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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
121/289

七話⑬


「もしもし、俺だ。高橋健介だ……」


「はい、あれ。健介ですか?またしても、番号が変わっている。どういう……。ああ、それは良いのですが、何か用事でしょうか?」


「大した用事じゃないんだが……、今大丈夫か?」


「健介はもしかすると番号をわざわざ変えて電話している?今は忙しい分類には入るので、もしも用事を伝えるのに二時間以上掛かりそうなら夜中に電話してくれた方が都合が良かったりはします」


「二時間は掛からない。多分ちょっとの間はこの番号を使うことにはなるだろうから、一応覚えておいてくれた方が良いが……。用事はな、『はい』か『いいえ』ですぐに済む」


「はい。ああ、いいえ?用事が何か先に言ってくれないとそれまで迂闊にはいもいいえも言えない。何が聞きたくて僕に電話でしょうか?」


「俺のバイト先が潰れた、というのは知ってるよな。あと、陽太から聞いてると思うんだが、その店がまた再開することになった。で、もし良かったら……、いや、俺と陽太は来て欲しいなと思ってる」


「…………。それは『はい』か『いいえ』で答えられる質問ではありません」


 その通りだった。俺はそこまで時間を掛けて説得するつもりはなくて、ミナコの意思を最優先に尊重するつもりでいたのに、結局はミナコが断りづらくなりそうな言葉を探した。


 ミナコはそれにどう返事するべきか悩んで沈黙して、困ったような声を出す。


「すまん。店に来てくれないか、という質問だ。単にそれだけのことだ」


「…………。客としても行かないし、バイトでというのなら余計に行きません、と、僕は前にも言いました。健介はそれを忘れているのでしょうか」


「前にもそれを聞いた。客として行かないのは当時納得したし、バイトに関しても諦めた。ただ、それはな……。料理が美味しくないから、客として来ないわけだろう?バイトは、何やらお前が労働向きじゃないというふうに言うから……、だが、別にそれは、そういう問題じゃないんだ。俺の知り合いで料理を担当する女の子が新しく入ってくれる。どうだ?味は良くなるはずだ。お前に料理をしてくれと言っているわけじゃない。なんなら料理を教えて貰える。上手な子だぞ?変な癖がつくと嫌だと言ってただろう?」


「これも前に言いましたが、憧れの料理長に教えて貰う予定がありますので、それまでは料理をするつもりはありません」


「ああ、……そういうふうに言ってたな。俺と陽太がお前に来てくれというのは、その方が……、楽しいからであって、お前に不向きな労働を強要しようとしてるわけじゃない。だから……」


「いいえ、いいえ。僕は別に健介と陽太が嫌いで断っているわけではない。楽しくないと思っているわけではない。それくらいは健介は分かっていると思っていた。それでも行かないと言っていることを健介が分かっているつもりでこちらも話していた。僕がやりたくないというのはですね……、ええと」


「だから、それは、掃除でも伝票処理でも店長の発注の手助けでも、好きな仕事をしてくれたら良い。何ができないといっても、何かしらできることはあるだろう」


「…………。話を聞いてください。何が嫌で何が苦手で何ができないとか、そういうことであれば、僕は我慢したり努力したり助けて貰ったりできます。でも、不可能な要求を困ったように言われても無理と言うしかない。そして更に今忙しいということを健介には伝えています。もはや、それは法則的に不可能な状態にあります」


「じゃあ、その忙しくない時には来てくれるのか?」


「忙しくなくなる頃にはもしかしたら行けるかも知れない。けれども、それはいつになるか分からないし、何かしら失敗によって忙しくなくなるだけかも知れない。だから、安易に約束することはできません。とにかく今は無理、このままではいつまで経っても無理。健介と陽太の頼みでも無理。神様が土下座しても答えはノーである……」


「神様に土下座させるほどの大事じゃないが……、ああ、そうか。悪かった。嫌なら嫌で良い。俺はお前が嫌がってるのに強引にやらせたいわけじゃない」


「嫌がる、ということじゃなく、ただ、現在、僕も事情が事情ですので、これの優先度は譲れません。それさえ済んでいるなら誘ってくれるのはとても嬉しいことです。頼って貰えるのなら、頑張りたいとは思います。でも、済んでいないので、それは他のことでお願いします。健介や陽太が個人的に何かお願いするのなら、できる限り手伝ってあげるつもりではいます。今しばらく時間はありませんが、時間さえあって、遊びにいくというなら、僕は喜んでそれについていく。やってあげたい気持ちだけはある。そんな最初から嫌だということじゃなくて、条件がクリアできてない状況では僕はやりたくてもできません。結局それは僕が悪いのですが、けれども、気持ちだけはあります……」


「分かった。俺が知りたかったのはやる気だったりしないか、と、いうことだけだ。そして、別に今すぐということでもない。来てくれればいつでも歓迎する。それは別にお前が忙しくなくなった後でも良いし、気が変わったりした後でも良い。今絶対やらないって結論を聞きたかったわけじゃない。やりたい時にやると言ってくれたらそれで良い。じゃあ、また、もしやりたくなったら教えてくれ」


「え……っ?あれ、引き下がりますか?」


「は?お前が今は無理だと言うからだろう」


「ぁぃぇ……、そうぃ……、うことではなくて、無理なのは無理だけれども、なんかこちらが断ることにはなるので……。ちなみに陽太からも同じ内容で電話が掛かってきました。そちらも断った。そしたら……、こちらが?断ったので……。抱き枕を……、交換条件だということで……、消されました、けども……」


「だから、何か?俺がまるで極悪人のように、お前が断ることに対して責めたり何かしら交換条件を提示するはずだと言いたいのか?んな……、言葉に詰まるな。陽太はあれだろう。つい昨日までは抱き枕作る気満々だったから……、ちょっと失敗しちゃったんだろう。それか時間が掛かりそうだからとかで延期の申し入れだ、多分」


「健介は……、もう、あれです。交換条件とか、おかしくありませんか……、一個しかない、こっちがまだ提示してない罰ゲームとか、僕が無理なのは仕方がないのに僕が悪いと……、これは健介も内心ではそう思っているのでは?」


「いやいや、陽太も言葉のあやでそうなっただけだ。さすがにあいつも文句を言いたいわけじゃないだろう。単にお前を店に誘おうとしたというだけで。……というか、抱き枕そんな楽しみだったか?逆にそんな楽しみにされてて陽太はプレッシャーだったりしないか?」


「あっ……、そうか。抱き枕はそもそもそんなに期待はしていなかった。変なのができてくるだろうなあとは思っていた。であれば、何かすごく悲しい気がしたけども、よく考えたらそこまでのことではない。今度もう一回僕がゲームに勝てば済むことだ。あるいは自分で抱き枕を探してみれば済むことだ。なるほど……。安心、安心。安心である。ところで、健介。先程のアルバイトの話の中で気に掛かったことがありますが……。健介は僕と陽太以外に友達がいなかったと記憶しているのに、女の子が?料理担当のアルバイトをしているという。名前は聞いても分からないと思うのですが、どういう経緯でそうなりますか?」


「友達が……、いないだと。言わせて貰うが、それはお前が人見知りなせいもあるだろう。小中高大一緒の奴だっている。まあそういう奴に限って仲良かったりもしないけどな。ちょっと前まではお前も陽太も割と好き勝手に俺のスケジュールをいじってただろう」


「…………。今、スケジュールをいじっていないから友達ができてしまった、のか。まあ、それは仕方ないかも知れない。もしもその子が辞めたらその時はまた僕は必要になりますか?ちなみにその子より暗算は速いと思います。一回読めばメニューもレシピも全て完璧に覚えます。あと、単純作業が好きです。ご飯粒とか飽きずに数えることができます」


「お前とも仲良くなれると思う。お前のポリシーが変わって料理したくなったら、いくらでも料理を教えてくれると思う。辞めたらとか不吉なこと言わないで、さっさとお前の忙しいのとやら終わらせてくれ。お前が来てくれるのを楽しみにしておくから」


「……?ん、……?やること終わりましたら、そうですね。あと、とりあえず、また、今度健介にも電話をする。この電話番号で良いならこちらに電話をする。緊急の時は夜中でも良い?でしょうか?前にはダメだと言われましたが、しかし緊急事態なら仕方ないと思います」


「ああ、……そう、だな。夜十一時以降でも。なあ、……お前の方は、見通しは立ってるか?大体でも構わないんだが、いつまでくらい忙しいのかとか」


「……そうですね。新製品の発売日は大抵来年ということになっていますが、十年経っても来年が訪れない製品というのは山ほどあります。来年のことを言うと鬼が笑います。鬼も、ですので、新製品の開発事情というのをよく分かっている。いつまでというのは中々難しいものです」


「そうか。ゆっくりできる日が早くくると良いな」


「はい、ではまた」


 短い挨拶の語尾に続くようにピィと電子音らしきものが鳴って通話は終わった。こちらが挨拶を返す数秒もなく切れた。


 結局俺は自重せず食い下がったな。食い下がれば渋々了承してくれるかも知れないなんてことをどこかで考えていた。陽太はそれがこじれて交換条件だなんだと言い出したのかも知れん。


 そして、それが更にこじれておそらく誤解が生まれているようではあった。『抱き枕一生懸命良いものを作ってやるから、是非バイトに来て欲しいのだ』とか、そういうことを陽太が言って、『でも、それは無理なので、僕は抱き枕が貰えない』というミナコの被害妄想に繋がった、……可能性は高い。


 陽太は抱き枕を作るつもりだろうし、出来はともかく、それは一生懸命に作られたものに違いない。念のため、今度会ったら陽太に確認はするとして、全くミナコは……、そんなことで拗ねてしまうか……。


 拗ねることなど珍しいだけに、そうして困ったような声だけは、俺の中にいくつも鮮やかに残っている。


 大抵、どうでもいいことで困っている。どうせ今回も陽太は抱き枕を作るだろう。どうしてそんなことも分からないのか。陽太がどうしてミナコをアルバイトに誘っていると思ってるのか。どうして食い下がると思うのか。


 結局ミナコはそういう内面的な部分について、あんまり深くは考えていないんだろうな。この、アルバイト勧誘報復騒動もまた、俺は夢に見るんだろうか。


 ミナコの夢を見ることなどこれまで多かっただろうか。どうしてか、でも……、俺は心のどこかに、ミナコの夢を見る理由を抱えているんだろう。夢で見たはずだ。


 ぼんやりとただし、かなり深くまでの心情を伴って、昨日の夜にも、いくつも映像を見たはずだ。


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