39 誘拐
「焔の御子!」
魔女が名付けの邪法を放つ。以前とは比べ物にならない強力な道具を手に入れたようだ。既に名のあるギィに、精霊を縛る名前を宣告する。
「ギィーッ!」
咄嗟に双子の兄シルヴァインを抱き上げたジャイルズが叫ぶ。イーリスは両腕を伸ばして、ギィを取り戻そうとする。
「付いて来い、精霊龍!」
低く張りのある、恐ろしい声が精霊を縛った。いくら人間として暮らしていても、イーリスは完全な精霊である。名付けの邪法には逆らえない。
「イーリス!」
「シルを守って!」
必死の力を振り絞り、イーリスは砂漠の魔女の意志に抵抗する。名前で縛られた精霊は直接の命令以外にも、縛った術者がしようとすることに共鳴してしまう。
イーリスは、魔女の意志の影響で、双子の兄シルヴァインをジャイルズから奪い取ろうとしているのだ。それを自覚して、苦しそうに抗っている。
砂漠の魔女は腕に弟ギィを抱えている。ギィの額には精霊を縛る文字が刻まれ、体は虹色の炎で包まれていた。
「こいつ、ギィの身体を邪法の道具に使ってるのか⁈」
精霊とのやりとりに使うという精霊文字は、道具に刻むと聞いている。人間に刻むという例は聞いたことがない。邪法を破るためには、精霊文字が刻まれた道具を壊す必要があった。あるいは、術者が死ねば縛られた精霊たちは解放される。
シルヴァインは泣き叫び、ジャイルズに向かって投げられた、砂でできた無数の釘を弾き返す。シルヴァインの力は強大であり、砂漠の魔女が放つ魔法の武器を尽く砂に還してしまう。
ギィとイーリスもその力に押され、魔女は2人を連れて逃げ去った。
「イーリス!ギィ!」
ジャイルズは片手でシルヴァインを抱きかかえ、ベッド脇の剣を引っ掴む。そのまま森を走り抜けると、西に抜けて山を登る。
「ジャイルズ!状況は森の精霊から聞いた。シルヴァインは預かるから、精霊たちを連れて魔女を追え」
「話が早ぇ。助かるぜ!」
ジャイルズに名前をもらった精霊たちが、賢い龍パロルの棲家に集まっていた。だが、全員ではない。
「半分くらい、砂漠の魔女が森を通る時に捕まった」
「なんだって?」
「早くしないと、もっと捕まっちゃうよ!」
「くそっ、どっちだッ」
「北だよ!」
「北の谷間だ!」
「精霊の力を無理に使って、凄い速さで草原も越えて北の山に入ってる」
ぐずぐずしている暇はない。ジャイルズは1歳のシルヴァインをパロルに預けて北を目指す。精霊の風に乗せてもらって、屈強な男でも通り抜けるのに3日ほどかかる森の上を飛ぶ。
鷹の精霊が眼を貸してくれて、魔女の位置はすぐに分かった。あちらは無理なスピードを出しているため、森の向こうの平原、丘、森、山を軽く通過してその先の渓谷に居た。
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