62 秋の川辺
パロルの住処だった場所は、子供たちの遠出にはうってつけの行き先だ。隠れ身の魔法は、泥棒の技でもある。だが、ノルデネリエ王家に勘違いで狙われているオルデンにとっては、追っ手をやり過ごす重要な魔法でもあった。
「ノルデネリエの魔法使いは優秀だからな。あっちから来る奴に魔法使いがいたら、どうする?」
「魔法無しで見つからないうちに逃げる」
「そうだぞ、ケニー」
「魔法の気配を隠しながら音も消すのね?」
気づかれない程度の魔法もうまく組み合わせるのが、隠れ身の魔法である。本来は、魔法が得意ではない泥棒の技だ。泥棒の忍び足に加えて、落ち葉や砂利を踏む音まで消すために使う。
「その通りだ、カーラ」
「精霊にも手伝って貰う」
「ああ。人間の使える魔法だけじゃ、奴らなら見破るかも知れねぇからな」
鍋からは良い匂いがしてきた。3人は木を削って作ったスプーンを直接鍋に入れて食べ始める。
「熱いから気をつけろよ?」
カーラもケニスも焔の力を持っているが、食べ物の熱さには弱いようだ。2人は並んでスプーンを口に近づけて、ふうふうと冷ます。
スープを啜りながら、オルデンは子供達に西の山とその周りについて話を続ける。
「山向こうには、マーレニカって国がある」
「パロルと仲が良かった人たち?」
「そうだ。良く覚えてたな」
「へへっ」
「当然よ」
ケニスは褒められて胸を張る。カーラは自分が褒められたかのように顎を反らす。ケニスのことが誇らしいのだ。
「マーレニカにもオーゾクがいる?」
「いる。でもケニーたちとは全然関係ないけどな」
「殺しに来ない?」
「ノルデネリエには興味がないみたいだぜ」
「オルデンはマーレニカ、行った?」
ケニーは期待に満ちた顔を向ける。食事の手が止まっている。オルデンは軽く笑って頷いた。
「ほら、冷めないうちに食え」
ケニスは慌ててスプーンを動かす。カーラも真似をしてせっせとスープを口に運ぶ。骨ごと入れたぶつ切りの魚は、この辺りで取れるずんぐりとした金色の魚である。
「うん」
「良く噛んでな」
「解ってるわよ」
「カーラ、また威張ってるね」
目にも鮮やかな秋の川から、カワナミが飛び出して笑い転げる。カーラは茶色く変えた瞳をやや吊り上げて、カワナミを睨む。
川の中では沢蟹が、オルデンが取り除いて捨てた魚のハラワタに集まっておこぼれを喜んでいる。その蟹を狙って、鮮やかな青い鳥がやってくる。風翡翠と呼ばれるこの渡鳥は、遠く海を越えて渡ってくるのだ。
「カゼカワセミ、増えてきたねぇ、デン」
「そうだなぁ」
「秋だね!」
ケニスは喜び、カワナミはケタケタと喧しく笑う。カガリビが顔を出して川辺に落ちた木の葉を焦がした。赤い体の小さなトンボが仲良くつながって、川面をちょんちょんとつついて飛ぶ。
「カーラ、カゼカワセミはね、海の向こうから来るんだよ」
ケニスはカーラに教える。カーラはケニスに尊敬の眼差しを向けた。
「海の向こうにも森があるのねぇ」
「そうらしいな」
「山も川も平原もあるんだって」
カワナミが笑いながら、得意そうに知識を披露する。
「マーレニカの精霊から聞いたよ」
そう言って飛沫を飛ばすと、また陽気な笑い声をたてる。
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