46 兄弟
シルヴァインは、敵の最後尾に立つギィを目掛けて一直線に走った。しかしギィはニタリと笑い、森へと向かう。
「シル、深追いはーー!」
ギィの魔法は強力で、狙いと定めるシルヴァインの理性を狂わせる。風の刃がエステンデルスの仲間を襲う。虹色の炎が手を、足を、眼を焼いてゆく。氷のナイフが喉を突く。辺りは紅に染まる。
「やめろ!ギィ、この人でなしッ」
「お前も人ではないだろう?早くこっちに来いよ」
今でも砂漠の魔女は、シルヴァインを自分の手勢に加えようと目論んでいるのだ。
致命傷を免れた仲間が、シルヴァインを引き止める。
「シル、ギィは邪法に縛られて正気じゃないんだ」
「だからって、人を殺した奴を見逃すことはできねぇ」
ギィは愉快そうに眼を見開いて、引き止める青年に火の粉を降らせる。
「あちぃッ」
背後から無言で水をかけるエステンデルスのおかみさんには、氷の欠片を山と被せた。
「やめろぉーッ」
シルヴァインが悔し涙を流し、ヴォーラを構えて突進する。ギィはひらりと躱して森の奥へと逃げ込んだ。
ギィは姿をちらつかせながら、木々の間を縫って飛ぶ。魔法が苦手なシルヴァインは、剣を片手に走って追う。ギィは北へは抜けずに西の山を登りだす。
「何のつもりだ」
「アハ。ついておいでよ、お兄ちゃん」
シルヴァインは、ギィの魔法に操られてここまで来てしまった。そして今、この先にいる賢い龍パロルと山の精霊達の身を案じ始める。ギィが山の仲間達を人質に取ったり、邪法の餌食にしたりすることも予想できるからだ。
賢い龍がいるあたりに差し掛かると、バリバリという轟音が響いた。山が揺れて、引きちぎられた大木や砕けた岩が降ってきた。
「始まってるねぇ」
ギィはシルヴァインの方を振り返って、意地悪そうな笑いを見せた。
「パロル!」
シルヴァインは、育ての親の名を呼ぶとお腹に力を入れて加速した。飛んでくる木や岩は幸運の剣で弾く。流れる土砂は表面に足を取られず駆け上る。
「うっは!派手だね、シルヴァインお兄ちゃん」
揶揄うように声をかけ、ギィはわざとピッタリとシルヴァインの横にいる。
賢い龍の棲家に到着すると、炎を含む風が吹き荒れていた。空には、砂漠の魔女と龍の姿をしたイーリスがいる。全身をマントで包んだ魔女の命令で、イーリスが風と炎を生みの親であるパロルにぶつけている。
岩も木も掘り返され、抉られ、引き裂かれる。土砂が流れて燃える草木を山裾へと運んでゆく。このまま続けば山が平らになる程の凄まじい有様であった。
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