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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第二章 森の外へ
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70 地底湖の灯り

 狭く細長い空間をくねくねと進むと、今度は急に天井が低くなる。子供達でも手が届く高さに岩の天井がある。オルデンは中肉中背だが、さすがに屈まないと通れない。


「デン、頭気をつけてね!」

「おう、ありがとな、ケニー」


 ここでも魔法の灯りを先に立て、オルデンは殿(しんがり)を務める。心配して振り返るケニスには、ニッと白い歯を見せる。


 先程まで流れていた地底の水はすっかり隠れて、地面は湿ってはいるものの水溜まりはない。脇道もない下り坂を3人はただ降りてゆく。



 ほら穴の中は、岩ばかりの景色に変わってしまう。岩肌も赤茶けた縞模様や板の重なりを過ぎて、青黒い色を見せている。土の気配はいつのまにやら遠ざかり、子供たちの慣れない靴底から返るのは硬い感触だ。



「あっ」

「湖よ」

「明るいな」


 急に明るく開けた視界の先に、青緑色に烟る湖があった。ほんのりと潮の香りが漂っている。初めての香りに、子供たちは不思議そうに鼻をひくつかせた。見上げる天井はとても高い。空を覗く穴は無いが、真昼のような明るさに満ちている。


「デン、灯り、無くても見えるねぇ」

「そうだな」

「どこから光が来るのかしら」


 3人は不思議そうに四方を見回した。湖は磨りガラスのような青緑色の水をしんと湛えている。壁は先ほどまでと同じ青黒い岩が切り立ち、表面を金赤の光が粒となって覆っている。



 オルデンの剃り上げた頭が金色を帯びた赤い光に照り映える。ケニスの柔らかな髪が光の膜で覆われ、金茶色をした宝石のように見える。カーラの癖毛も豪華に輝き、魔法で平凡に変えた焦茶が神秘的に揺れる。


「精霊でも魔法でもねぇな」

「デンも知らないの?」

「ああ。見たことねぇ」

「カーラは?デロンから聞いてる?」

「知らないわ」


 壁一面に煌めく光の粒は、3人とも知らない灯りだった。


「ここにパロルがいたの?」

「そう聞いてる」

「懐かしい気配がするわ」


 カーラは、イーリスの最期の息吹だ。イーリスは賢い龍パロルの吐いた炎から生まれた。懐かしさを感じるのも頷ける。



「オルデン、ケニー、カーラ!」


 鏡のように静かな湖面を割って、カワナミが飛び出してきた。


「おう、カワナミ。何処にでも来るよな」


 オルデンは嬉しいような呆れたような声を出す。


「へへっ!水の精霊だからね!」


 カワナミは得意そうに胸を張ると、水の姿に戻って空中に渦を作る。カワナミの水は金赤を反射して、飛沫が花のように辺りに散った。



「カワナミ、この灯りのこと、分かる?」

「分かるさ、ケニー!」


 カワナミはいつものように笑い転げる。


「みんな、分かんないの?」

「そうなんだ」


 オルデンは困ったように眉を下げる。カワナミはゲラゲラと大袈裟に笑った。


「笑ってないで教えてよ」


 カーラは頬をぷっくりたと膨らませる。カワナミはまた飛沫を飛ばす。地底湖に金赤の雫がきらきらと落ちてゆく。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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