69 湿った道や岩棚の練習
慣れない靴で、子供達は歩く。オルデンは先に立って、地面の穴や突然の段差を伝える。幻想的な魔法の灯りに囲まれて、3人は無言になって進む。
立ったままでは子供には超えられないほどの段差がある。平らな板状の岩が重なっていたり、階段状に連なっていたりもする。水溜りが出来ている場所もある。
「湿ってきたわね」
川の底で目覚めたカーラは、炎の精霊でありながら水の気配に喜びを示す。
「壁から水がちょろちょろしてる」
「ほんとね、ケニー」
子供達は、岩壁から染み出す水の細い流れに足を止めた。
「面白いねぇ、カーラ」
「うん、でこぼこの壁を伝って、踊ってるみたいよ」
「光も一緒に遊んでるみたいだ」
「可愛いわ。精霊じゃないのにね」
子供達は夢中で小さな落水を眺めている。オルデンは目を細めて2人を見つめた。
「さ、そろそろ行くか?」
「うん。ここ、ちょっと寒いね」
普通の人間として暮らす練習中のふたりは、真面目に魔法を避けている。だが、残念ながら上着や毛布の予備は持っていなかった。オルデンはあたりの気配をじっと探る。
「大丈夫そうだな。人は来ねぇ。魔法使うぞ」
「うん」
「人がいる時はどうするの?」
魔法で温まりながら、カーラはオルデンに質問した。
「着込むもんも無くて火も焚けねぇ時にゃ、我慢するしかねぇな」
「ええっ、嫌だねぇ」
「普通の人間は不便ね」
子供達は不服を漏らしながらも先を急ぐ。
「湿ってるから滑るぞ」
「わかった」
オルデンが声をかける。ケニスは真面目な顔で返事をした。
「ゆっくりな」
「歩きにくいわね」
もう一つ注意を促す言葉に、カーラは口を尖らせた。前にいるケニスが振り返って、励ますように微笑んだ。カーラは気を取り直して微かに頬を緩める。
滑りやすい岩の坂を下る。下り切ると大きな段差になっていた。子供には危険な落差を避けて、一行は壁面を這うような細道を伝う。段差は次第に大きくなって、細道は一旦上ってゆく。初めは物珍しさにうきうきと歩いていた2人だが、次第に表情を消してしまった。
「デン、魔法ダメ?」
「歩き方を練習しといた方がいい」
「こんなとこ、森の外にはいっぱいあるの?」
カーラが驚いて目を見張る。
「いっぱいじゃねぇが、万一こういうとこでノルデネリエ王族の奴らに出くわしたら、普通の人間のふりしねぇとなんねぇだろ」
「そうねぇ」
「仕方ないね」
子供たちは頷くと、のろのろと細い岩棚の上で足を運ぶ。ここでは、オルデンが一番後ろに就く。後ろからあれこれ指示をして、順調に登る。
岩棚はいつのまにか、再びの下り道になっていた。やがて落差も無くなって、また平らな岩道になる。地面のでこぼこは少ないが、両脇の壁が迫った細長い空間だ。
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