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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話⑰


「へぇー、ポトフ?……ポトフ?」


「アンミはお店で出す料理を作りたかったわけでしょう?ポトフというのがなんなのか実のところ私もよくは知らないわ。そこと、あと事務所の方に料理の本があるから今日はそれ見てそれっぽくアレンジして、後で借りパクしましょう」


 店長は驚いた状態のまま更に鳥みたいに首を前に出し、変なリズムで「なんで知ってんの?」と声を出した。店長のキレのあるツッコミを俺は久しぶりに見た。


 事務所に料理の本があることを『なんで知ってんの?』なわけだが、こういうのはどうしたら良いんだろう……。


「何でも何も、健介や店長に聞いたらすぐ分かることでしょう?というか、アンミはお店で出す料理を作りたくて、健介や店長がお店で出す料理を知ってるなら、二人に聞けばすぐ分かることよ?」


「まあそうなんだけど?ああ健ちゃんかあ。ねえ僕はなんかできることある?」


「…………。…………。そうね……。忙しく仕事をしてるふりとかを、してたら良いと思うわ」


「…………。ん、えっ?あっ、任せてよ。ベテランだよ」


 あからさまな厄介払いを受けて、店長は狭いキッチン周辺をうろちょろし始める。監督業務のつもりなのか点検作業のつもりなのか、とにかくうろちょろしていれば忙しそうに見えるだろうと思っているようだった。


「よし、安全っ。どう?」


「どう……、と言われても。じゃあアンミ、引き続き任せても大丈夫か?まあ分からないこととかもしあったら……、俺でも店長でも聞いてくれ」


「すごい楽しみだ。なんだ本当に料理できるとか正直思ってなかったのだ。健介はまったく……、すごいできると先に言ってくれないと危うく恥をかくとこだっただろ。普通料理ができるというのは米を炊ける水準のことをいうのだが?だって、み……。…………。」


「あ、陽太こんにちは」


「わあやっほー。どうすれば良いのだ。米の炊き方を教えてあげておにぎりを作って貰う予定だったのだが、今それを言い出すとすごい馬鹿にされそうだな。アンミちゃんちなみに聞くのだが料理レベルはどのくらいなのだ?おにぎりは一分で何個作ることができるのだ?」


「一分?一分で?一分だと多分無理?」


「…………。そうか、そうなのか。そうだったのか。適当に多めに言っとけばプライドが保てるかと思ったのだが、……もうなんか、何を言っても負け惜しみになってしまうな。ただ……、例えば三分くらいで十人前の料理を作れという勝負だったとするだろ?そしたらアンミちゃんは料理の準備で三分くらい掛かって途中だろ?そしたら俺は十人前を用意できるのだが?お湯さえあればできるのだが?」


「三分で?私三人分でも一時間くらい掛かる」


「いや、アンミ……、陽太のはカップ麺の話だ。同じ題目だったら誰でも三分で同じものができる」


「じゃあ私はレタスを素手で毟り取ってサラダの一品と言い張るわ。二秒で一人分用意できるから三分あれば九十人前でしょう?床に散らばった破片とかも含めたらちょうど百人前はできるわ」


「豪快な料理だな……。やはり、ああ……、速さに比例して愛情がないな。床のその、十人分は特に愛情がないな。カップ麺を作ることを料理とはいわない。レタスの葉を毟る速さは料理の技術の中で重要な部分じゃない。じっくり料理してくれれば良いんだ。変にタイムトライアルで勝負するよりそっちの方がきっと何倍も美味い料理ができる」


「健介は料理できない癖にたまにこういう正論言うからな。なんなのだ?料理できない癖に」


「お前よりはできるだろう。とにかく邪魔してても仕方ないから俺たちは戻ろう、良いな、陽太?店長、良いですか?」


「良いけどさあ……。なんか役に立てないのが残念でならない感じ。分かってくれる?この感じ」


「分かるわ、同じ気持ちよ。どうやっても役立たせられなくて残念な感じと多分同じだと思うわ」


「店長は意外と役に立ってるんだ、色々と……」


「今日の料理のことだけ言ってるのよ。今日はさすがに私とアンミで料理しましょう。その色々をしてたら良いし、今日はともかく今後必要になったらその時に手伝ってくれたら良いでしょう?」


「店長はマスコットキャラだからな。実際の戦闘シーンになると全然役に立たない柔らかそうな動物が大抵漫画の中にはいるのだがきっと多分、そういうのに近いな。店長は、看板おっさん……、看板娘の、おっさん、バージョンなのだが……ぶっぶふぅ、看板おっさんをやると良いのだ」


「まあ僕の手伝えなさはともかく、陽ちゃんには言われたくない感じだよ。……健ちゃんいて助かるよ、ほんとにもう。陽ちゃん見てないだけで僕は僕で色々やってんの。さあほら邪魔になっちゃうでしょ。もうっほらっ。……あ、どう?……今、野次馬を追い払ってる店長?ミーシーちゃん見た?店長の役割だった?」


「……店長だったわ。あなたの店長としての振る舞いは実に見事で、全国の店長から称賛されるべきものでした。よって、店長オブザイヤーとしての名誉と店長大臣の爵位みたいなのを与えましょう。今後の研鑽とかまあそういうのを期待するからそっち行っててちょうだい。今日はもう私とアンミで料理すると言ってるでしょう」


 別に睨んでもいないし、声も穏やかに言うからトゲがあるようにも聞こえないが……、言い回しがもう少しどうにかならないものか。店長は『あっち行けのニュアンス』どころか、真正面から『あっち行け』と言われている。


「いやあすみませんね。ウチの子、敬語とか使えないんですよ」


 おっさんはフォローのつもりなのかそんなことを言った。


「ああ僕もあんまり使えなくてさ。漁師さんとか敬語使わないでしょ?そういう似合わない感じなんだよね。健ちゃん良いよねえ、ビシッとさ、大人なふうな敬語使っちゃって」


「……皮肉に聞こえますけどね。もはや一応職場だからと敬語を使ってるだけで、……ふと気を抜くとあんまり使えてないんですよ、実は。そして、ミーシーはあれで……、あれが普通だから敬語使われても逆に怖いが、敬語かどうかの問題じゃなく内容というか精神のあり方がああいう感じで……。まあ、店長は元から親しみやすいキャラクターだから、きっとそういう空気に甘えてしまう時なんかがあったりするんですよ、多分、そういうことです。元から店長も気にしてないと思ってますけど」


「店長のこと間違って『お父さん』とか言いそうになるものな」


「それはないな。それはちょっと恥ずかしいな」


「ええぇ。僕もちょっと恥ずかしいねそれは。お父さんって言われて『え、何?』って返事したら、『何で返事してるの?』みたいになっちゃうよ。でもなあ、正直アンミちゃんとかミーシーちゃんに言われる分には全然アリだよね。みんなから『何返事してんの』って思われてもそこまで損した気になんないよ」


「はあ、お父さんねぇ」、と、ハジメが一人呟いたのを、店長は聞き逃さなかった。目を見開いて「はいっ、何ぃ?」キュッと足を止め、機敏に首を回してハジメを見る。


 多分、……多分だが、『お父さんと呼ばれたことにして』、『返事をしたかった』んだと思う。時折、店長が一体何を求めているのかはいまいち分からんことがある。『何?』と聞かれても『逆に一体お前が何?』としか返しようがない場面だったが、ハジメはびくりと肩を上げ自分の唇辺りを指さしぎこちない笑顔を浮かべた。半笑いとでもいうのか、口もとだけが歪んで頬は引きつっている。


「えっ?あた……、あたし?」


「いやあ、今お父さん気分味わっちゃった。やだなあ、お父さんじゃないけどね。店長なんだけどさ」


「セークハラっ、セークハラっ、おーいセクハラ魔がいるのだがっ、みんなで石投げようぜっ」


「せ、セクハラじゃないよっ、出来心だよっ」


「ナナどうしたらかなー。陽太お兄ちゃんは陽太お兄ちゃんお兄ちゃんつけて呼ぶでしょー?ナナ、店長は店長お父さんって呼ぶのが普通か分からないしね」


「陽太お兄ちゃんは陽太お兄ちゃんだから普通にオーケーなのだが、店長は『おじちゃん』とかだろうな。『おじちゃん店長』というのは『子供店長』に対抗してる感じがして、はっ、なんか乗っかろうとして上手くいってない哀愁みたいなのがあるな」


「ちょっとちょっと。もういいよ、店長で。ナナちゃんも気を使わずに、『店長さん』とか、そういうので良いよ。あんまり下手なこと言うとセクハラ扱いされちゃうからさ」


 ここの辺り、特にハジメもどん引きしている様子なく多少詰まりながらも愛想笑いで店長のフォローに回った。「お父さんってほど歳食ってるように見えない」とかそういう微妙なフォローではあったが、別に店長も本気でお父さんとか呼ばせようとしてるわけじゃないだろう。


 なんとなくの談笑が続いて全員が席につき料理の出来上がりを待った。席についてまず店長が指を折りながら今日のゲストの名前を再確認し、「やっぱり一杯いるとすごく良いねえ」と微笑んだ。


「僕さあ、正直言うと、本気で料理パーフェクトな子が来てくれるとか思ってなかったよ。だって、……これ言ったの健ちゃんだっけ陽ちゃんだっけ?『本気で料理できる子は普通のちゃんとした働き口がある』とか、多分健ちゃんとか陽ちゃんとかが言っててさ、僕もう、ポンっ、ガッテン。だから健ちゃん陽ちゃんがぎりラインなのかなって思ってたんだよ。そしたらもう人海戦術しかないじゃない。人海戦術って使い方合ってる?」


 耳を澄ますと微かに聞こえる『包丁がまな板を叩く音』を、店長は興奮した様子で『料理の音がする!』などと表現した。続いてフライパンの油がジュウジュウ鳴ると一度目を閉じ思い耽った後、しばしば瞬きながら胸の内を語り始める。


 これはもう相当に感動しているようで、……俺はむしろ、店長が可哀相になった。今まで、良く考えると確かに可哀相だった。


「別に趣味でやってるだけだから大繁盛とかしなくていいんだけど、変に気取るつもりもないんだけど……、でもいざお客さんが来ちゃった時、一生懸命やっても無理だったじゃない?健ちゃんはお客さん来ないの分かってるのに僕と同じ時間に来て朝から晩まで掃除しちゃってさ。陽ちゃんは、……まあ陽ちゃんなりにってことなんだけど、新メニュー考えたりイベント考えたりしてくれちゃってさ。そしたら僕も趣味だからなんて、そんな言い訳できないじゃない。少しでもなんとかなればと思ってお店の家具をね、変えたりしてみたけど。今、ほら、料理の音がしてて、それで厳密にはお客さんじゃないけど、テーブルがこうやって埋まっててね、それできっと、『美味しかった』ってなるじゃない?今まであんまり健ちゃん陽ちゃん報われてなかったなあって思って」


「そうか……。店長苦労してたのだな。まあしかし、店長と俺の苦労もこうして報われることになったのだ」


「あと……、俺とな。一応お前が含まれるなら、俺も少しはな。まあまあ……。そんなしんみりするアレじゃないというか……。俺が朝から晩まで掃除してたのは単に朝から晩まで掃除しか……、その、することがなかったというだけのことで、別段こう、お客さんが来ることに備えてたわけでもなくて……」


 通常、店の問題点を把握している二人の従業員がもし本当に店のことをしっかりと考えているのなら、不器用なりにでも料理の勉強を開始するはずだが……、実際にはそうはならなかった。


 見て見ぬふりで問題を先送りし、清掃作業でお茶を濁していたに過ぎなかった、からこそ、俺はこの店が廃業だと知った時に後悔に打ちひしがれてどん底に沈んでいたわけだ。


 この状況は報われる報われないというより、単なるラッキーでしかない。俺の努力が実を結んだ結果というわけじゃない。結果オーライではあっても、俺の申し訳なさが綺麗に消えたりはしなかった。


 ふと気づくとテーブルの脇にはミーシーの姿があり、その両方の手に大きなトレイを一つずつ載せていた。右手側のトレイには重なったグラスとおそらく人数分の箸があり、それを店長の前へ差し出し「まずその阿呆ほど買ってあるお酒でも飲んでいなさい」と言った。


 続けて左のトレイに載せたサラダをテーブルの短辺の真ん中に置き、ミーシーの手の伸びる範囲でこちらへと押しやった。


「『俺も手伝う』とか『運ぶ』とか言い出しそうな人に先に言っておくわ。手伝いは必要な時に呼ぶからいちいち気の利いた断り文句を考えさせないでちょうだい、というのと、料理はできたら順番にここに置いていくからもう勝手に食べ始めてくれて良いわ。はい、いただきます」


 唐突といえば唐突で、有無を言わさぬ号令だった。店長は慌ててグラスと箸を周りに配り、大胸筋を鍛えるアイソメトリックトレーニングのように固く両手を合わせて再びミーシーを見る。


「「いたっ、いただ、いただきまあす」」


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