78 西の山より海を臨む
月日の過ぎるのはあっという間だ。5回夏が来て、ケニスは10歳になった。十ともなれば、子供たちは2人だけで出かけもする。もともとカーラは精霊なので、人間の子供よりは安全でもある。
秋も過ぎて、裸の木々が西の山に立ち並ぶ。灰色の岩肌を冷たい風が撫でる。潮の香りが微かに漂う山頂で、2人は手を繋いでマーレニカの港を見下ろしていた。ケニスの背中には、斜めに背負ったヴォーラもある。
「大きな船が出てゆくわ」
「アルムヒートに行くのかな」
「きっとそうよ」
「タリクも乗ってるかも」
「なかなか会えないわね」
「会えないな」
人の姿までは見えないが、行き交う船の影は見渡せる。ほとんどの船は季節で変わる風向きで行先が決まる。だが、大きな船の中には魔法使いを雇って自由に航行するものもあるのだ。子供達は沢山の船が出入りする港を日々眺めている。だが、地底湖の精霊が師匠になるだろうと教えてくれた、貿易船の護衛タリクとはまだ出会えていなかった。
「せっかくケニーがヴォーラを持ち運べるようになったのにね」
「オルデンは危ないから振り回すなって言うし」
2人して口を尖らせていると、カワナミが現れてゲラゲラ笑う。相変わらず何にでも笑う精霊だ。
「剣が届くところに人や物がある場所じゃ、抜いちゃダメだよ」
「わかってる」
地底湖の精霊に勧められて、ケニスはヴォーラを抜くだけの練習はしている。足腰を鍛える為に剣を背負って山に登り、梢を渡る。カーラと共に岩や枝々の狭い隙間をすり抜ける。身体も柔らかく育ってきた。後は正しい使い方を習うだけなのだが。
「ヴォーラはイメージを伝えてくれるんでしょ?」
カーラは励ますように言った。
「はっきり目に見えるかたちでじゃない」
そう言うと、ケニスは高く跳躍して剣を抜く。岩の目立つ山頂の上空は遮る物がない。剣は美しい光の線を白く残して再び鞘に帰り、ケニスは大岩を飛び越えて向こう側へと着地した。
「こんな練習しかできない」
「カッコイイわよ、ケニー」
カーラが大岩を回り込んで手を叩く。不満と照れをないまぜて、ケニスはカーラに笑顔を向ける。小さな犬歯がキラリと光った。
ケニスとカーラのふたりは、すっかり茶色と紫色の姿にも見慣れた。ケニスは、オルデンに丈や身幅を詰めて貰った粗布のチュニックを身につけている。カーラも魔法や精霊の力に頼らず、オルデンから貰ったダボっとしたローブを着ている。
子供たちは、夜中にオルデンの後をつけて怒られたりしながら、服の出所を知った。
「ちょっとオルデン、お金は?取り替えないの?」
「どうせ町に着いたら捨てる分だ」
「本当に?」
「怒られないかしら」
オルデンは言い訳をする。子供たちは半信半疑だ。実際、オルデンが旅人の荷物から抜くのは、擦り切れて穴の空いた服や靴である。それも、年に一度あるかないかだ。
魔法を使わない練習の為、以前と違って服も靴も暫く使うと傷んでしまうのだ。だからといってオルデンは、好き放題盗むことはしない。木の根元などに捨てられている物を拾うこともある。
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