83 タリクの弟子
カガリビが炎の鏡を作り出し、倒れている追手の様子を映した。まだ動き出す様子はない。カワナミがオルデンの頬に飛沫を飛ばす。
「オルデン、何をぐずぐずしてるのさ?」
「おっと、いけねぇ」
「あまり心配しなくともよいぞ」
はらはらするカワナミに、地底湖の精霊が請け合った。
「子供たちは、マーレニカの港に向かってるアルムヒートの船が拾うことだろう」
「船に精霊と仲良い奴でも乗ってんのか?」
「ああ、沖風の精霊と仲が良い若者が乗っている」
「鳥と?あいつと仲良いなんざ、ろくでもねぇな」
「そう言うな。アルムヒートの剣士で、ハッサンという気のいい奴だ」
「へーぇ」
オルデンは意外そうな様子で鼻に皺を寄せ、顎を撫でる。
「確かに、気紛れな鳥の友達なら、よほど身勝手かよほど良い奴か、どっちかかもな」
「地底湖、ハッサンて人に会ったことあるの?」
「遠くから見ただけだが、沖風の奴と楽しそうにしていたぞ」
「ふうん。すごいね」
カワナミはいつもの調子を取り戻してゲラゲラと笑う。
「アルムヒートの人間には珍しく、金色がかった髪の男だ」
「それじゃ、すぐ分かるね、アハハ」
「そうだな。黒っぽい奴らの中に金茶がいれば目立つからな」
オルデンはアルムヒートに渡ったことがない。マーレニカの港を訪ねたことはある。かなり昔のことで、もう記憶は薄れていた。アルムヒート人がどんな姿なのかを直接目にした経験があったとしても、覚えていないのだ。最近になって精霊たちから聞いたり、炎や水のスクリーンに映して貰った姿だけを知っている。
「ハッサンはタリクの弟子だから、タリクもおんなじ船に乗っているだろう」
「そいつは助かる」
「たぶんもう1人のラヒムって弟子もいると思うぞ」
「じゃあ、その船を目指すか」
「そうしなよ!オルデン」
「さあ、もう行きなって」
カガリビは景気付けに火の粉を飛ばす。
「慌てなくていいたって、そんなにのんびりもしてられねぇだろ?」
「その通りだな、カガリビ」
「後でまた会おうね!」
「ああ、またな、カワナミ。みんなも」
オルデンは、精霊たちに暇を告げる。邪法使いと戦って弱った精霊たちにも労いの言葉をかけた。
「頼んだよ」
「砂漠の魔女とギィをやっつけてね」
「いずれ、必ず」
オルデンは厳しい顔付きで頷くと、地底湖に背中を向けて吹雪の山へと戻って行った。
「地底湖使わないの?オルデン?」
オルデンはニッと笑って、背中に問いかけるカワナミをちょっとだけ振り返る。
「ああ。今追われてるわけでもねぇし」
カワナミはまた、ほら穴じゅうに笑い声を響かせて水の姿で弾けて消えた。後には馬鹿笑いの反響だけが残っている。
オルデンは龍の寝床を出ると、吹雪の中を登ってゆく。せっかく追手の記憶を消したのだ。なるべく自力で移動する。魔法を使い過ぎるとまた気付かれて、ノルデネリエの邪法使いを呼び寄せてしまう。派手な魔法も精霊の助けもなしである。僅かな吹雪よけの魔法を使いながら、ゆっくり一足ずつ進む。山頂まで着くと、山の向こうは真っ白で何も見えない。
「さて、どこにいるかな」
オルデンが呟くと、吹雪の精霊が風音と共にそのツルツル頭の男を持ち上げた。
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