63 靴を履く
「マーレニカの王様は、ホレニウス王って言うんだぜ」
オルデンが、地面の楕円の隣に波線を書きながら言った。マーレニカの海である。
「ホレイス?」
「ホレニウス、難しいな。王様でいいぞ」
「わかった!」
「王様って呼ぶわ」
どのみち当面は、王様達と会うこともない。その辺りはだんだんでいいとオルデンは思った。
「まあ、覚えなくてもいいぜ」
「うん」
「そうなのね」
この3人には、いざとなれば、耳元で教えてくれる見えない協力者がいくらでもいるのだ。本人たちにズルをしているという感覚はない。
子供たちがオルデンの話を解ったのか解らなかったのか微妙なまま、3人は焚き火を片付けて腰を上げる。
「じゃあ、靴履いてみろ」
オルデンは、古びた靴をゆっくりとした動作で履いてみせた。子供達の側には、オルデンが盗んだ靴が2足置いてある。3足とも裕福な行商人の荷物から予備の靴を抜いたのである。
「大きくない?」
カーラが不満そうに無骨な道中靴を眺める。
「小さくすればいいだろ」
オルデンは普段、裸足に魔法の空気を纏わせて守るのだ。ケニスも当然オルデンの真似をする。ぬかるみでも尖った石のある場所でも、魔法を使いながら平気で歩き回っていた。
森の外でも、貧しい人は裸足である。そうした子供達は足の裏が硬くもなるが、傷がつけばそこからばい菌も入る。魔法を控えれば、ケニスも破傷風になるかも知れない。オルデンはケニスを病気や怪我から守りたかった。
「変な感じがするわ」
「硬いね」
子供たちは、おっかなびっくり靴に足を入れてサイズの調整をした。
「見た目も変えられるぞ」
オルデンは、自分の靴を毛皮にしたり、ピカピカにしたり、魔法で変えてみせた。
「あんまり綺麗にしても怪しまれるからな」
オルデンは、穴や裂け目をそのままにして着ているシャツを示す。注目されない程度の貧乏人スタイルだ。
「流れもんの宿なしなら、こんなもんかな」
最後に示されたオルデンの靴は、古びて継ぎが当たっている。まだ履ける範囲である。
「ながれもん?やどなし?」
「森の外ではな、人間が住むのは洞窟じゃない」
「えっ、魔法出来ない人、雨に濡れちゃう」
「家ってもんがあんだよ」
「ふうん」
「家がないのが、宿なしだ」
「へえー」
「ひとつの町にずっといない奴は流れもんだ」
「俺たち、流れもんの宿なしになるんだね」
ケニスはちょっとワクワクしている。カーラはどうでも良さそうである。ケニスと一緒なら何でもいいのだ。
子供たちも草臥れた靴を履いた貧しい姿になった。カーラはカンテラを下げている。顕現しているので火は消えていた。
「火が消えてると、夜に怪しまれるな」
「そうなの?」
「魔法の灯りは使えねぇし、暗がりで灯りを消すのは悪い奴らだぜ」
「ランタンを灯す練習もしとくわ」
「そうしとけ」
カーラはランタンの中に力を少しだけ流し込む練習を始めた。
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