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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第二章 森の外へ
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92 船と精霊

 攻撃的になるカーラを片手で諌めながら、オルデンはハッサンと精霊に伝える。


「いや、俺たちは無理に降ろされる訳じゃないから」

「違うのか?」

「迷惑かけたみてぇだから降りんだよ」


 精霊の疑問にオルデンは頷く。


「商売の邪魔になっちまうらしいからな」

「けどよぉ」


 ハッサンは、吹雪の最中(さなか)に説き伏せられたのだ。何となく腑に落ちない。そこで、ハッサンは船長に船の状況を説明する。


「船長、穴もヒビも歪みも、精霊が手伝ってくれてるから応急処置でなんとかなってんです」



「舵にもヒビが入ってましたね」


 ラヒムが初めて口を開いた。ハッサンは味方を得て勢い付く。


「船の事はよく分かんねぇけど、あっちこっち割れてっから、放っといたらバラバラになるんじゃねぇすか?」


 船長は先ほどまで見て回っていた船内を思い出して額に皺を寄せた。


「ううむ。確かに危ない状態だが、マーレニカ港までならなんとかもつ筈だ」


 船長の主張には、沖風の精霊が馬鹿にしたように細い尾羽をくるくると回す。それを見たハッサンは再度口を開く。


「精霊が手助けを辞めちまったら、無事じゃいられねぇと思いますぜ」


 船長は、船の状態を甘く見ていたようだ。応急処置とはいえ、修理は順調だった。マーレニカまでなら無事だろうし、港で本格的に修理すればいい。そう思っていた。


 浸水や荒波に揺れた影響を受けた荷物も確かにある。だが、助かった交易品だけでも無駄にならず、そこから巻き返せば良いと考えていた。



「しかし、ハッサン、お前は何様だ?」


 せっかく助かったのに、このままアルムヒートへと戻るのは癪だ。船長は怒りの矛先をハッサンに向ける。


「護衛の分際で勝手なことをしやがって」


 正確には、行き先を決めたのは精霊である。ハッサンはたまたまその現場にいただけであった。反論は封じられたが、もし納得しなくても精霊はしたいようにしかしない。


「や、俺だって沈みそうじゃなきゃぁ」


 船長の怒りに、ハッサンはしどろもどろになる。船長はなじるように言い募った。


「見知らぬ者を勝手に乗せたり、お前の精霊がうちの商会と無関係な者にうちの護衛を紹介したり、精霊に船の行先を変更させたり」



 船は船長自ら率いる交易商会の持ち船である。元は小さな商船の雇われ船員だったのだが、航海中に商人たちと仲良くなった。終いには手広く交易品を扱う中堅商会を経営するまでになっていた。彼には、叩き上げのプライドがあるのだ。


「船長、精霊には船をマーレニカに送ってもらいますよ」


 オルデンは申し訳無さそうに言った。それから改めてケニスの肩を押して前に出す。


「その代わりと言っちゃなんだが、この船がアルムヒートに戻ってきたら、ここにいるケニスに剣の技を教えてやっちゃくれねぇか?」


 タリクはチラリと船長を見る。船長は目だけで頷く。タリクはオルデンのほうへと向き直る。


「悪いが、直刀の事は知らん」

「そうか。じゃあ、心当たりが有れば教えてくれ」

「いや、心当たりはないな」


 タリクはにべもなく断った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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