97 ケニスと剣
海から飛び出して来たカワナミは、ひとしきり笑うといつものように話しかけて来た。
「オルデン、ケニー、カーラ!うまく逃げてるね!」
「今んとこはな」
オルデンがむすっとして答えると、子供たちも口を開く。
「何しに来たのよ」
「カワナミ、遊びに来たのか?」
カワナミは好奇心の強い精霊なので、それには返事をせずに新顔のそばにゆく。
「ねえ、この人風しか見えないのー?」
急に顔にかかる飛沫に驚いて、ハッサンは辺りを見回した。渦になったり少年の姿になったりしてカワナミが笑う。オルデンが煩そうに片手を振った。
「カワナミ、姿見せてやんなよ」
「えー、アハハッ」
カワナミはゲラゲラ笑い声を立てるばかり。ハッサンは仲良くなった風の精霊から事情を聞いて、おかしそうに頬を緩めた。
マーレニカとアルムヒートを結ぶ航路は、船だとひと月よりも長くかかる距離である。精霊の力を借りたなら2週間から3週間で着いてしまう。精霊だけならもっと速い。
「コツが掴めて来た」
「だいぶ動けるようになったな」
オルデンも太鼓判を押す。
「なあ、オルデン」
「なんだ?」
「ケニーに剣の使い方を教えていいか?」
「是非頼む」
風を足場に動けるようになったので、練習しながら進もうと言うのだ。
「やった!」
「良かったわね、ケニー」
子供たちも満面の笑みを浮かべる。
「けどよ、俺、直刀は分かんねぇ」
「違うの?」
「見たことあるけど、けっこう違う」
「ヴォーラは何とかなるって言ってるよ」
「サダのやつも大丈夫って言ってる」
言葉で伝わるわけではないが、ふた振りの精霊剣と持ち主は意思の疎通が出来るのだった。
「ケニーは騎士になんのかい?」
ハッサンに聞かれて、ケニスはキョトンと目を丸くする。
「キシって何?」
「剣を持って、馬に乗って、鎧着て、王様や高貴な人を守る人たちだ」
「ふうん。じゃ、違う」
実を言うと、ケニスは王様や高貴な人と言われてもピンとこない。彼らには一度も会ったことがないし、噂する庶民も森にはいない。物語や人形芝居も森には無いのだ。オルデンは物語を聞かせるような性格でもないし。
「そうか。じゃあ俺たちみてぇな雇われ護衛だな」
「そうじゃない」
「じゃあ剣は何に使うんだ?」
ハッサンは不思議そうにケニスを見る。
「砂漠の魔女を倒して、弟を助けるんだ」
「砂漠の魔女?なんだか怖そうだな」
「うん。怖い奴だ」
「弟が捕まってんのか」
「そうなんだ」
ハッサンはそこまで聞くとオルデンに顔を向ける。
「オルデンよぉ、ケニーはずいぶんとまあ、厄介なことに巻き込まれてんだな」
「そうだな」
「オルデンも砂漠の魔女ってやつに立ち向かうのか?」
「さてなあ。成り行き次第ぇだな」
オルデンがキチンと髭を剃った顎を撫でる。
「そんなこと言って、助けちゃうんでしょ。アハハッ」
カワナミがオルデンに飛沫を飛ばして笑う。
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