85 青い目のハッサン
子供たちが隙間を抜けると、広く冷たい海に出た。海の中には、ふわふわと丸く光る毛玉のようなものが浮いていた。暗い海の中に光の道を作っている。海の精霊の一種なのだという。
「この道を通ればいいんだね?」
「そうだ。この先に船がある」
「タリクたちがいるのね」
「沖風の精霊に呼び掛ければ、船に上げて貰えるだろ」
「ひとまずは安全そうだわ」
カーラの力で探った結果、船のほうからケニスに敵意を持つ者の気配はしなかった。子供たちは安心して、海の中の光を辿る。
ザバン、と飛沫をあげて子供たちの茶色い頭が水から飛び出す。海面に顔を出すと、灰色の海に雪が絶え間なく降り続けていた。風も強く、波と雪とが轟々と耳に恐ろしい音を響かせる。魔法で防いでいなければ、目も開けられず、吹き寄せる様々なものに皮膚を傷つけられていただろう。
「オイッ、大丈夫か!」
渦巻く吹雪を切り裂いて、灰色の大きな鳥がやってきた。ずんぐりとした嘴、アーモンドのような形の顔、首は太く爪は鋭い。巨大なカラスのようにも見えるが、尾羽の一部が異様に長い。眼は異様に青かった。
「鳥!」
「案内してくれるのかしら?」
「何だい、生意気な奴等め」
悪態をつきながらも、沖風の精霊は大きく風を起こして子供たちを持ち上げた。柔らかな風に支えられ、子供たちは弧を描いて雪の中を飛ぶ。高く舞い上がっても見通せないが、相変わらず魔法に守られているので快適だ。
程なく子供たちは、マーレニカに来る船にしてはやや小型な帆船の上に下ろされた。台形の帆を強風のために畳んで、操舵手は船尾にしがみついている。ロープで体を縛った船員たちが、バケツや空の木箱で必死に雪と海水を掻き出している。
大きく揺れる甲板に雪が降り積り、海から押し寄せる塩水が真冬の寒さに凍ってゆく。船の護衛が槍や剣で氷を叩き割り、すかさず船員たちが桶や鍋で掬い出す。
乗組員は口を閉じている。声を出せば息が凍りそうだ。口には氷のかけらや欠けた木片が飛び込みそうだ。船室からシーツや毛布を持ち出して、男たちが走り回っている。
彼らも甲板に出る時にはロープを腰に巻き付けていた。恐らくは抱えた布類を船底近くのヒビに詰めて、残った分で船べりの割れ目を塞ごうとしているのだ。
「よう鳥公、戻ったな」
皆が口をしっかりと閉じる中、やや高めの陽気な声が耳に届いた。見れば、退けても退けても積もり固まる雪を、鋭い刃で削っている。反りの強い鋼の剣には、ほのかに青く精霊の力が滲んでいる。
「フン、ハッサン、そんな鉄の欠片でちまちま突っついたってラチが開かねぇだろ」
「ンなこと言ってもよぉ〜」
苦笑いをしたハッサン青年は、チラリと子供たちを見た。顔に巻き付けた布からはみ出した暗い金髪の下では、嵐の暗がりでも神秘的に輝く真っ青な瞳が輝いていた。
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