76 沖風の精霊
「ありゃ、風の精霊だな」
オルデンが眼を細めて断言した。カワナミはゲラゲラ笑いながら3人の周りを飛び回る。
「うわっ、沖に住んでるやつだ。何だろ?珍しいねぇ」
ほら穴の近くに生えている老木の幹から、老人が肩から先をにょきりと現した。長い髭と髪は木の表面に生えた苔のようにくしゃくしゃだ。顔も目も緑と茶色が混ざった色をしている。ひび割れた声で、陽気に話しかけてきた。
「地底湖に人が入った気配で見に来たんだろうて」
「ふうん」
「気になったのね?」
「よーう、沖風の精霊!何しに来たんだぁ?」
オルデンは大きく片手を振って、風の精霊に呼びかける。精霊は長い尾羽をくるくる振り回すと、不機嫌そうに舞い降りた。
精霊が止まったのは、先ほどの老木だ。ひび割れた樹皮には苔が生え、苔には飛沫のような白い花がポツポツと咲いている。遠慮なく大きな爪を立てて枝に止まった精霊に、老木が不満そうに目を細めた。
「なんじゃ、お前さん。不躾なことじゃの」
「ふん、知ったことか、老いぼれめ」
「はん、小童が」
どうやら2人は仲が悪いようだ。カワナミが体をくの字に折って笑う。
「ギャハハハ!なんでわざわざ仲悪いひとのとこに止まるのさ!」
「そうよねぇ」
「へんなのー」
カーラとケニスにも笑われて、精霊は眼をカッと見開いて羽を膨らます。
「ハッ、恐ろしくなどないわ」
「ジジイ」
「ねぇ、それより、何で来たの?」
「遠くから来たんでしょ?なんで?」
子供たちにも威嚇は効かず、風の精霊はますます苛立つ。
「なんだてめぇら。精霊の癖に変な気配だな」
「俺は精霊と人間と両方なんだぜ!」
ケニスが得意そうに胸を張る。
「あたしはデロンの契約精霊よ」
「何だって?籠はどうした」
「これよ」
カーラはつんと顎を上げ、青っぽい金属製のカンテラを突き出す。午後の強い太陽を、ランタンの丸い傘が揺れて四方に反射する。
「出てきてんのか」
「そうよ」
「何ができんだ」
「何だっていいでしょ」
「けっ、いけすかねぇ」
風の精霊はまた長い尾羽をくるくると回す。不自然な動きで、普通の鳥ではないことが分かる。
「久しぶりじゃねぇか。元気そうだな」
オルデンはニッと笑って風の精霊にもう一度声をかけた。鳥の姿をした精霊は、表情を緩めて尾羽を伸ばす。灰色の尾羽が目の高さにある枝から垂れて、オルデンの額に触れた。金の光が山の木々を染める。
「よ、オルデン。相変わらずいい気を持ってやがんな」
「だろ?お前ぇはちったあ大人しくしなよ」
「あ?この老いぼれやガキどもの肩を持つのかよ?」
「肩を持つってお前ぇ。そっちから突っかかってんだろうがよぉ」
オルデンが呆れると、ケニスも背伸びしてキッと精霊を睨みつける。怒っているので、言葉遣いは乱暴になる。
「そうだ!何にもしてねぇのに!」
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