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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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八話⑬


 あれやこれやの言い争いが一旦収まった後も神経衰弱を続け、順調に時間が過ぎていく。


 アンミとおっさんはあんまり欲がないのか覚える気がないのか、たまたま直前に見たカードだけを手元に貯めていく。ミーシーとハジメは基本言い争いを続けていて、片方が当てると「鼻くそつけて目印にしていた」だの「あたしの番でも当ててたバーカ」だの、片方が外せば「残念でした、こっちー」とか、「鼻くそが切れたんでしょう」とか、そんな感じで盛り上がっていた。


 本人が楽しいなら良いが、よくそんな言い争いをしながら配置を覚えてられるものだ。そして、この場で俺が一番驚いたのは、ナナがどうやら、本気で神経衰弱が得意、という点だった。


「よく覚えてたな」、「すごいな」と純粋に感心してナナと平和にやり取りして、ゲームを進める。十回かそこらも神経衰弱を繰り返していて、だがメンバーの誰一人神経が衰弱している様子はなかった。


 ……意外と飽きない。というのは例えば、ザブンゆらゆら、ザブンゆらゆら、海辺で波間を待つような、一定に保たれた穏やかなリズムが俺の呼吸を整えてくれているような、そういう飽きなさ、なんだろう。


 別に特段面白く大波が荒れ狂うわけでもなく、ザブンゆらゆら、ザブンゆらゆら。まあ、ザブンの部分はハジメとミーシーで間違いないが、ゆらゆらと引いていくのはアンミとナナと、もしくはおっさんの醸す空気の加減なのかも知れない。


 小さく喜んで控えめな笑顔を浮かべて、そしてそれを大切そうに柔らかく包むというこの所作はおそらくアンミとナナ特有のもので、おっさんがそれを優しく誉めたりなんてするものだから、俺までほんのり嬉しくなる。


 気づけばいつの間にか十時半を回っていて、おっさんから「土産を見繕う時間もあるからそろそろ出掛けようか」と声が出た。ナナがせっせと全員のカードを集めて片付け、列を作って家を出た。


 俺は全員が家を出たタイミングで玄関の鍵を掛け、一番後ろについて歩き始めた。そして五分後くらいに、……よくよく考えると確かにそうだったが、ハジメは全く事情を飲み込まないまま外出についてきていて、しきりに首を傾げ出し、「そういえば何処行くの?」と俺たちに聞いた。


「うーんとだな。説明すんのが、ああちょっと面倒な……、健介ターッチ、俺はよく考えたらお前から何の説明も受けてないだろ。こういうのはホストが段取りとか説明してくれんと困るよなー、ナナ」


「すごく自然に歩いてるから今まで気づかんかったが、その顔は……、アンミも聞いてないのか?そしてナナもよく分からんけどとりあえずついていってみた、という顔をしてるな。俺がアルバイトをしてる店が、アンミとミーシーに調理のヘルプを頼んだ。そして今日の朝店長から電話が掛かってきて、歓迎会みたいなものをやろうということになった。大体そういうことだ。で、俺はいらんと思ってるが、おっさんが土産を買うということで俺は今それについていってる」


「えぇ……」


「土産つっても酒だからな。ハンカチハナカミ持参的な、大人のマナーというもんだ」


「それってあたしら完全に余所者なのに知らん人に混ざって昼食べるってこと?邪魔じゃない?」


「邪魔するかも知れん。店長と陽太だと邪魔してくるかも知れん。悪気とかはないんだ。お前は分かってるはずだが、冷蔵庫ほとんど空だったろう?お前がどうしても嫌なら昼飯はどっかコンビニで買うしかない。向こうは、というか俺も一応向こう側に入るんだろうが、厚意というか、そういうので場を提供してくれることになったわけだし……、多少は我慢してくれ」


「いや、いやいや、あたしらがってことよ?ぇと、いちにさんし、六人もいるし、で……、しかも急じゃない?行ったら邪魔でしょ」


「そう気を使うな。連絡はしてる。店長は人が増えて喜んでたし、堅苦しいところじゃなくて店長が趣味でやってる店だ。食材は店長が用意してくれるわけだが、……ああそうだ。結局その、アンミに料理して貰うことにはなると思うんだ。アンミに料理をお願いしようと思ってる。なんかそれは急ですまんが、今日はちょっと大変かも知れない。調理場入るのも初めてだから色々分からんかも知れんが……」


「私がいるでしょう。ナニをアレコレしてどうこうというのは私がいるからアンミが心配することないし、健介がわざわざ解説するような幕じゃないわ」


「ミーシー、手伝ってくれるの?うん、私は全然良い」


「じゃあ。で、俺も本来アンミに対してちょっと遠慮しろというところかも知れんが、初めて行く店でハジメが遠慮する気持ちも分からんじゃないが、……ここは甘えておこう。なんかタイミングがあればお手伝いとかをしよう」


「……?あんたみたいなのが他に何人かいるってことなの?てかその店長ってアンミとかミーシーに会って決めたわけ?そりゃアンミは料理できるんだろうけど」


 …………。確かに、店側の事情と店長のキャラクターを知らない場合、こういう疑問は当然出てくる。学歴詐称なんてご愛嬌に思えるレベルで異例の人事なんだとは思う。声をひそめてこういう常識的な質問をしてくる辺り、意外とハジメは空気を読む常識人なのかも知れない。ハジメは見るからに不安そうにアンミとミーシーを見て、考え込むように唇をつねっていた。


「……店長とは会ってないな。ただ、その、店長は、なんていうんだ?能力主義というか成果主義というか、あるいは人柄で採用するわけで、……あんまり細かいことは気にするな」


「まあいっか……。まあいいわ。アンミが昼御飯作って、あたしらそれ食べるだけだし。それよかこれ終わってからどうしよ。あんたまたトランプする?」


「するかも知れん。状況によってはまた駄々こねてトランプしたがるだろう。その時はお前も付き合ってやってくれ。基本、滅多に面白い予定もないし、忙しいこともないからな」


「そりゃ良いけど。あんた大学生なんでしょ?勉強が面白いとか勉強で忙しいとかないわけ?」


「少子化と不況が合わさるとな、二流以下の大学は勤勉な学生を生み出す機能を失う。そういうことだ。卒業するための最も合理的で効率的な方法はテストの前日までに頭を空にしてテストの時間までに過去問とそれっぽい用語を詰め込んで忘れない内にテストを受ける。翌日には次のテストがあるから書いた内容はその都度記憶から消さなくちゃならん。大学生はそうやって単位を取って卒業する」


「ふぅん、へぇー。……。あんたなんも身につかないじゃん。あんた大抵の時頭空じゃん」


「そうだな。……真顔で言うな。そうだな」


「じゃあさあ、好きなもんとかないの?植物とか詳しい?草とか花とか見て回ったりしなかった?」


 割とどうやら、話し掛けてくれるようだ。大学生、勉強、植物に繋がっての質問だと着地点はもっと別のどこかなのかも知れないが、そういえば草を育ててるという話もあったし、好きな花とかそういうことだろうか。


 オススメの花とかを教えてくれて、まあそれをプレゼントするとハジメは喜ぶということなのかも知れない。


「……ほとんど分からん。バラとキクとコスモスと……、アサガオ、アジサイ、ヒマワリなら知ってる。いつ咲くかとかそういうのは全然気にしたことがない。詳しいのか、お前は?」


「ふふん、多分あたしの方が詳しい。あと、チューリップとかも知ってる。てか、それは誰でも知ってるやつでしょ。あんたさあ、信じないかも知んないけどさあ、あたしすっごい発見したのよ、割と最近、今年の夏」


「ほお。発見?そうか。今年に夏に」


「聞きたい?」


 聞きたいかを聞かれたわけだが、どちらかというとハジメ本人がすごく話したがっているように見えた。それまで割と聞き流していた部分もあったが、こう意気込んで信じがたいすっごい発見を話すというのなら、まあ俺もそれなりに身を入れて聞き役をしなくてはならん。興味がないわけでもない。


「何だろうな。一周回って聞きたくなった。本当にすごい発見なのかは置いといて、お前が何をもってすごいとしているのかという思考回路はすごい気になってる」


「ま、教えてあげましょ。あんた虫ってどうやって生まれるか知ってる?」


「虫が?どうやって生まれる?……ごめんな、まず言ってる意味が分からん」


「いや、卵から生まれるでしょ?卵から幼虫が生まれるみたいな、そういう常識みたいなのあるでしょ?あんたそこまで勉強分かんないの?」


 話の腰を折られたことでか少し怒ったように馬鹿にされた。常識的なクイズや試験であれば答えを一つに絞れない出題ミスの扱いになりそうなものだが、ハジメとの会話では俺が気を回さなくてはならない部分なんだろう。そういった意味では割と難問ではある。


「ん、ああ、卵から虫が……、まあ、そうだろうな」


「けどね、あたし、見ちゃった……。あんたとか見てないから信じないかも知んないけど、…………」


 ここでハジメはその発見時のことを思い出すためか目をぎゅっと瞑って呼吸をくっと数秒溜め、ぱっとこちらを見て、「虫が生えてたのよ」と、言った。


「……虫が、生えてた。虫が生えてたことあんのよ。地面から……」


「…………それは虫が地面から出てきた、…………だけじゃないのか。…………いや」


 俺はその、ハジメのまっすぐな視線に困惑して少し目を逸らして、考え込むふりをして首を反対方向へ傾けた。『もしそうならすごい発見だなあ』、というような内容を俺は、棒読みにならずに言えるだろうか。


 いや、……生えてたってなんだろう。


「ハジメが家中走り回ってわざわざ私たち全員呼び出したわ。虫が生えてるーとか大声で叫んでたのよ」


「いや、生えてたのよ、あの時は。生えてたんだけど、あんたらがさっさと来ないから取れちゃったんでしょうが」


「まあ、地面から飛び出たひげ根みたいなのの上にガガンボが止まってたわ」


「ちが……、違うんだって……。ホントにその虫のお尻の部分がその根っこみたいなのと繋がってて、足とかだけ動いてたの、本当に。だから虫がなってて、普通卵から生まれるやつがよ?覆るでしょ、常識が。あんたもノーベル賞だって思うでしょ?」


「ノーベル賞か……。分かった、ノーベル賞だな。のーべるむしが生えてたで賞をやろう。……これからもこう、新たな発見とかを期待する」


「バッカにしてっ。後から悔しがっても遅いかんね。あっ、特許、特許だから。これ、あたしの特許。信じてないなら真似しないでくれる?知的財産権だから」


「どこら辺が知的なのか、店着いたら鏡見てよく考えてみなさい」


「テレビとかでやって世界の常識になっても、特許取ったからあんた真似できないー。虫生えない説、一人で唱えてれば?」


「現状、ハジメが一人で虫生える説を唱えてて相当孤独でしょうが……。マジキチトンデモ説を唱えてるせいもあって発信元がハジメというだけでなんか信憑性ないでしょう」


「くっそ、人のことウソップ童話みたいに言って……」


 随所に、誤り箇所が見られて、ツッコミが追いつかない。というより、ボケのつもりなのか単なる間違いなのかが判別できない。


 例えばこう、あからさまにツッコミ待ちなら俺も空気に合わせて訂正を入れたいところだったが、なんだろう……。魚釣りをしていて、……釣り針に食いつかず、垂らした釣り糸に絡まってもがいている魚をなんだか可哀相で竿を振って逃がしてやるみたいな、そんな心境にはなった。


 イソップ寓話の、オオカミ少年のことかな、ウソップというのは。まあ、言いたいことが分からないというわけでもない。


「てーか、仮にもしも虫が生えてたのがなんかの間違いだったとして、あんただって昔松ぼっくりみたいなの拾ってきて『頭だけしか残ってなかったけどー、すごいでかいツクシがあるわー』ってバッカみたいなこと言ってたでしょ」


「あれはハジメを騙そうとしたのよ。可哀相なハジメはその後一生懸命探して、『茎は確か食べるところだから、もう誰か取っちゃったのよ。頭は一杯あるけど……』…………って。正直、悪かったと思ってるわ。思ってたほど面白くなくて、笑うタイミング逃して今まで言い出せなかっただけなのよ」


「……こいつ、この。あたしわざわざ他に生えてるとこないかみんなに聞きにいってやったのに」


「でも誰もそれを『ツクシじゃない』とは言い出せなかったでしょう?お父さんくらいでしょう、ネタバレするのは」


「……はぁん、まあはっきりしたんじゃない。ミーシーとあたしどっちが悪いと思う?あんたは」


 ミーシーの意地が悪くて……、ハジメの頭が悪い……、のかな。そりゃ巧妙に騙そうとするだろうが、ネタ明かしされるまで信じていたならさすがにハジメが純粋過ぎる。松ぼっくりをでかいツクシの頭と勘違いするもんなんだろうか。


「事の発端はどうあれ、そのでかいツクシをミーシーのために探してやって、わざわざ聞いて回っても成果が得られなくて……、で、最終的にそれがツクシじゃないのが分かったわけだが、ミーシーをがっかりさせまいと実はツクシじゃなかったことも明かさなかったという、そういうエピソードなんだよな、きっと。それが今こんな話になるということは」


「そういう取り方もできるけど、ハジメが単にでかいツクシに興味津々だっただけでしょう。目茶苦茶はしゃいで探しにいったものだから後々それが恥ずかしくなったのよ」


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