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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第二章 森の外へ
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91 船長の考え

 音もなく曲刀を抜いてオルデンに飛びかかった護衛を、船長が低い声で制する。


「やめろ」


 護衛の刀はオルデンに届かず、見えない壁に阻まれていた。精霊たちが、大好きなオルデンを凶刃から守ったのである。それでも一切表情を変えない男は、船長の制止を受けて刀を収めた。


「率直に申し上げましょう。船をマーレニカに向けて下さい。これは交易船なのです」


 オルデンが黙って考える間を待てず、カーラが声を上げた。


「何よっ!」


 ケニスも、オルデンの陰から飛び出して船長を睨みつける。


「オルデンが来なかったら、この船は沈んでたんだぞ!」



「ワハハ!威勢の良い坊主だな!」


 船長は大きな口を開けて叫んだ。


「笑うな」

「そうよ。失礼だわ」


 カーラも小走りで前に出た。


「嬢ちゃんも生きがいい」

「こら、お前たち」


 オルデンは閉口して、腕で2人を背中に回す。


「いや、ご迷惑をかけちまって」


 つるりと頭を撫でて、オルデンが謝罪した。子供たちは何か言いたそうに口を尖らせる。



「タリクって人に会えたらすぐ降ります」

「降りる?」


 船長が用心深く黒い目を光らせる。オルデンたちは、精霊の風や水に運んで貰えば何処へでも行かれるのだ。ノルデネリエから遠く離れたこのマーレン大洋の真ん中ならば、魔法や精霊の力を思う存分使ってもよさそうだ。


「なに、やり方があんでさぁ」


 オルデンは軽い調子で船長に答えた。それから、無表情な護衛に向かって、気さくな口調で声をかける。


「タリクさんですかい?」


 精霊たちは、一度ちらりと精霊の鏡でタリクの姿を見せてくれた。だが彼らは気まぐれなので、見せてくれたのは、ほんの僅かな間であった。だから、オルデンは半信半疑である。


 無表情な瞳がじっと見返す。


「この子に剣を教えて欲しいんでさぁ」


 オルデンが頼むが、定位置に下がったタリクらしき護衛は微動だにしない。



「マーレン大洋の沖に吹く風の精霊に、タリクさんならこの子に剣を教えてくれそうだって聞きましてね」


 この言葉には、船長が反応した。


「ラヒム、ハッサン呼んで来い」


 ずっと隅にいた丸顔の護衛が、無言で船長室から駆け出した。


 しばらく待つと、ハッサンと沖風の精霊がやってきた。


「お呼びで?」

「よう、オルデン、タリクに会えたんだな」


 ふたりは機嫌よく船長とオルデンに声をかける。ラヒムが再び部屋の隅に収まると、船長が口を開く。


「勝手なことをするな。お前はすぐに船を降りろ。精霊使いにゃやり方があんだろ?」

「へっ?船長、オルデンたちも降ろす気ですかい?」

「アルムヒートに戻されたんじゃ敵わん」

「いやいやいや、そしたら精霊いなくなりますぜ?」

「構わんだろ」

「沈むわよ!」


 カーラが甲高い声で叫ぶ。ハッサンは真面目な顔で頷く。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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