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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第一章 国境の森
44/311

44 非情

 エステンデルス村は武力を持たない。兵士の生き残りは、自警団にすら足りない程である。


 かつて城を持ったルフルーヴ王国も穏やかだった。国外との交流はとても少ない。東の川辺にあったルフルーヴは自給自足の小国であり、狙われるような資源もない。


 肥沃な大地を開墾すれば利益もあろう。しかし、そんな労働力を連れてくるような大国が、そもそも近隣にはないのである。



 川底の輝石は、精霊に許された特別な人間だけが受け取れる。だが精霊の気まぐれで、時には普通の人間でも拾うことができる。


 ジャイルズはそこに目をつけて、北の放牧民との交易を拓いた。しかし、精霊と仲の良い人間がいなければ、持ち出せる輝石は少なかった。資源として奪うには効率が悪すぎる。


 ルフルーヴが白い人喰い龍に滅ぼされたからといって、利権を求めてやってくる集団は現れなかった。こうしてエステンデルス村は、攻めることも攻められることもなく、長閑に暮らしていたのだった。




 一方、魔女に育てられた双子の弟ギィは邪悪な魔法使いになっていた。雪渓に潜んで豊かな北の牧場を襲い、果樹園を蹂躙した。占領地域の民を奴隷のように従えて、ギィはノルデネリエと名付けた国を興した。


 ギィは北の地を広く呑み込みながら、森を越えてエステンデルス村に攻め込んで来た。エステンデルスにいた双子の兄シルヴァインは、村の仲間と共に双子の弟を押し返す。


「出てくんな!精霊たち。捕まるぞ」

「でも、こっちは魔法使いがひとりもいないじゃないか」

「ばかっ、捕まったら余計厄介だろ」

「それはそうだけど」

「解ったら隠れてな。いざとなりゃ、幸運の剣ヴォーラがある」


 シルヴァインはジャイルズと違って、ヴォーラを使う練習をしていた。無制限に幸運を吸い取られ、力の源である生命まで枯らされるようなヘマはしない。



「俺が斬り込んでギィと魔女の首級(くび)を獲る。みんなは軍勢を頼む」

「シル坊」


 精霊が見える兵士がシルヴァインを気遣った。いくら度重なる襲撃を仕掛けてくる敵とは言え、ギィは魔女に操られているのだ。そして何よりも、ギィはシルヴァインにとっては双子の弟である。


「砂漠の魔女が死んだ時に術は解けるんだろ?」

「ギィを縛る道具はギィの身体そのものだ。ヴォーラの力が効くかどうかも賭けでしかない」


 シルヴァインは非情な光を虹色の瞳に宿す。



「母さんは解放の望みがある。だが、ギィはどうなるか全く分からない」

「そりゃ、砂漠の先生方も初めてのケースだって仰ってたけどよ」

「情に流されて、俺まで魔女の手先になっちまったら、死んだ父さんに顔負けできねぇ」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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― 新着の感想 ―
[一言] ひゃあ、ノルデネリエを興したのはギィでしたか。これは目が離せない展開! ノルデネリエという国名、いいですね。これも由来がありますか?
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