44 非情
エステンデルス村は武力を持たない。兵士の生き残りは、自警団にすら足りない程である。
かつて城を持ったルフルーヴ王国も穏やかだった。国外との交流はとても少ない。東の川辺にあったルフルーヴは自給自足の小国であり、狙われるような資源もない。
肥沃な大地を開墾すれば利益もあろう。しかし、そんな労働力を連れてくるような大国が、そもそも近隣にはないのである。
川底の輝石は、精霊に許された特別な人間だけが受け取れる。だが精霊の気まぐれで、時には普通の人間でも拾うことができる。
ジャイルズはそこに目をつけて、北の放牧民との交易を拓いた。しかし、精霊と仲の良い人間がいなければ、持ち出せる輝石は少なかった。資源として奪うには効率が悪すぎる。
ルフルーヴが白い人喰い龍に滅ぼされたからといって、利権を求めてやってくる集団は現れなかった。こうしてエステンデルス村は、攻めることも攻められることもなく、長閑に暮らしていたのだった。
一方、魔女に育てられた双子の弟ギィは邪悪な魔法使いになっていた。雪渓に潜んで豊かな北の牧場を襲い、果樹園を蹂躙した。占領地域の民を奴隷のように従えて、ギィはノルデネリエと名付けた国を興した。
ギィは北の地を広く呑み込みながら、森を越えてエステンデルス村に攻め込んで来た。エステンデルスにいた双子の兄シルヴァインは、村の仲間と共に双子の弟を押し返す。
「出てくんな!精霊たち。捕まるぞ」
「でも、こっちは魔法使いがひとりもいないじゃないか」
「ばかっ、捕まったら余計厄介だろ」
「それはそうだけど」
「解ったら隠れてな。いざとなりゃ、幸運の剣ヴォーラがある」
シルヴァインはジャイルズと違って、ヴォーラを使う練習をしていた。無制限に幸運を吸い取られ、力の源である生命まで枯らされるようなヘマはしない。
「俺が斬り込んでギィと魔女の首級を獲る。みんなは軍勢を頼む」
「シル坊」
精霊が見える兵士がシルヴァインを気遣った。いくら度重なる襲撃を仕掛けてくる敵とは言え、ギィは魔女に操られているのだ。そして何よりも、ギィはシルヴァインにとっては双子の弟である。
「砂漠の魔女が死んだ時に術は解けるんだろ?」
「ギィを縛る道具はギィの身体そのものだ。ヴォーラの力が効くかどうかも賭けでしかない」
シルヴァインは非情な光を虹色の瞳に宿す。
「母さんは解放の望みがある。だが、ギィはどうなるか全く分からない」
「そりゃ、砂漠の先生方も初めてのケースだって仰ってたけどよ」
「情に流されて、俺まで魔女の手先になっちまったら、死んだ父さんに顔負けできねぇ」
お読みくださりありがとうございます
続きます




