5 川で拾った小石
ケニスが満2歳になった夏にも、2人は沢まで降りて来た。
「ケニー、お前が来てからもう3度目の夏だなあ」
「チャンドメ!ケニー、なつ、チャンドメ!」
ケニスは川の水をバシャバシャと叩きながら喜んだ。
「そうだ、解るか?3度目だぞ」
「うん!チャンドメ!チャンドメ!」
ケニスはよく分からないながらも、オルデンが優しく笑うのが嬉しくて何度も繰り返す。
「ははっ、解るかぁー。ケニーは賢いなあ」
鋭い目つきの泥棒は、まる2年の間にデレデレと相貌を崩す親バカに成り果てていた。
「あっ、デン!あっち、おはな。きえだねー」
ケニーは、バイカモの群生を見つけて指差した。それから殆ど頭まで水に浸かると、真っ白なバイカモの水中庭園を歩き回った。
普通の2歳児なら水に流されてしまう。だが、ケニスは精霊の血を引くノルデネリエ王家の直系である。緑の髪を水が持ち上げる。地上では前髪に隠れている古代精霊文字が顕にされた。
川の中では、水や石の精霊たちが寄ってくる。
「あなた、何でこんな所にいるの?」
「火のひとが川の中にいるなんて、へんよ」
「ケニー!」
ケニーがにこっと笑うと、意地悪を言っていた精霊たちが一斉に歓迎を始めた。精霊たちは気まぐれである。水草の精霊や流木の精霊が、次々にケニスの額に触れた。
「よろしくね」
「よろしく!」
「よろしくー」
精霊が触れる度に、ケニスの額で火焔を表す古代精霊文字か赤く光る。
「わあっ、デンといっしょのやつ!」
オルデンとケニスはよく、精霊たちに触れられている。その時も彼らは額に触れる。触れた場所は、オルデンなら金色に光るのだ。
「色、やっぱり違うねえ」
「あいつは智慧の子だからな!」
「ちぇーこ?」
「大きくなったらわかるよ」
「んー?」
ケニスは首を傾げる。
「さあ、何でも持ってきな!」
気を逸らすように、石の精霊が言った。ケニスは川床を眺めると、つるつるの小石に目をとめる。
「こえ、もらっていい?」
「おう!」
「あっとう、ねー!」
「またな、ケニー」
「うん!」
ケニスが地上に帰って行く間、川に住む様々な精霊たちがぞろぞろとついてきた。水は次第に浅くなり、とうとう川岸で待つオルデンが見える場所まで戻ってきた。
「みて!デンとケニー!あった!」
ケニスがむくむくした両手に一つずつ小石を掲げて、誇らしげに叫ぶ。自然に身につけた魔法を纏い、川底にボチャンと突撃して持ってきた小さな石だ。それはひとつが暗い赤茶色、もう一つは明るい緑色だった。
「おっ、よく見つけたなあ」
「うん!ケニー、いいこ!」
「偉いぞケニー」
その石は、何の魔法も含まれない平凡な石だ。だが、2人の髪や眉毛と似た色をしていた。その夏2歳を数えたケニスの眼には、それが何ものにも代えられない宝物に映った。
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