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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第二章 森の外へ
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94 船を降りる

 けんもほろろな船長に、ケニスは暗い顔でオルデンを見上げる。


「なんだか悪いことしちゃったねぇ、デン」

「俺たちも逃げてたしな。生き延びる為にゃ仕方ねぇ」


 オルデンとケニスの話を聞いて、カーラの眼の奥にチラリと虹が立つ。


「先生は、精霊使いの色男(ハッサン)で決まりね」

「カーラが言うなら間違い無さそうだね」


 カーラが導きの力を見せたことで、ケニスは安堵した。



 イーリスの子供たちが幸せになるほうへと導く。それがカーラの生まれた意味である。


(わり)ぃな」


 オルデンはハッサンを見た。ハッサンは苦笑いで立っている。


「ま、仕方ねぇ。師匠、ラヒム、戻ったらアルムヒートで会おうぜ」


 ラヒムは頷き、タリクはフンと鼻を鳴らす。船長はもう目も上げずに記録をつけ始めた。


「そんじゃ、失礼さしてもれぇますわ」


 ハッサンが軽い調子で挨拶をした。オルデンも頭を下げる。子供たちも真似をした。沖風の精霊はくるりと細長い尾羽を回して飛び立った。羽を広げると船長の大机程ある。だが精霊は実体を消すこともできるのだ。壁や障害物はすり抜けてしまう。


 所々物を通り抜けている鳥の姿をした精霊の様子に、ケニスがクスクスと笑った。船長と護衛2人は動じない。ハッサンはケニスに気さくな笑顔を向けた。


「行こうぜ」

「そうだな」


 ハッサンが促すと、オルデンは子供たちの肩を押して船長室を後にした。廊下に出ると、修理に余念のない船員たちが待ち構えていた。


「遅せぇよ!」

「悪ぃんだが、船を降りることになっちまったんだわ」

「えっ?」


 船員たちは、ハッサンが海に落とされるのかと思った。


「精霊がいるから、アルムヒートに帰るだけだぜ」

「なんだよ!脅かすな」

「みんな、世話んなったなー!」

「もう行くのか」

「降りろって言われたからな」

「修理どうすんだよ」

「何とかなんだろ」

「いい加減だなあ」

「じゃあな!」


 ハッサンは沖風の精霊に相談したが、特に他の精霊へと引き継いではくれなかったようだ。精霊とは気まぐれなものである。なかでもこの、マーレン大洋の沖を吹く風の精霊は、人の世話をする気はほとんどないのだ。精霊仲間からすら、勝手なやつと言われている。


「船、大丈夫かなぁ」

「知らないわよ」


 カーラも精霊なので、この後船がどうなろうが気にしない。特別な目的で作られた精霊である。ケニスのこと以外は冷たいのだ。


「みんなに頼んではみたから、誰かは手伝ってやるだろ」

「そっか、デン流石。俺も頼んどこ」

「そうしとけ」


 オルデンはその日暮らしの泥棒のくせに、お人好しであった。善人とまでは行かなくとも、目の前で困っている人を気にかけるくらいのことはする。オルデンとケニスの頼みなら、聞いてくれる精霊も多い。船はきっと無事にマーレニカの港へと着くことだろう。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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