79 雪の舞う頃
ケニスとカーラの2人は、今日も西の山に登っていた。山頂での訓練を続けながら、師匠候補のタリクと会える日を楽しみにしている。沖に住む風の精霊は、時折やってきて海の噂を落としてゆく。
「ようガキども。今日も跳ねてんのか」
「訓練だ」
「そうよ、ただ跳ねてるんじゃないのよ」
「どれ、手伝ってやる」
大ぶりなカラスに似た灰色の精霊は、羽ばたいて風を起こす。嘴はずんぐりと太く、尾羽の一部はとても長く垂れている。この長い尾羽をくるくると回すと、風の中で鞭のように襲ってくるのだ。
「こんなの、簡単だ」
「わけないわ」
2人は軽々と尾羽を避ける。風の精霊が巻き起こす突風をものともせずに、飛んでくる小枝や石も避けたり弾いたりしている。ケニスはヴォーラを振り回し、カーラは離れてマントを翻す。古びた毛織りのマントだが、砂や小石程度なら充分に防げるのだ。
「2人とも動きが良くなってるな」
「毎日訓練してるもの。当然よ」
「それだけ動けりゃ、剣の訓練にもついてけるだろうな」
「タリクにはまだ会えないの?」
「今マーレニカに向かってる船に乗ってるぜ」
それを聞いて、ケニスとカーラは嬉しそうに顔を見合わせた。
「ほんとっ?」
「会えるのか!」
「明日にはマーレニカの港に着くだろ」
「それじゃ、あの船かな?」
山頂から見える海の上に、近づく船影がある。やや小型の帆船だ。灰色の空の下、北風を巧みに受けて波の上を滑ってくる。
「そうだ。あれに乗ってる」
「オルデンに頼んで、明日までにマーレニカの港に降りなきゃ!」
「早く帰りましょ」
「うん」
「そうしな」
「ありがと、鳥」
「鳥、またね!」
「アルムヒートのタリクを探すんだぞ」
鳥の姿をした精霊は、言い残して沖へと去ってゆく。
「なんだ、紹介してくれるんじゃないのかよ」
ケニスは口をへの字に曲げる。
「あの鳥、ほんと相変わらずよね」
カーラも不満そうに口を尖らせる。見送る空に、何か小さなものがちらつき始めた。
「冷たい」
「雪だ」
「風が出てるし、吹雪になるかしら」
「吹雪く前に帰ろう」
「そうね」
子供たちは手を繋ぐと、足早に山頂を後にした。
魔法を使わず、精霊たちの助けも借りずに、子供たちはスイスイ山路を降る。雪はあっという間に激しく降り出し、風の音がおどろに鳴った。太い枝がまるで小枝のようにやすやすと、風に振り回されている。
「思ったより早かったわね」
「口開けないほうがいいぜ」
吹雪は2人の視界を奪い、口を開けば砂粒と雪片が刺さる。粗末なフードを片手で押さえながら、2人は風に逆らって山腹に差し掛かる。
「ケニー」
「ああ、来るな」
カーラは吹雪の向こうに魔法の気配を感じた。ケニスは眉根を寄せてカーラの手を引く。
「パロルの寝床に避難しよう」
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