38 精霊の子
イーリスに口付けたジャイルズは、機嫌良く笑う双子の額にも順番にキスを落とす。イーリスはふにゃりと笑って、指を伸ばす。そして、双子と夫の額に精霊の祝福を与えた。
イーリスに祝福を貰って、双子はキャッキャと笑った。虹色の瞳がキラキラと輝く。薄い巻き毛は、ふわふわとした緑色だ。
「へへっ、可愛いなあ」
賢い龍の警告も忘れた訳ではないが、2人は人と人ならざるものの境界を越えた。精霊は元より止められるものではないし、ジャイルズも本能と幸運だけで生きている男である。寄り添う気持ちを妨げる事は、誰にも出来なかった。
「おはよ、シル坊ギィ坊」
「しかし、内儀さん精霊だったとはなぁ」
「へんないろー」
「きもちわるーい」
「これっ、精霊様のお血筋になんてことを」
「謝んなさい」
「えー」
「にげろーッ」
森の人と森と名付けられた双子は、人間の赤ん坊と同じように育っていった。精霊達とも仲良くして、村の人々にも可愛がられた。
とはいえ、子供にとっては異様な色の母子を受け入れるのは難しかった。村の復興もだいぶ進んで、新しく生まれる子供も増えてきた。小さい子供も徒党を組むようになった。子供達には子供の社会が出来始めていたのだ。
「仲良くなれるといいんだがなあ」
ジャイルズが溜め息を吐く。村人たちはしきりに子供達の非礼を詫びた。
「すみません、精霊様」
「そのうち慣れるわよ」
「だといいがな」
イーリスは人間との子供を産んでから、人間に姿を見せられるようになっていた。精霊を見る力を持って生まれたものでなくとも、触れることすらできた。
お陰で、形だけでも両親と子供がいる普通の家庭として暮らせた。村人たちも、イーリスに人間の子供を育てる方法を教えることで、徐々に親しくなっていった。
双子が一歳になったある冬の晩。ジャイルズ一家は平和な眠りについていた。外は北風が吹き、質素な小屋の板壁をガタガタと鳴らす。だが小屋の中は炎から生まれたイーリスの力でほんのりと暖かく、4人は安心しきっていた。
雲のない月夜、冴え冴えとした空には一面に星が散りばめられていた。枝を鳴らし、家々の屋根を叩く風に紛れて、ひとりの人間が村外れの森から出てきた。
苔色にくすむラシャのマントはバタバタと音を立て、月を楽しむ猫たちや寝ていた雀が逃げ出した。ジャイルズたち一家がパチリと目を開けた時、怪しいマントの人影は、既に屋根を破ってベッドの脇に立っていた。
「砂漠の魔女!」
気づいた時には遅かった。双子の弟ギィの額には魔女の長い指が触れ、赤々と光を放つ文字が刻まれた。




