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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第二章 森の外へ
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89 子供たちとオルデンの魔法

 精霊たちの助けを受けてかろうじて浸水を止めたものの、相変わらず船は激しく揺れる。引き続き、吹き荒れる風と氷の欠片に翻弄される帆船だった。帆桁(ほげた)の端は折れて飛ばされた。あちこちにロープが垂れ下がって風に揉まれている。有難いことに、精霊たちの支えで重要なマストは折れずに残っている。


 精霊が数カ所にまとめて積み上げた箱や樽は、ケニスとカーラが動かないように抑えた。弱めの魔法を使って、甲板や船倉の積荷を動かないようにしたのである。


「へえ、火焔の御子は流石だね」

「弱い魔法で貿易船一艘分の荷物や備品を固定するなんて」


 甲板に残っていた精霊たちが褒める。カーラは威張って顎を反らした。


「そうよ。ケニーかっこいいんだから!」

「ひとりで抑えてるんじゃねぇよ。カーラだってやってる」

「まあね!あたしも手伝ってるわ」



 子供たちの得意そうな様子を見て、オルデンが考えるそぶりを見せた。


「鳥と仲が良い奴が乗ってるんなら、そんなに目立つこたぁねえのかな。まあ、いいか」


 オルデンはハッサンと沖風の精霊に向き直り、呟く。それから、灰色の羽を畳んでじっとしている、鳥の姿をした精霊に話しかけた。


「鳥、ちょっと手を貸せ」

「何する気だよ、オルデン」

「なに、船ん中の水と雪を片付けちまおうと思ってな」


 ハッサンは、オルデンと風の精霊が小声で打ち合わせるのをぽかんとして眺めていた。



「みんな、ちょっと壁や手近な柱に寄ってくれ」


 オルデンは周りにいる船員たちに声をかける。当然、誰も反応しない。船員たちからすれば、ただでさえ見知らぬ男だ。そのうえ吹雪の船上にいきなり現れた怪しい人物である。人間かどうかすら疑わしい。船員たちは、吹雪の中ではっきりと聞こえたオルデンの声に怯えている。


 オルデンは仕方がないので、風と雪の精霊たちに頼んで船員を脇に寄せた。


「わっ」

「ひぃぃ」

「何だぁ?」


 急に動かされた船員たちは、手にした鍋や木箱、桶などを取り落としたり逆に握りしめたりした。


「よし、じゃ、始めるか」


 オルデンは目をつぶって集中する。全身が淡く金色に光る。子供たちは顔を見合わせて、こっそりと笑い合う。


「いつでもいいぞ、オルデン」


 沖風の精霊は大きく羽を広げて口を開いた。オルデンは眼を開いて頷く。


「吹き飛ばそう」

「おうよ」


 オルデンと沖風の精霊から突風が吹く。魔法の風は鋭く甲板を駆け抜け、積もった雪を根こそぎ剥がしてしまう。魔法で持ち上げた雪の塊は、次々に嵐の海上へと投げ飛ばさされた。船のあちこちで、ロープで繋がった乗組員がギョッとして短い叫びをあげた。


「ヒッ」

「ギャッ」

「ウッ」


 中には震えながら団子のように抱き合うグループもいた。操舵手は船尾で舵にしがみついたまま眼を丸くして、飛びすぎる雪の塊を見送った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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