88 精霊と難破船
オルデンたちの勝手な決め事に、ハッサンが待ったをかける。ハッサンにはミストラルが見えているようだ。全員ではないが、ほかの精霊たちのことも多少は気がついている。
「おいおい、何勝手な事言ってんだよ?」
「勝手もなにも。俺たちが手伝わなきゃ、この船は沈むぜ」
「ハッサン、沈むよりはましだぞ」
「沈むよりはマシかぁ」
ミストラルと鳥の姿をした風の精霊に諭されて、ハッサンは渋々引き下がる。
無事話がまとまった。聞こえていたのはハッサンだけなので、船員たちは行く先も知らずに、ただ黙々と猛吹雪に立ち向かっているのであった。
ミストラルとの話が済むと、待ちかねたように精霊たちがオルデンの前に殺到する。
「ワタシにも名前つけてよ、オルデン!」
「こっちにも頼む」
「名前くれるなら、手伝うけど?」
精霊たちが口々に名付けを求めて来る。オルデンは意外そうに目を丸くした。
「なんでぇ、名前欲しい奴ばっかりだな」
「いいから、付けてよ」
「名前付けてくれ」
「名前、名前」
「わかったよ、煩ぇな!」
ハッサンは、オルデンがぞんざいに名前を付けて行く様子を唖然として見ていた。雪を削る手元は、機械的に動く。傍の雪に止まる沖風の精霊も、呆れたようにオルデンを眺めていた。
「よし、もう名前が欲しいやつはいねぇな?」
「貰った!」
「もうある!」
「ありがとうオルデン」
精霊たちは感謝の印として、改めてオルデンの額に触れる。暗い吹雪の甲板には、金色の光が眩しく溢れた。精霊が見えるハッサンだけが強い光に驚きながら目を細める。
「そんじゃひとつ、頼まぁ」
「引き受けたよ」
「約束だからね」
「やってやろう」
「任せて」
「では、行ってくる」
精霊たちは勇んで船の周りに飛んでいった。ヒビや孔の増えた危うい船体が、精霊たちの氷や風で修繕されてゆく。中には、水の膜で水を防ぐ精霊もいた。それぞれにその場凌ぎではあるが、港に着くまでもてば充分である。
「おっ?」
「なんだ?氷で穴が塞がった」
「スゲェ偶然だな!」
「奇跡か?」
船の中を担当していた船員たちから戸惑いの声が上がる。互いにロープで繋がった船員たちが、右へ左へと忙しなく傾く船内で、手摺にしがみつきながら奮闘していたのだ。突然水漏れが止まり、皆一様に驚いた。
「えっ」
「嘘だろ?」
一方甲板では、崩れて転がったり強風に飛ばされたりしていた樽や箱が1箇所に集まり始めた。
「ケニー、あたしたちも手伝う?」
「荷物抑えてるくらいなら、魔法使ってもいいかなあ」
忙しそうなオルデンに聞くのを憚って、子供ふたりはこそこそと話し合う。
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