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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第二章 森の外へ
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64 西の山に登る

 西の山へと向かう道すがら、オルデンは外の世界の説明を続けた。生まれた時から魔法を使えたオルデンは、魔法なしの暮らしに苦労した。中でも怪我や靴擦れは辛かった。


「深靴の靴擦れは外から見えねぇから、精霊の薬や癒しの精霊の力で治せる」


 魔法を使えないと、傷や毒から身を守る時に頼れるのは精霊だけ。だが、それにも注意が必要だった。


「精霊の薬や癒しの精霊も、人に見られねぇようにな」

「魔法じゃないのに?」

「普通の人間はな、精霊が見えねぇ」



 精霊が癒す時、常人の目には突然傷が治ったように見えるのだ。魔法よりも不自然である。魔法を使うときには、何か動作をしたり言葉を口にしたりする。


 癒しの精霊が傷や病気を治す光も、普通の人には見えない。精霊が作る万能の霊薬は、一瞬で全てが回復する。一般的には、精霊の薬が存在することすら知られていない。オルデンやケニスのような特別の存在だけが貰える。


「普通の人っぽくしなきゃね」

「そうだぞ、ケニー」

「怪我しないようにするわ」

「そうだな」



 いつのまにか地面の傾斜は急になり、子供たちは前傾しながら小さな足を踏み締める。初めての靴の感触に喜んで、ふたりは顔を見合わせては同時に足を出していた。


 枯れ葉が靴の下でパリパリと乾いた音をたてて砕ける。


「フフッ」

「エヘヘ」


 カーラが可愛らしく笑った。ケニスは、お揃いになった紫色の瞳を煌めかせて笑い返す。くるくると回りながら落ちてきたギザギザの葉っぱが、焦茶になったケニスの頭に鮮やかな赤を添える。



「いい香りがするわよ」


 ケニスの頭から枯れ葉をつまみ上げたカーラは、深く息を吸い込んだ。


「ほら」


 カーラが、ケニスの鼻先につまんだ葉っぱを差し出す。ケニスは顔を傾けてくんくんと嗅いだ。


「本当だ」


 ふたりはにっこりして、交互に落ち葉を嗅ぎながらオルデンについてゆく。



 オルデンは、斜面を登りながら子供たちを観察する。


「もうちょい日焼けや傷がある方が安心だな」


 魔法で守られたケニスと精霊であるカーラは、傷ひとつない柔らかな肌をしている。日焼けは少しだけある。その程度では、外暮らしの旅人には見えない。


「デロンも、もうちょっと日に焼けて黒っぽい顔してたわね」


 カーラが懐かしそうに言った。


「デロンは海の向こうから、はるばるこの森まで流れてきたって言うからなあ」

「うんと遠いところ?」

「遠いぞお」

「デロンが生まれた場所って、どんなとこかしら」

「精霊の誰かは知ってるかもな」

「聞いてみましょうよ」


 カーラが声を弾ませてオルデンを見上げる。オルデンの剃り上げた頭には、木漏れ日が斑ら模様を作っていた。すぐ近くの木々を、灰茶色の栗鼠が忙しなく登り降りしている。ケンケンとよく響く鳥の声がする。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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