91 船長の考え
音もなく曲刀を抜いてオルデンに飛びかかった護衛を、船長が低い声で制する。
「やめろ」
護衛の刀はオルデンに届かず、見えない壁に阻まれていた。精霊たちが、大好きなオルデンを凶刃から守ったのである。それでも一切表情を変えない男は、船長の制止を受けて刀を収めた。
「率直に申し上げましょう。船をマーレニカに向けて下さい。これは交易船なのです」
オルデンが黙って考える間を待てず、カーラが声を上げた。
「何よっ!」
ケニスも、オルデンの陰から飛び出して船長を睨みつける。
「オルデンが来なかったら、この船は沈んでたんだぞ!」
「ワハハ!威勢の良い坊主だな!」
船長は大きな口を開けて叫んだ。
「笑うな」
「そうよ。失礼だわ」
カーラも小走りで前に出た。
「嬢ちゃんも生きがいい」
「こら、お前たち」
オルデンは閉口して、腕で2人を背中に回す。
「いや、ご迷惑をかけちまって」
つるりと頭を撫でて、オルデンが謝罪した。子供たちは何か言いたそうに口を尖らせる。
「タリクって人に会えたらすぐ降ります」
「降りる?」
船長が用心深く黒い目を光らせる。オルデンたちは、精霊の風や水に運んで貰えば何処へでも行かれるのだ。ノルデネリエから遠く離れたこのマーレン大洋の真ん中ならば、魔法や精霊の力を思う存分使ってもよさそうだ。
「なに、やり方があんでさぁ」
オルデンは軽い調子で船長に答えた。それから、無表情な護衛に向かって、気さくな口調で声をかける。
「タリクさんですかい?」
精霊たちは、一度ちらりと精霊の鏡でタリクの姿を見せてくれた。だが彼らは気まぐれなので、見せてくれたのは、ほんの僅かな間であった。だから、オルデンは半信半疑である。
無表情な瞳がじっと見返す。
「この子に剣を教えて欲しいんでさぁ」
オルデンが頼むが、定位置に下がったタリクらしき護衛は微動だにしない。
「マーレン大洋の沖に吹く風の精霊に、タリクさんならこの子に剣を教えてくれそうだって聞きましてね」
この言葉には、船長が反応した。
「ラヒム、ハッサン呼んで来い」
ずっと隅にいた丸顔の護衛が、無言で船長室から駆け出した。
しばらく待つと、ハッサンと沖風の精霊がやってきた。
「お呼びで?」
「よう、オルデン、タリクに会えたんだな」
ふたりは機嫌よく船長とオルデンに声をかける。ラヒムが再び部屋の隅に収まると、船長が口を開く。
「勝手なことをするな。お前はすぐに船を降りろ。精霊使いにゃやり方があんだろ?」
「へっ?船長、オルデンたちも降ろす気ですかい?」
「アルムヒートに戻されたんじゃ敵わん」
「いやいやいや、そしたら精霊いなくなりますぜ?」
「構わんだろ」
「沈むわよ!」
カーラが甲高い声で叫ぶ。ハッサンは真面目な顔で頷く。
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