72 地底湖の精霊
金赤にきらめく煌塩は、青黒い岩の壁一面を覆っている。
「他のところで乾いても赤くならないの?」
ケニスは驚いて声を上げる。子供らしい好奇心が、紫に変えた瞳を輝かせる。
「ならないらしい。ここに住んでいた龍が言っていた」
「ふうん。不思議だね」
「特別なんだよ!」
カワナミも口を出す。カワナミはこの湖とはあまり関係がないはずだ。それでも水に関わることで何かしら褒められると、すぐに威張り出す。カワナミは、生まれた経緯や住んでいる場所よりも、水であることに誇りを持っているのだろう。
「これ、魔法の無いところで光る?」
ケニスがふと思いついて言った。
「解らない」
ここに来る者は稀で、地底湖の精霊は外で起こることを知らなかった。
「試してみれば?」
カワナミはしゅっと壁の高いところまで飛んでいって、金赤に煌めく塩の結晶を取ってきた。
「ほら。外に持っていったらいいよ」
そしてまた、いつものようにゲラゲラ笑う。
「そうだね」
ケニスはにこにこして、小さな白い手を開く。森で暮らしていた割には柔らかな手だ。魔法で守られていたからである。赤い血管が透けた健康的な子供の手に、金赤に発光する不思議な塩がパラパラと落ちる。
ケニスはポケットに塩を入れた。その無造作な仕草に、地底湖の精霊は戸惑った。しかし何も言わずに、話題を変えた。
「2人とも、イーリスの気配がするね?」
地底湖の精霊は、そのことがずっと気になっていたようである。ケニスとカーラは顔を見合わせ、どちらが答えるか肘でつつき合う。オルデンは出しゃばらずに2人の子供が口を開くのを待った。
「カーラはイーリスの最期の息吹なんだ」
しばらくつつきあった後で、ケニスが言った。カーラはケニスのことを説明する。
「ケニーはイーリスのずっとずっと後の子供よ」
それを聞いて、地底湖の精霊は瞳のない眼を見開いた。
「ああ」
ため息と共に深い深い優しげな声を溢す。
「邪法が遂に破られたのか」
安堵の吐息を浴びて、カーラとケニスは困ったように目交ぜした。カワナミがけたたましく笑い、オルデンが肩をすくめた。
地底湖の精霊が疑問を表して皆を順に見た。オルデンは子供たちのかわりに説明することにした。
「残念だけどよ、邪法はそのまんまだ。これから俺たちで破ろうってんだ」
「それはまた、重い運命だな」
地底湖の精霊は、一行を気の毒そうに見つめた。
「ねえ、あなた、デロン知ってる?」
カーラは特に意味もなく聞いた。
「デロンか。海の彼方から来た職人だな?」
「知ってるのね!」
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