41 燃え盛る赤子
邪法の支配下ですっかり様子の変わった愛する妻子に向かって、ジャイルズは魂も砕けよと叫び続ける。
「イーリスッ!ギィ!」
ジャイルズは砂漠の魔女へと狙いを定める。魔女が砂漠の精霊剣と呼ぶ剣が再び白く光る。しかし、その光が魔女に届く前に、燃え盛る虹色の炎が壁を作った。白い光は弾け飛び、極彩色の薄片が降る。辺りは目潰しとなるほどの光に覆われた。
「イーリスッ!」
ジャイルズは、枯草鋼の剣を手に精霊の風に乗ってイーリスの元へと突き進む。ギィが耳をつんざく鳴き声をあげ、炎の壁はますます勢いを強くする。
「ギィーッ!」
枯草鋼の剣幸運の光が強くなる。精霊達が周りに集まる。砂漠の魔女がジャイルズの味方をする精霊たちを名前で縛ろうとするが、ことごとく剣の光に阻まれた。
「押せ押せーッ」
「今だジャイルズッ!」
精霊達が一斉に砂漠の魔女を抑えた。ジャイルズは剣を片手に構えて泣き叫ぶギィを奪い返す。
「ギィッ」
ジャイルズのこめかみに脂汗が浮かぶ。精霊の風から降りて踏みしめる雪渓の岩に、シャーベット状の沢水がぶつかって広がる。ジャイルズは明らかに体調が悪そうだ。だが、毛皮で作った素朴な靴の中で足の指に力が籠り、滑りやすい岩の上に留まっている。
片腕に強く抱きしめた我が子は、その身を赤く燃やし始めた。額に刻まれた焔の文字から迸る光が、獰猛な虹色の瞳に赫耀のヴェールをかけていた。
「あちぃな。ギィ、父ちゃんだぞ、ギィ!」
敵意を剥き出しにする一歳児にジャイルズは必死に呼びかける。しかし、縛り付ける為に作られた邪法道具がその幼い身体そのものである。道具を壊すことも出来ない。
「くそッ、イーリスを縛ってる道具は何処だ」
ヴォーラの切っ先で砂漠の魔女からマントを奪い取る。しかし、以前のようなネックレスは現れない。腕や腰にもそれらしき飾りはなかった。
「イーリスッ、今助けるからな!」
イーリスを捕らえている道具が見つからぬまま、徒に時が過ぎてゆく。イーリスが放つ虹色の炎も、劫火の如き奔流となってジャイルズと精霊たちを襲う。精霊たちは、耐えきれず砂漠の魔女を放す。
ジャイルズがぐらりと傾く。砂漠の魔女が悪辣に嗤う。
「やれ」
張りのある良い声で、魔女が簡潔に命令した。
「やめろ!」
「きゃあーっ」
「よせーッ」
精霊たちが口々に叫びながら、イーリスとギィの作る熱風に巻き込まれまいと四方へ逃げる。
「ギィッ!イーリスぅーッ」
ふらふらの体で血の混じる涙を流し、ジャイルズは燃え盛る我が子を抱きしめて呼びかける。自我を失った最愛の精霊は、夫の声が判らない。ジャイルズの毛皮の靴が岩の足場を蹴って、虹色の炎の中へと飛び込む。
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