65 賢い龍の寝床
「賢い龍なら、デロンの故郷を知っていたかもなぁ」
カーラは賢い龍パロルの吐いた火から生まれた龍の精霊イーリスの、最後の息吹である。どちらからも少し知識や性質を引き継いではいる。しかし、残念ながら全てではない。
「パロルの住んでたとこに、誰か精霊いるかな?」
「そうだなあ。長生きのやつがいるといいな」
「きっといるわよ!早く行きましょ」
カーラは走り出す。
「あっこら」
「カーラ、危ないよ!」
カーラはすっかり靴に慣れ、軽やかにでこぼこの山路を駆け登ってゆく。
西の山の中腹に、かつて賢い龍パロルが住んでいた岩屋があった。今や入り口が木々に覆い尽くされている。
「中に入れるかな?」
ケニスが不安そうにオルデンを見る。
「お願いしてみな」
オルデンはニッと白い歯を剥き出して笑う。
「わかった」
ケニスは素直に頷いた。それから、徐に洞窟を塞ぐ枝や根に語りかける。
「賢い龍パロルの寝床に、入れてくれる?」
枝々がガサガサと鳴り、山の精霊達が集まってきた。
「イーリスの気配がする」
「だけどイーリスじゃない」
「なんだかへんな精霊だな」
「デロンの檻を待ってるぞ」
「お前、契約精霊か」
「初めてみたな」
「檻を出られるのか」
精霊たちはカーラの周りを取り巻いた。小さな精霊は顔の辺りを飛び回る。大きな精霊はぬっと立って見下ろしてくる。精霊たちは、デロンの籠を檻と呼んで見下げてきた。カーラはキッとして精霊達を見回した。
「私はイーリスの最後の息吹よ」
精霊達がざわざわと話し合う。カーラは不服そうにその様子を眺めていた。ケニスがぎゅっとカーラの手を握る。カーラは少し機嫌を直し、ケニスに顔を向けて微笑んだ。
しばらくすると、精霊達は黙ってカーラから離れた。今度はケニスを取り囲む。
「焔の御子だな」
「印があるぞ」
「ジャイルズ達の子か」
「邪悪な気配はしないな?」
「ジルヴァインの末か」
「子供の、子供の、ずっとずっと後の子供だ!」
ケニスは胸を張る。
「ノルデネリエのオーゾクだけど、邪法なんか破ってやる!」
勇ましい5歳児を、精霊達は気に入ったようだ。
「そりゃいい」
「頑張れよ」
「ついに邪法が破られるのか」
「仲間がたくさん捕まってるからなあ」
ケニスは焦茶に変えた眉をぐっと寄せる。
「今でも捕まえにくるの?」
「時々な」
「そろそろまた、エステンデルスに攻め入るんじゃないのか?」
「ノルデネリエの邪法使いめは、砂漠の魔女の復活も近そうなことを噂してるぜ」
ケニスはさっと青褪める。カーラと繋いだ手に力が入る。カーラは励ますように握り返した。オルデンも厳しい顔になる。
「砂漠の魔女は手強いぞ」
細長い仙人の姿をした岩の精霊が言った。ケニスは真剣に質問する。
「魔女を見たの?」
「ああ、見た」
「心臓がどこにあるか、知ってる?」
「砂漠にあるって噂だったが、どこにあるのか、どんな形なのか分からないのだ」
「そうかあ」
ケニスはがっかりする。
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