4 バイカモの咲く頃
オルデンがこの森に住み着いたのがいつだったのか、もう忘れてしまった。その日その日を生きるのに精一杯で、気がつけば大人になり、泥棒になっていた。そんなオルデンは流れ者だったが、この森に来てからはかなりの時が過ぎていた。
「こんな場所があったとはなあ」
「遺跡は気まぐれだからねぇ」
カワナミはまたゲラゲラ笑う。川底の遺跡には意思があり、姿を現したり隠したりしているらしい。何年も隠れていたかと思うと、急に毎日現れたりするという。
「潜ってる内に遺跡が隠れちまったらどうなる」
オルデンは、気まぐれな遺跡に閉じ込められてしまうのはごめんだと思う。カワナミはお腹を抱えて大笑いだ。くるりとオルデンの周りを渦巻きで囲うと、急に崩れて飛び散った。
「うわっ、なにしやがる」
オルデンはびしょ濡れである。
「デンいいなあっ。ケニーも!カワナミ、ケニーにもやって!」
「いいよ!」
カワナミはケニスにもバシャーンとやる。ケニスは大喜びだ。
「デン!水、気持ちいいねえー!」
「そうだな」
沢の両岸からは木々が枝を差し伸べている。そうは言っても、緑のアーチが出来る程度の川幅ばかりではないのだ。オルデンたちが涼んでいる場所は、頭上がやや開けて夏の陽射しが降り注いでいる。
森で暮らすふたりは、あまり太陽に慣れていない。照りつける太陽は眩しくて、じりじりと肌も焼く。気温も高いし、ひんやりとした川風と水の感触に身も心も癒されてゆく。
「魚、びっくりしてるねぇ」
ケニスたちが立てる水音や笑い声で、沢に住む魚たちは何処かに慌てて逃げてゆく。いつもなら追いかけるケニスだが、今日は見送るだけ。川底に見えている気まぐれな遺跡が気になるのだ。
ケニスはじゃぶじゃぶと水の中を進む。浅瀬のバイカモが、可憐な白い花をふさふさしたヒゲのような緑の葉に散りばめている。冷たく速い流れを楽しそうに進めば、たちまちにケニスの身の丈を超えた深さになった。
ケニスは、時折水面を見上げて光のゆらめきを楽しむ。藻のようなケニスの髪にも、白く寸の詰まった愛らしい顔にも、太陽は網目模様を描く。いま5歳のケニスだが、水中散歩はもっと小さな頃から始めている。
オルデンは、ケニスが来てから季節を数えるようになっていた。日付までは気にしていないが、ケニスを拾った初めての夏から、確かに6回目の夏が訪れている。だから、今年でだいたい5歳だと分かる。
自分の年齢は考えたこともなかったが、ケニスが夏を迎えるのは嬉しいオルデンである。
お読みくださりありがとうございます
続きます




