87 オルデンは名付けを頼まれる
猛吹雪の轟音の中で、ミシミシと船体が悲鳴を上げている。船員たちは我に返って作業に戻った。
「船が壊れそうだな?」
ケニスが心配そうに沖風の精霊を見た。
「このまんまじゃ沈むかもな」
灰色の精霊は強い口調で答えた。
「沈むの?」
カーラの眉がぐっと寄る。ケニスも青くなる。
「沈むって、水に浸るんでしょ」
「そうだな」
鳥の姿の精霊も暗い声になる。
「魔法が使えなくて精霊が見えない人間は、水の中で生きられないんだよね?」
「オルデンが言ってたわね」
「運が良けりゃ何人かは生き延びるかも知れねぇけど」
「おい鳥公、縁起でもねぇこと言うんじゃあねぇよ」
「でもよ、ハッサン。この吹雪の荒海に投げ出されちゃあ」
「沈むと決まったわけじゃあねぇだろうが」
ハッサンは相変わらず軽い調子で笑いながら言う。灰色の大きなカラスに似た風の精霊は、落ち着かない様子で尾羽の細長い部分を振り回す。吹雪がそこだけ金青に光って渦巻いた。周りの船員には色が見えない。急にハッサンの前だけ強い渦巻きが生まれたので、また乗組員たちの一瞬手が止まる。
「大丈夫だから、気にすんな!」
ハッサンの綺麗な青い瞳が、垂れ目の中で陽気に光る。皆は安心して作業に戻った。
その時、一際激しい吹雪の渦が巻き起こり、剥き出しのツルツル頭が船上に現れた。
「デン!」
「オルデン、遅いわよ?」
「遅くねぇよ!」
「そうかしら」
「デンは追手と戦ってたんだ」
ケニスはオルデンの魔法を、ちゃんと感じ取っていた。追手の魔法や囚われた精霊の力と、オルデンの魔法は猛々しくぶつかり合っていた。
「遅いなんて言うな」
「悪かったわよ、ケニー」
「デンに謝れよ」
「オルデン、ごめんなさい」
オルデンは子供たちの言葉に、軽く手を振ってひとまず聞き流す。
「沈まねぇ程度に助けちゃ貰えねぇかな」
オルデンは、乗組員への挨拶より先に吹雪の精霊へと声をかける。雪と風が人の形を取って、いく人もの精霊が姿を見せた。
「名前くれんなら、いいぜ!」
西の山から海へと吹き下ろす、山おろしの精霊が真っ先にオルデンの前へと跳ねて来た。
「山颪でどうだ?」
「うん、いいね。そしたら迷わずアルムヒートまで船を押してってやるよ」
「あれ?この船、マーレニカに行くんじゃねえのか?」
「吹雪でだいぶ沖に流されちまったからな。舵だってとっくに効いてないだろ」
「今、アルムヒートのほうが近いのか?」
「流石にそこまでじゃねぇんだが」
船は短い間に、吹雪の海をだいぶ流されてしまったようだ。
「ノルデネリエと地続きなマーレニカに行くより、海を越えてアルムヒートに逃げる方がいいと思うぜ」
「そうかもな」
「だろ?無事に送り届けてやるよ」
「おう、頼むぜ」
それを聞いたハッサンが、青い垂れ目を見開いた。
「えっ、何言ってんだ?」
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