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AM ‐ アンミとミーシー ‐  作者: きそくななつそ
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七話③


 よくよく考えてみれば、当時ミーコは昏睡している俺と訳ありの二人の側にいたわけだが……、ミーコがそもそも人語を理解するようになったのは俺たちが出会ってから……、二日目のことになる。


 だからそれまでのことはせいぜい猫に分かる範囲でしか物事を理解していない。それに加えて、たしなめられた。


 もしも聞いてて覚えていて理解していたとしても、やはり相手からの相談を待つべきだと。ミーコが知っていることの内、言うべきことがあるならそれは言うから心配するなと。


 仮にミーコが二人の事情を把握していれば、俺に伝えられていておかしくない事態だとは思う、が、そうなるとミーコもまだほとんど何も知らない、という結論にはなりそうだ。


「ああ、そうか。ありがとう。お前はもしかして諜報活動ができるかも知れないと思っていた。まあ、そうだな……。本当に俺が一向に相談を受けなくて信用を得られなくて、それでもヤバイと思った時は猫の手を借りることにもなるかも分からん。お前はマスコットキャラだし、聞き上手だし……。なんなら俺より先に信頼を勝ち取って相談を受けるかも分からん」


「今のところは一応問題なさそうかなとは思ってるニャ。二人とも落ち着いて生活してるみたいだから……、健介もゆったり構えてあんまり心配し過ぎないことニャ。じゃ、行ってきますニャ」


「ああいってらっしゃい」


 さあそれはどうなんだろうか。二人とも安定しているのはその通りだし、バイトをするだのなんだのの見通しまで立っている。


 ただ、俺には俺なりの不安材料があって……、俺なりに行動できるようになってしまった。


 まずは早朝に見た夢が俺の不安を煽った。途中で目を覚ましたんだろう、その先に何か無視できないヤバイことが起きそうな予感だけが残っている。それはもう俺が早起きをできるくらいの予感だったわけだ。


 あと、携帯電話の電話帳登録なんかはもうあれ自体がヤバイ。あれに関しては俺が根拠もなく不安を抱いて夢に見たわけじゃなく、完全に実在している。


 ミーコが出て行ってからしばらく待ち、部屋に鍵を掛けた。


 密室だ。……密室であるから、仮にミーシーがこの中を予知しようとしても予知できない。これで問題ない。深呼吸を何度か済ませてみたところで、結局その後に続く呼吸は浅かった。


 俺は黒い女と話すことを怖がっている。だが、ミーコが散歩に出掛けた今この瞬間は、黒い女と話す数少ない機会ではあるだろう。


 携帯をごそごそ取り出し電源を入れ認証を済ませ、心を落ち着かせるために少し操作してみると……、またいくらかしょうもない嫌がらせのようなものを発見してしまう。


 電話帳に登録された個々の施設には、一文から二文程度の説明書きが入力されていた。本来個人のプロフィールを入力する部分なんだろうが、『三年前、ここで六カ月アルバイトをしていた』とか、『小学生三年生まで、ここへ週二日通っていた』とか……。携帯大好きな女子高生だってこんなマメなことはしない。


 何の意味があるんだ、これは……。ダメだ、操作する気力すら失せるほど気持ち悪くなってくる。もう、さっさと電話して見極めをつけた方が良い。


 大きく息を吸って、友人その1へ発信を選んだ。……だが、出るかな?出なかったらやっぱり今日は諦めてまた隠すことにしよう。


「もしもし」


「…………」


 ……繋がってしまったか。この声は黒い女本人で間違いない。


「もしもし?」


「ああ、高橋だが……、えぇと……。その……」


「あら?どちら様かしら。私のお知り合い?高橋と言われても誰のことか分からないわ」


「なんだ、どういうことだ、市倉絵里だろう」


「うふふ、……ええ、私のことを知っているの、健介君?はじめましてかと思った」


「ギャグで言ってるのか?俺は昨日がはじめましてだったかもな。だがお前はもう、昨日、俺と会った時点であらかた調べ上げてたわけだろう」


「覚えていてくれてたなら良かった。どうかしたの、健介君?昨日の今日で電話貰うと思っていなかったけど、何か聞き忘れたことでもあったの?」


「聞き忘れというわけじゃないが、まずこの気持ち悪いにもほどがある携帯電話をどうすりゃ良いか決めかねてる。もう返事次第ではすぐ捨てるということを前提に、聞きたいことはある」


「聞きたいことがあるのね?健介君は。それは良いけど、私の返事がどうであっても携帯電話は捨てないで欲しいわ。どこが気持ち悪いのか教えてちょうだい。まずそこを話し合って解決しましょう」


 どこが?という声は極めて平坦で苦笑の一つもなさそうだった。まさか本当に親切心で俺のプロフィールを登録してやったつもりでいたりするんだろうか。


 仮に携帯ショップの店員が犯人だったとしてもおぞましい恐怖体験のサービスに違いないのに、敵の組織の裏切り者が俺を襲った後に手渡したアイテムにこんな呪いが掛けられていて、どこが?気持ち悪い?


「これはもう、悪意の塊だろう。俺に関わる情報を羅列してお前の個人情報など丸裸だと恐怖心を煽った。それ以外に何の目的があってあんなふうに電話帳を埋める必要があるんだ。俺が登録する手間を省けてありがたがるとでも思ってたのか?」


「別に、恐怖心を煽るような目的でそんなことをしたわけじゃないわ。でもそうして備えてあれば、健介君がわざわざ電話帳を埋める手間は省けたでしょう?もしかすると必要になるかも知れないし、その時にはありがたく思うものかも知れないわ」


「必要になればな……。ほとんどの場所へ連絡する予定などない。せいぜい役に立つのは自宅くらいのものだ。それとも俺が自分の経歴眺めて懐かしむとでも思ったか?完全に迷惑だ。単に俺はこれでもかというくらいビビっていた」


「そう……。けれどそこは我慢してちょうだい」


 俺の恐怖心というのが多分全然伝わってないんだろうな。


 ちょっと肌寒いとかそういうレベルの相談だと思われている。俺自身はまさかそんな流され方をするなんて考えてもみなかった。


『ちょっと驚かせてやろうと思った』とか、『これくらいのことは簡単にできるぞ』とそんなふうに返ってくるであろう返事が、まさかそんな……、俺が大げさだとでも言いたげに我慢を促された。


「……挙げ句に、電話帳は友人その1とか、こういっちゃなんだがバレバレなカモフラージュをしでかしてた。こんなもの部屋に置いておいてミーシーに見つかったら今回のことが露顕しかねない」


「友人その1というのは最初に見た時に健介君が分かるようにしただけよ。健介君がそんなにすぐその携帯が見つかるようにしてるとは思っていないし、心配しなくてもしばらくしたら友人その1というのは自動で名前が変わるようにしておいた。他に登録されている電話帳に混ざるようにそれらしいものに変わるはずよ。電話帳は、追加登録はできるけど、他は消せないようにしてあるから、混ざってしまえば健介君か、健介君とよほど親しい人しか分からない」


「消せない?……変わるって、なに、どういうことだ?」


「何か登録されている情報に間違いがあるなら言って貰えれば助かるけれど、とりあえずその電話帳の友人その1はしばらくしたら……、ええと、ちゃんと実在はしているけど、健介君とは関わりがなかった場所の名前に変わる。実際に電話を掛けてもその施設の番号が表示される。電話帳の新規登録はできるから、健介君のお友達の電話番号も登録をしておくと良いと思うわ。そうしておけばぱっと見て少し操作しただけでは特におかしなところも見つからないでしょう」


「な、なんだその、不気味な機能は……。電話帳登録の?今この電話番号が俺の知らない施設の名前に勝手に変わるのか?で、他は消せない?追加はできるがこのどうでもいい俺の経歴は消せないのか?」


「消せないわ。不都合はある?」


 あるとは思うんだが、『我慢してちょうだい』で済まされてしまいそうだ。


 元々の俺が度を越した几帳面な性格であるなら、特に違和感はないのかも知れんが、見る人が見れば俺がこんなことをしてるのを不自然に感じないわけがない。


「じゃあ、編集はできるか?その、既に登録されている施設の、紹介文みたいなのを……」


「編集もできないようにしてある。何か間違っているなら教えてくれる?」


 間違った情報が、登録されているようには思えなかった。


 だがそうなると、……俺が追加で電話帳登録をする場合、新規分だけ紹介文なしということになる。自然な携帯電話を演出するために俺は頑張ってあんな文体で友人や施設を紹介しないとならないのか。


 黒い女の言いぶりからすると、登録済みの施設の紹介文を簡素なものに書き換えたり消したりという操作が禁止されている。


 何故わざわざそんなご丁寧に余分な機能を追加したのか、やはりこうして考えてみれば仮に脅しではないにせよ嫌がらせの一種には違いなかった。


「いや、……分かった。それはいいとしても、それとは別に、そもそも俺は携帯を持ってないことになってる。だから、俺は携帯を持っているだけで疑われる。これはもうどうしようもないことだ。だから、この携帯が無価値だと判断したら即捨てる。俺がミーシーに疑われないためにはそれが最善の手段だ」


 という大義名分のもと、捨てたい。


 それを抜きにしても捨てたい気持ちが完全になくなるとは思えないが、とにかく携帯を持っているという状況自体が不自然である以上、ミーシーに勘づかれずに長く持っていられる気はしない。その辺りで黒い女は引き下がってくれたりしないだろうか。


「携帯電話、壊れたの?健介君の名前で契約してる携帯電話が、少し前から通話してる形跡がなかったのだけど」


 そこまで調べるのか。


「壊れた……、らしい」


「要するに壊れたなりなくしたりなりしたのに携帯電話を持っているというのをミーシーちゃんに知られると不審がられるから捨ててしまいたい、ということで良い?けどダメよ、健介君。それは使わないにしても持っていて欲しいから渡している。それに健介君の家の固定電話を使って私とお話したい?そんなことはできないでしょう?普段はどう隠しておいてくれても良いけど、健介君が連絡を受け取っても構わないと思っている時は電源を入れておいてくれないと困るわ」


「いや、だからだな。これを持ってるだけで不審がられるわけだから、お前が困るかどうかとかは問題にならないし、連絡をする価値があるかどうかを質問して判断するために今電話している」


「ええ、そうね。じゃあまずはそこを話し合いましょう。健介君の携帯電話が壊れた時から、アンミちゃんミーシーちゃんと離れて、あなた一人である程度の時間どこかへ出掛けたことはある?なかったとして誰かお友達から携帯電話か、インターネットに繋がるコンピュータを借りられたりしない?」


「離れて行動してた時間はある、と、思う。昨日お前と会った時も二人とは別行動してた」


「……?そう、なら、実際その携帯電話で自宅に電話してミーシーちゃんと話しているわけだし、その別行動して私と会っていた時に手続きをしていたことにすれば良かったのではないの?」


「え?そりゃ、そう……、かも知れん?ただ、手続きして即日手渡しなんてことないだろう。しかもそれは手遅れだ。なんかなんとなく隠してたし、実は昨日から持ってましたというような出し方は難しい」


「なら、そちらに宅配便でもう一つ携帯電話を送ることにするわ。今健介君が使っている方は代替の貸出機かプリペイド式の携帯電話ということにして、契約書らしきものも入れておきましょう。あなたは昨日一人で出歩いている最中に携帯電話が使えないことを不便に思って……、商店街の代理店に立ち寄った。その場で簡単に書類を作っていくらか支払って、何でもいいけどプリペイド式の携帯電話か貸出機を受け取って、後日正式な契約書類と端末を郵送して貰うよう手配した、ここまででミーシーちゃんが不審に思うようなところはある?財布を取り上げられていたとか、利き手をひどくケガして文字が書けなかったとか」


「……財布は持ってたな、利き手も怪我してない。それはお前も知ってるだろう。時間はあったし、なおかつ……」


 昨日はミーシーが予知不全の状態だった。であれば、アンミやミーコ捜索中の俺の動きは不審に思われたりはしないのかも知れない。そうなると黒い女に言われた通りのことにしてしまえば、携帯電話を何気なくゲットできてしまうのか。


「じゃあ、その程度の言い訳で良いでしょう。そちらが届いたら、ああ、いいえ、そうね?どっちも持っていてくれた方が都合が良いかしら。あと、健介君、普段はの話だけど、携帯電話が壊れたりなくなったりしたらちゃんと手続きをした方が良いわ?今回は、……電話料金の請求書が届く方が自然なようにも思うし、健介君が判断してくれたら良いけど、壊れた方を解約するならこちらで請求書らしきものも作ることにする」


「ど、どうなのかな。元々月額制だから、その……、普通の請求書が届いた方が、良い気はする」


 ここが俺の……、妥協点なのか。このままこじれ続けると次々に問題提起をして勝手に解決されてしまいそうだ。下手をすると口座の引落しがないのは不自然だから偽の通帳を作るとか言い出してもおかしくない。


 こうしてすらすら嘘が出来上がっていくのを聞いてると、どうも何食わぬ顔で平然と嘘をこなしそうではある。元はといえば黒い女は敵の組織の人間であるから、俺は一時足りとも油断はすべきじゃない。


 だが、すらすら嘘の後の数秒の沈黙が一体何を考えてのことなのかもまるで見当がつかなかった。何故わざわざ二台も持つ必要があるのかもよく分からん。


 仮にミーシーが今俺が手にしているこの携帯のことを知っていた場合に……、俺は昨日、家に電話をしてたから当然知ってるか。新しく送られてきた携帯電話を受け取って、さもその瞬間に手に入れたと振る舞うのは不自然だ。


 だから?プリペイド式の携帯電話を買って、月額の請求書が届いてもおかしくないように二台目を送るのか?確かにミーシーから『昨日も持ってたでしょう』という指摘が入る可能性はある。


 プリペイド式なのに月額の請求書が来るのはおかしいと言われるのかも知れん。これで辻褄はあってるんだろうか。それとも、……黒い女側に目的があって二台持たせたいのかも知れない。


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