64 西の山に登る
西の山へと向かう道すがら、オルデンは外の世界の説明を続けた。生まれた時から魔法を使えたオルデンは、魔法なしの暮らしに苦労した。中でも怪我や靴擦れは辛かった。
「深靴の靴擦れは外から見えねぇから、精霊の薬や癒しの精霊の力で治せる」
魔法を使えないと、傷や毒から身を守る時に頼れるのは精霊だけ。だが、それにも注意が必要だった。
「精霊の薬や癒しの精霊も、人に見られねぇようにな」
「魔法じゃないのに?」
「普通の人間はな、精霊が見えねぇ」
精霊が癒す時、常人の目には突然傷が治ったように見えるのだ。魔法よりも不自然である。魔法を使うときには、何か動作をしたり言葉を口にしたりする。
癒しの精霊が傷や病気を治す光も、普通の人には見えない。精霊が作る万能の霊薬は、一瞬で全てが回復する。一般的には、精霊の薬が存在することすら知られていない。オルデンやケニスのような特別の存在だけが貰える。
「普通の人っぽくしなきゃね」
「そうだぞ、ケニー」
「怪我しないようにするわ」
「そうだな」
いつのまにか地面の傾斜は急になり、子供たちは前傾しながら小さな足を踏み締める。初めての靴の感触に喜んで、ふたりは顔を見合わせては同時に足を出していた。
枯れ葉が靴の下でパリパリと乾いた音をたてて砕ける。
「フフッ」
「エヘヘ」
カーラが可愛らしく笑った。ケニスは、お揃いになった紫色の瞳を煌めかせて笑い返す。くるくると回りながら落ちてきたギザギザの葉っぱが、焦茶になったケニスの頭に鮮やかな赤を添える。
「いい香りがするわよ」
ケニスの頭から枯れ葉をつまみ上げたカーラは、深く息を吸い込んだ。
「ほら」
カーラが、ケニスの鼻先につまんだ葉っぱを差し出す。ケニスは顔を傾けてくんくんと嗅いだ。
「本当だ」
ふたりはにっこりして、交互に落ち葉を嗅ぎながらオルデンについてゆく。
オルデンは、斜面を登りながら子供たちを観察する。
「もうちょい日焼けや傷がある方が安心だな」
魔法で守られたケニスと精霊であるカーラは、傷ひとつない柔らかな肌をしている。日焼けは少しだけある。その程度では、外暮らしの旅人には見えない。
「デロンも、もうちょっと日に焼けて黒っぽい顔してたわね」
カーラが懐かしそうに言った。
「デロンは海の向こうから、はるばるこの森まで流れてきたって言うからなあ」
「うんと遠いところ?」
「遠いぞお」
「デロンが生まれた場所って、どんなとこかしら」
「精霊の誰かは知ってるかもな」
「聞いてみましょうよ」
カーラが声を弾ませてオルデンを見上げる。オルデンの剃り上げた頭には、木漏れ日が斑ら模様を作っていた。すぐ近くの木々を、灰茶色の栗鼠が忙しなく登り降りしている。ケンケンとよく響く鳥の声がする。
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