42 剣を託す
氷と雪に閉ざされていた峡谷は赤と虹色に染まり、耐え難い熱で周囲の氷が溶け出した。溢れる水は激流となり、炎に触れてもうもうと水煙を上げている。
「イーリスッ!俺だ!イーリスッ!応えてくれよ!イーリス」
声は段々と弱くなる。賢い龍の吐いた火焔から生まれた精霊の龍は、鋭い目つきで虹色に渦巻く炎を投げつけてくる。ジャイルズはその炎を分けて疾り、最愛の妻に抱きついた。
イーリスは龍の姿をしていて、ジャイルズはギィと剣で両手が塞がっている。それでも首元に飛び込んで、虹色の焔に照り映える美しい赤い鱗に頬を寄せる。
「ジャイルズ、一旦退こう!」
「だめだジャイルズ!」
「死んじゃうよーっ!」
豪炎と熱風で近寄ることも出来ない精霊達が、悲痛な声を上げる。ジャイルズは生気が失せて、剣の光も消えてゆく。砂漠の魔女が高笑いする。
「愚かな男よ!その身に過ぎた宝剣を手にした傲慢を思い知ったか。クハハハハ!」
「ジャイルズーッ」
ジャイルズをつつむ白い幸運の光が弱まる。山野を巡りガッチリと出来上がった全身が、ジリジリと燃え始める。
「せめ、て、こいつは、渡、さねぇ」
ジャイルズは死に際の力を掻き集めて、風の精霊に枯草綱の剣を託す。
「シ……シル、ヴァ、インに、届、けてくれ!パロルにっ」
「ジャイルズーッ」
精霊達は恩人の死にパニックを起こす。剣を受け取った風の精霊は、後も気にせず弾丸のように西の山へと飛び去った。
賢い龍と山の精霊達は、ジャイルズの残した剣幸運を遺児シルヴァインに継がせた。正確には、剣は意志を持っているらしく、幸運の力を引き継いだジャイルズの息子を選んだのだ。
砂漠の魔女は、執拗にシルヴァインを狙う。魔女から赤子を守るため、賢い龍は砂漠の精霊たちの智慧も借りた。砂漠には邪法ではない秘術もある。その遣い手には、ジャイルズが砂漠の精霊たちを救ったことに恩義を感じていた者もいたのである。
「精霊剣は、幸運を力に変える恐ろしい剣です」
「特に幸運の星の元に生まれた人間は、剣に呼び掛ければ生命ごと吸われます」
「しかし、その力は絶大で、持てる幸運が敵の僅かな不運を突いて殲滅することが出来るのです」
「使いこなせなければ、吸われ損だがな」
砂漠の秘術を継ぐ者たちの説明で、ジャイルズの最期に合点が行った。その場に指南できる者がおらず、人の限界かと思える程の幸運を剣に吸収されたのだ。その命と共に。
「肉親が放つ魔法は無効って術があるぜ」
「それは朗報だ」
砂漠の魔法使いが提案した秘術に、賢い龍パロルと山の精霊が力を加える。これでも万全とは言えないが、何とか邪悪な魔女の襲撃を撃退し続けた。
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