61 洞窟を離れる
ジャイルズまでのヴォーラの持ち主は、みな普通の人間だった。特別に幸運な人々ではあった。中には、ヴォーラの光すら見えず、ひたすら幸運を吸われた者もいたそうだ。
「それで邪法の道具じゃないんだから、不思議よね」
「作った奴はただの鍛冶屋で、魔法職人じゃないからな」
「じゃ、なんで精霊文字なんか彫りつけたんだろ?」
カガリビの言葉に、ケニスは首をかしげる。答えたのはオルデンだ。
「ああ、それはな。昔、剣に銘と一緒に祈りの言葉を刻むのが流行ったからだと思うぜ」
オルデンが森の外にいた時、古い剣に言葉が彫られているのを時々見かけた。
「普通の文字で彫ってあるのも見たがな。だいたいは古代精霊文字だった」
ヴォーラは、そうした時代の遺産なのだ。
「デン、他にも精霊がすんでる剣はある?」
「さてなぁ。お目にかかったこたぁねぇが、あるかもな」
「ヴォーラ、お仲間に会えるといいねぇ」
「そうだな」
3人は、少ししんみりとしてしまった。
国境の森を西側へと抜けると、次第に斜面となり山に入る。かつて賢い龍が暮らしていた西の山だ。砂漠の魔女と激しく争った結果として、当時より低くなっている。
山が崩れた当初は、足場が悪い上に地盤が緩んでいて危険だった。当時漁村だったマーレニカの住民は、それをきっかけに賢い龍との交流が途絶えてしまった。
現国王ホエリウスは、賢い龍のことを知らない。かつてマーレニカの人々が知恵を借りていたパロルという龍の話は、今では伝わっていないのだ。
「この森は東西が狭くてな」
オルデンは地面に楕円を書いて説明する。焚き火にかけた鍋には、魚と木の実や薬草がぐつぐつと愉快な音を立てている。
「こっちのエステンデルス王国の端っこから西の山までは、半日程度あれば行ける」
朝のまだ暗いうちに森の近くにあるエステンデルスの町を出て、狩りをしながら移動すると、昼過ぎには山腹に着く。かつて賢い龍パロルが住んでいたあたりだ。休憩を経てまっすぐ帰れば、日没ごろに町まで戻れる。
「俺たちが今いる洞窟からだと、大人ならそれよりずっと早く行って帰れるぞ」
向こう岸では、尾の長い小鳥が何羽か降りて地面をつついている。
「精霊に手伝って貰えば、うんと早く山に着くな」
川岸の木々は赤や黄色に色づいて、風が吹くたびに木の葉を落としている。水面をモザイク模様で彩りながら、枯れ葉が川を下ってゆく。
「どうだ。行ってみるか?」
「うん、行く」
「行ってみるわ」
「人の気配がしたら、すぐに隠れるんだぞ」
「わかった」
「魔法無しで上手に隠れられるかしら」
「じゃあ、隠れるのも練習しながら行くか」
「そうね」
「わかった!」
この辺りは森を抜ける道から外れている。旅人が通ることはまずない。狩人が入ってくることも、近年では殆ど無くなった。マーレニカ側から山を越える物好きは、数年に1組いるかいないかという程度である。だが、用心に越したことはない。
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