77 師匠の候補
いきなり失礼な態度を取った風の精霊にケニスが抗議すると、カーラも眼を吊り上げて同意した。
「ほんとよね。あんた、なんなの?」
「マーレン大洋の沖に住む風の精霊だ」
「ふうん?で、結局何しに来たのよ」
「煩ぇガキだな」
「嫌な鳥だな!」
ケニスはカーラの手を強く握りなおして叫ぶ。
「お前ぇら、いい加減にしろ」
オルデンが疲れた声を出す。
「鳥も何でそんなに突っかかんだよ?」
「こいつら、龍の寝床から宝を持ち出したろ」
「宝?」
「とぼけんな。ポケットが光ってる」
ケニスのポケットからは赤い光が漏れ出していた。地底湖のそばから持ってきた煌塩だ。地底湖を離れて外に出て来ても、やはり赤々と輝いている。
「地底湖の精霊が持ってっていいって言った!」
「そうよ。ちゃんと聞いてから持って来たんだから」
「オルデン、ホントか?」
「なによ、信じないの?」
「いいよ。お前なんかに信じて貰わなくても」
「ああ、こらこら。お前ら落ち着け。鳥もちゃんと話聞け」
オルデンは苦笑する。
「確かに地底湖で精霊に聞いてから持ってきた塩だぜ」
いきりたつ両者を交互に見ながら、オルデンは落ち着いた声で話す。実際には、地底湖の精霊は何も言わなかっただけなのだが。少なくとも持ち出すことを止めようとはしなかった。
「何だ、そうなのか」
「そうだ!謝れ」
「ちゃんと謝ってよ」
子供たちに詰め寄られて、風の精霊はとうとう頭を下げた。
「すまねぇ。俺っちが悪かったぜ」
「分かればいいんだ」
ケニスは、オルデンに怒られて謝った時の真似をする。カーラもケニスの言葉を繰り返す。
「分かればいいのよ」
大人びて謝罪を受け入れる子供たちに、オルデンは眼を三日月に細めて口元を緩めた。
「こら、若僧。童どもになんぞしてやれ」
「ジジイ関係ねぇだろ」
「わしゃ関係ないが、盗人扱いしたんだから、ちゃんと詫びんなることをせい」
「ちっ、一々煩ぇなあ」
鳥の姿をした精霊はブルリと身を震わせて小羽を飛ばす。
「そんで?なんかして欲しいこたぁあるのかよ?」
子供たちはオルデンを見上げる。オルデンは2人の頭を順に軽く撫でてから、風の精霊に向き直る。
「そうだ、鳥ならいろんな奴知ってんよな」
「いろんな奴?」
「ここにいるケニーに剣を教えて欲しいんだ。いい師匠はいねぇか?」
「ウーン、そりゃ良さそうな奴はいるけどよぉ」
「どんな奴だ?」
オルデンは身を乗り出す。
「扉を叩く者ってんだが」
「何か問題があんのか?」
「今海の上だぜ」
「へえ?こっち向かってんのか?」
「いや、アルムヒート港に戻るとこだ」
アルムヒートは海の向こうにある貿易港だ。
「そんじゃどうしようもねぇな」
オルデンはがっかりする。
「そのひと、もうこっちには来ないのかしら?」
「さあな。貿易船の護衛だから、そのうちまた来るかもな」
鳥の言葉にカーラは期待を込めてオルデンに訊ねる。
「ケニーがヴォーラを持てるようになる頃には、またこっちに来るんじゃない?」
「何にせよ、ヴォーラ持てるようになんなきゃな」
オルデンは優しく笑い、ケニスは真面目な顔で頷いた。
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