52 ケニスと枯草鋼の剣
オルデンは、5歳のケニーが過酷な運命に巻き込まれてゆくのが辛かった。川底の遺跡を訪れたことを後悔もした。だが同時に、これを引き止めるのは却って危険なのではないかとも考えた。
何も知らない状態で刺客が来たら?語られた歴史のシルヴァインよりも危うい。
「うん、開けてみる」
ケニスは幼い丸顔をキリリと引き締めて頷く。そしてゆっくりとカガリビが教えた場所に触る。額の印が輝いた。岩壁が虹色に燃え上がる。
ケニスが触れた岩壁が静かに消えて、オルデンも屈まずに通れる穴が空く。その向こうには、大人が数人入れる程度の空間が現れた。
ケニスが振り返ってオルデンを仰ぎ見る。オルデンはしっかりとケニスの眼を見て頷いた。小部屋のような空間には、ケニスがまず足を踏み入れる。
オルデンは黙ってカーラの背中を押す。カーラはチラリとオルデンを見て、すぐにケニスの後を追う。虹色の癖毛が膝裏まで届いて踊る。
それからオルデンとカガリビも中に入った。入り口からは見えなかった場所に、一振りの剣が立てかけてあった。ケニスとカーラが剣の前に立って眺めている。
剣は、ごく無造作に置いてある。今誰かがそこに立てかけたかのような気楽さだ。
「カガリビ、これがジャイルズの剣か?」
「そうだよ。砂漠の精霊剣、幸運だ」
遥か昔の剣なのに、鞘も全く傷んでいない。柄はピカピカで、塵ひとつ付いていなかった。
「なんで精霊剣て言うんだ?人の幸運を死ぬまで吸い尽くすんだろ?力と引き換えに」
オルデンがカガリビに疑問をぶつける。
「デロンに聞いたんだけど」
「直接聞いたのか?」
「ああ。デロンがここで火を起こしたからな。偶然俺が呼び出されたのさ」
「へえ。そうなのか」
オルデンは、偶然の導きに驚いた。この洞窟の焚き火から生まれ、ジャイルズに名付けられたカガリビ。同じ洞窟に住んでいたデロンが火を起こして呼び出した。そして、この場所に流れ着いた泥棒オルデンもまた、焚き火をしてカガリビと出会ったのだ。
そのオルデンが、ある夜ジャイルズの子孫を救け育てた。今、ついに先祖の剣を継承者に届ける場面に立ち会っている。
「それでデロンはな、この剣には幸運の精霊が住んでるって言ってた」
「精霊が閉じ込められてるのか?」
「違う。剣を作った人の力から生まれて、自分から棲みついた」
「姿はみせねぇのか」
「話もしない」
「へぇ。気難しい奴だな」
オルデンは今まで、様々な精霊達と交流してきた。警戒心の強いカーラとさえも、話せるようになっている。だから、自らが住む剣の遣い手とすら交流しない精霊のことを奇妙だと思った。
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