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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第二章 森の外へ
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83 タリクの弟子

 カガリビが炎の鏡を作り出し、倒れている追手の様子を映した。まだ動き出す様子はない。カワナミがオルデンの頬に飛沫を飛ばす。


「オルデン、何をぐずぐずしてるのさ?」

「おっと、いけねぇ」

「あまり心配しなくともよいぞ」


 はらはらするカワナミに、地底湖の精霊が請け合った。


「子供たちは、マーレニカの港に向かってるアルムヒートの船が拾うことだろう」

「船に精霊と仲良い奴でも乗ってんのか?」

「ああ、沖風の精霊と仲が良い若者が乗っている」

「鳥と?あいつと仲良いなんざ、ろくでもねぇな」

「そう言うな。アルムヒートの剣士で、ハッサンという気のいい奴だ」

「へーぇ」



 オルデンは意外そうな様子で鼻に皺を寄せ、顎を撫でる。


「確かに、気紛れな鳥の友達なら、よほど身勝手かよほど良い奴か、どっちかかもな」

「地底湖、ハッサンて人に会ったことあるの?」

「遠くから見ただけだが、沖風の奴と楽しそうにしていたぞ」

「ふうん。すごいね」


 カワナミはいつもの調子を取り戻してゲラゲラと笑う。


「アルムヒートの人間には珍しく、金色がかった髪の男だ」

「それじゃ、すぐ分かるね、アハハ」

「そうだな。黒っぽい奴らの中に金茶がいれば目立つからな」



 オルデンはアルムヒートに渡ったことがない。マーレニカの港を訪ねたことはある。かなり昔のことで、もう記憶は薄れていた。アルムヒート人がどんな姿なのかを直接目にした経験があったとしても、覚えていないのだ。最近になって精霊たちから聞いたり、炎や水のスクリーンに映して貰った姿だけを知っている。


「ハッサンはタリクの弟子だから、タリクもおんなじ船に乗っているだろう」

「そいつは助かる」

「たぶんもう1人のラヒムって弟子もいると思うぞ」

「じゃあ、その船を目指すか」

「そうしなよ!オルデン」

「さあ、もう行きなって」


 カガリビは景気付けに火の粉を飛ばす。


「慌てなくていいたって、そんなにのんびりもしてられねぇだろ?」

「その通りだな、カガリビ」

「後でまた会おうね!」

「ああ、またな、カワナミ。みんなも」



 オルデンは、精霊たちに(いとま)を告げる。邪法使いと戦って弱った精霊たちにも労いの言葉をかけた。


「頼んだよ」

「砂漠の魔女とギィをやっつけてね」

「いずれ、必ず」


 オルデンは厳しい顔付きで頷くと、地底湖に背中を向けて吹雪の山へと戻って行った。


「地底湖使わないの?オルデン?」


 オルデンはニッと笑って、背中に問いかけるカワナミをちょっとだけ振り返る。


「ああ。今追われてるわけでもねぇし」


 カワナミはまた、ほら穴じゅうに笑い声を響かせて水の姿で弾けて消えた。後には馬鹿笑いの反響だけが残っている。



 オルデンは龍の寝床を出ると、吹雪の中を登ってゆく。せっかく追手の記憶を消したのだ。なるべく自力で移動する。魔法を使い過ぎるとまた気付かれて、ノルデネリエの邪法使いを呼び寄せてしまう。派手な魔法も精霊の助けもなしである。僅かな吹雪よけの魔法を使いながら、ゆっくり一足ずつ進む。山頂まで着くと、山の向こうは真っ白で何も見えない。


「さて、どこにいるかな」


 オルデンが呟くと、吹雪の精霊が風音と共にそのツルツル頭の男を持ち上げた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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