ向きだぞ、だって健介っ」


「気持ちは分かる……。気持ちは分かるんだ。良いな、店長と陽太は。すごい楽しそうだな」


「ナナもねー、すごい楽しそうな気持ち」


「そうかあ。じゃあまあ俺も楽しいけど……。あんまり陽太も店長も馬鹿みたいにハイペースで飲むと後に障るから」


「三つ同時もいけるぞ」


「じゃあじゃあじゃあ、お店再開を祝して健ちゃん陽ちゃん、僕とかんぱぁいしよ」


「あ、ん……。ああ、かんぱーい……。んくんっ、んっんっんっんっ、……はふぁ」


 俺は普段お酒なんて飲まないから、あんまりおかわりは……、と、言う間もなく、おっさんは俺と陽太と店長のグラスに指を突っ込みテーブルの上を滑らせて等間隔に三つを並べた。いつの間にか開けられている三つの酒瓶を直角に曲げた太い両腕で挟み込み、「養老の滝っ」と掛け声を出してダッポダッポと満タンまで注ぐ。


「「おおぉー」」


「養老の滝伝説というのがあるからな」


「ああそういうことか。そして……、美味いな、おっさん、美味い。美味いというか苦くなくて飲みやすい。割と好みでチョイスしてくれてたのか、おっさんは」


「まあ食前酒だから、甘いのも一応あるというだけだな」


 胃の中で熱く広がって頭の中へ染み込んでいく感覚がよく分かる。これは酔うだろうな。馬鹿呑みすれば間違いなく酔う。ホスト側に介抱してくれそうな人間がいないし、おっさんを除いたゲスト全員が未成年だし、俺はおかしな温度差が生まれない和やかな会を期待してはいる。


 だが、美味しいな。なまじ飲めてしまうものだから、一息でグラスを空けて体の熱で酒であったと気がつく。……陽太が心配だ。……止めはしないが。


「陽太、そういえばな。この前の抱き枕の件はどうなった?もしかしてもう諦めたのか?」


「ん?……?全然諦めてないのだが?鋭意制作中なのだ」


「?ああ、そうなのか。なんかミナコが貰えんかも知れんと言ってたぞ。手伝えそうなことがあったら言ってくれ」


「やれやれ健介はまったく……、俺と峰岸とどっちの言うことを信じるのだ……」


「どっちだろうな。どっちも気分屋なところがあったりするからな。まあ今回はお前の方を信じてる」


「ホントちょうどマイブームだったからな。そして健介は後々俺に感謝することになる。そういう意味でこの件はちょっと手伝いとかして貰うわけにはいかないのだ。後々俺に感謝することになった時に、健介に百パーセントの恩を売っておかなくてはならないのだ」


「もしかすると俺用の抱き枕も同時進行で鋭意制作中だったりしてるのか?くれるなら貰うが上手く感謝できるかどうかと、使うかどうかは保証できんぞ」


「まあ、楽しみにしておくのだな」


 そうしてまた陽太はグラスを一息で空けて、おっさんにおかわりを要求する。おっさんはおっさんで、もはや瓶から飲んだ方が便利じゃないかと言いたくなるほど注いでは飲んで注いでは飲んで胃袋へのバケツリレーを繰り返していた。


 各々モシャモシャとサラダをつまんで食べているとアンミとミーシーが二人並んで出来上がった料理をテーブルへ運んできてくれた。


 アンミは調理場を出てからこのテーブルまで歩く間ずぅっとミーシーのことを眺め続けていて、多分だがきっと、ミーシーと一緒に料理を作るのが楽しくて仕方がないのだろうと思った。


 そして更に、それを差し置いたとしてもだ。運ばれてきた料理の完成度に、俺だけだろうか……、身動きを止めた。過去俺の中にあった『理想の料理』というものが、『どれほど現実的な妥協を含んで完成していたか』を、この場で知った。


「わあ、何これ、絶対美味しいじゃん。ちょっと待って、あたしまず食べて良い?ねえアンミ何これ?」


「それね、肉。肉とね、野菜のブロッコリーとか」


 アンミの短い解説の中にありがたい調理の工程やありがたい料理名は出てこなかった。おそらくここにあったフランス料理の本を参考にして『海外っぽい創作料理』を作ったんだろうとは思うが、これはもはや存在そのものがありがたい食べ物に違いなかった。


 ローストビーフのような仄かな桜色を残した薄い肉が何層か重ねられており、その各層にチーズやら野菜やらが挟み込まれているようだ。表面は綺麗な網状の焼き色がついていて、ナッツの類が肉の上の中央に添えられている。


 肉汁に混ざり合うようにして掛けられたソースは渦を巻くように湯気を放って芳ばしい香りを俺たちに届けている。よく見るとちょうどフォークを挿してか箸で掴んで一口で食べられるサイズに切り分けられていた。


 ……ご飯にとてもよく合いそうだ。ソースや肉の切れ端だけでもお茶碗一杯は十分に食べられそうだ。崩すのが惜しいとかそういう種類ではないが、盛り付けも色合いだったり配置だったりのセンスが光っている。


「食べて良いんですか?と敬語で聞いてしまいそうなレベルですごい完成度の料理が出てきたのだが。マヨネーズで絵を描くというスタッフサービスは明らかに不要だな、これは。そんなことしたらバチが当たると思うのだ」


 俺が思うに、おそらくこれは世界で一番美味しい肉料理だ、きっと。俺はアンミの料理の腕は知っていたし、ミーシーの能力についても把握していたわけだが、……『材料が十分で』……『調理器材に不足がなくて』、そして『二人で料理をすると』、こんなものが出てくる。言葉を失うほどのものが出てくる。


「じゃあたし味見ぃ、んん、んぅぅう、美味しいっ。美味しぃー。ナナ、ナナっ食べてみ?これ美味しいからっ」


「わあい、あーん」


「ほぉれ、どうどう?」


「うく、うく。うわあ美味しいっ。ナナこれ毎日食べてたい。高級っ」


「でしょー?」


 おそらく俺と陽太と店長の三人は、まさかこんなものが出てくることなんて想定していなかった。これが出てしまった以上、料理番組のコメンテーターと同じレベルのコメントやリアクションをしなければならない。絶対美味しい、それは間違いない。


 ただ、『美味しい』以上の言葉がこの世にあるはずだと必死に頭の中から探し出そうとしていて、箸が止まる。


「は?なんであんたら食べてないの?……え、言っとくけど、あたしもうこういうの出る以上遠慮とかしないんだけど」


「あ、ああ。遠慮とかは全然しなくて良いんだ、ハジメ。あんまり美味そうだからどういうコメントが出るのかちょっと観察してただけで。美味い、よな。美味いだろうとは思ってる」


「……?目茶苦茶とびきり美味しい。てか店長さんも何してんの?食べたら?」


「えっ、僕?僕はほら、今食べようとしてる。うわあ、……すごい。……………………。別次元の美味しさ、だよ。あ、……味の、うわあごめん。美味し過ぎて全然良いコメント浮かばない」


「でっしょー?」


「…………。俺はこういうの初めて気づいたのだが、人はなんかこう……、本当に美味しいものに出会うと黙々と食べてしまいそうになるな。本気で美味いのだが。美味い。多分これ以上美味いもの食べたことないのだ」


「でしょでしょ?」


 俺も箸を伸ばしてとりあえず一切れを口に運んだ。あ、本当だ。言葉を失うほど美味い。


「……美味い。どれだけでも食えそうだな」


「んふふふっ、でっしょー?」


「ははは、ハジメちゃん良いな。『でしょー!?』というのが今俺の中で流行語になりそうなのだ。良いな、良いなっ。誰かもっかいこれを食べて美味しい的なコメントをしてくれ。そしたら俺がさも自分の手柄かのようにドヤ顔で『デショー!』って言うのだ。ほら健介食べてくれ」


「ちょっ、ちょっ、はぁ?」


「え、ああ、食べるけどな、言われなくても。…………。ん、やっぱ美味いな。本当にこう……」


「デショーっ!」


「…………」


「デショーっ!!」


 どうやら陽太はそれを気に入ってしまったようで、俺が何か言おうとする前にもうそわそわしながら準備に入り、飲み込んだ時にまたその掛け声で腕を上下に揺らして顔を突き出しこちらへアピールしてきた。


「ちょ、やめてよ……っ!あたしの真似みたいなふうに言うのやめてよっ!」


「僕もなんかハジメちゃんの元気一杯の『デショー?』に励まされたよ。なんか美味しいもの食べられる上に元気貰えるよね。そうだよねーって感じ」


「ほらハジメちゃん、『でしょー?』と言うとこなのだ。今回ハジメちゃんが誉められてるから、まさしく今『でしょー?』と言うところなのだ。なのだが俺が言うっ『デショーっ!!』」


「ごめんね、陽ちゃんのこういうとこは慣れてないと相当鬱陶しいよね?」


「くっそ、このぉ……。はあん。あんただって『ナノダガナノダガ』言ってんじゃん。使ってやるから、それ。『ツカッテヤルノダガー』」


「不毛な争いするなよ……」


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