86 吹雪の甲板
浅黒い肌に真っ青な垂れ目が印象的なハッサンは、風と氷片の渦巻く甲板で凍りつく雪を削っている。雪削りに使っている反りの強い鋼の剣が、青く精霊の光に包まれていた。沖風の精霊がやってきたのを見ると、作業の手を止めずに言葉を交わす。
「そんで鳥公、そっちのチビどもは何だよ?」
「前に話したろ?邪法使いに追われてる子供だ」
「そいつぁ……」
ケニスとカーラは荒波に揉まれている帆船の上で、平然と立っている。魔法は控えているが、今は海と風の精霊たちがふたりを支えているのだ。
「俺、ケニス」
「あたしはカーラよ」
「船、大変そうだけど、俺たちには出来ることなさそう」
「魔法を使ったら、この船に乗ってること、きっとバレちゃうわね」
「ごめんなさい」
「悪いわね」
ハッサンと組んで雪や海水を掻き出していた船員たちは、ギョッとして立ち尽くしている。彼らは砂漠で顔に巻く布を雪除けに巻き付けており、目だけが出ていた。まるで吹雪の亡霊が群をなしているようだ。前も見えない猛吹雪の荒海で、平気な顔で話しかけて来る子供たちは、異様としか言いようがない。
「俺はハッサンだ。今ちょっと手が離せねぇから、話は後でな」
「うん、わかった」
「わかったわ」
その場にいた船員たちには、精霊が見えないようだ。ハッサンの剣が纏う精霊の青い光も見えていない。だが、ハッサンが精霊に力を借りることが出来ることは知っていた。
ハッサンと沖風の精霊が会話する様子は、船員たちの眼には独り言を言っているように映る。しかし、積もる側から凍る雪は、バターでも切り出すかのように簡単に削れるのだ。不思議な力を信じるには充分な情景だった。
そんな中で沖風の精霊は、子供たちの判断を後押しする。
「そうだな。派手な魔法はやめときな」
「鳥もそう思う?」
ケニスは賛同を受けて嬉しそうだ。
「思うね。逃げてんなら、居場所も行き先も隠すほうがいいだろ」
「その通りよ。たまには良いこと言うじゃないの」
「なんだと、チビめ」
「ふん、いつも役に立たないくせに」
「ハハ、キツイお嬢ちゃんだなぁ」
「生意気なガキどもだぜ」
不貞腐れた灰色の精霊を見て、ハッサンは愉快そうに笑う。笑いながらも作業は続ける。棒立ちのままでいる船員たちの桶やバケツに、淡々と削った雪を入れて行く。
「そこが可愛いんだろ?」
手を繋いでいるケニスに向かって、ハッサンは片目を瞑ってみせた。子供たちの方へと少し屈んで下を向いた拍子に、巻き付けた布から暗い金茶色の髪が一房溢れた。それがまた子供たちには、余計愉快に思えた。ハッサンのおどけた姿を前にして、子供たちの顔が明るくなった。
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